63羽:プロローグは突然に
「それはそうと、私の王子様になってくれるんだよね?」
「……何故そうなる?」
少しピリッとした雰囲気が収まりを見せようとした中、投げ込まれた爆弾。
忘れていたわけではないが、小栗が今回起こした騒動の発端は彼女の願望によるものだ。それは、自分を助けてくれた王子様とその先の物語が見たいというもの。なかなか他人には理解されづらい願いなだけに、恭介としてはうやむやに終わらせたかったのだが、小栗は逃がしてくれなかった。
「あれだけ私を綺麗に倒してくれたんだもん。責任は取ってくれないと……」
「あーあ、甘菜ちゃんという彼女がいながら、とんだプレイボーイね」
「いやー、そっちも強いんですね、あはは」
「いや、笑い話じゃないですから!?」
恭介の腕にぶら下がるようにしがみつく小栗。
なんとか振りほどこうとする恭介だが、どこにそんな力があるのか、必死にしがみついて離さない。先ほどのシリアスはどこへやら、千寿や修も加わり恭介をいじりにかかる。
「ここかな? もうお話終わったー……?」
「第一、甘菜とは別にそういう仲じゃないですから!?」
「あっ……」
和気あいあいとした声が外まで漏れていたのを聞き、顔を出したのは甘菜。何の因果かちょうど恭介が甘菜との仲を否定した場面で入ってきてしまった。
囃し立てた千寿と修に嫌な汗が流れる。
甘菜が見るのは、小栗とじゃれ合った状態で先ほどの台詞を言い放った恭介の姿。誰が見ても修羅場に見えた。真代は我関せずと壁に背を付け空気を装っている。
「甘菜、もう仕事は終わったのか?」
「うん。こっちも気になって、早めに切り上げさせてもらっちゃった。その子が?」
「ああ、洋館の眠り姫、宇奈月 小栗だ」
「わー、本当にお人形みたいで可愛らしいね。そのドレスも素敵!」
「あ、ありがとうございます……」
周囲の緊張も何のその、恭介と甘菜の会話に不自然なところはない。
もしかして聞こえていなかったのだろうか。いや、甘菜が部屋を覗いたタイミングでの発言だったので、聞こえてないことはないだろう。小栗でさえも少し違和感を感じたのか、恭介から手を離し甘菜に控えめにお礼を返していた。
「えっと……ちょっと待って?」
「どうしたんですか、主任?」
「いや、どうしたもこうしたもないわよ。あなたたち付き合ってるんじゃないの?」
恭介と甘菜は二人して首を傾げる。
その質問の意味が分からないと、本気で思っているようだ。彼らは幼馴染で、能研でもよく行動を共にしていることから、周りからはカップル同然に認知されていた。
「だから! 恭介君と甘菜ちゃんが、付き合ってないのかって聞いてるのよ!」
「俺が甘菜と?」「私が恭君と?」
半ば叫ぶように発せられた千寿の言葉。
二人して顔を見合わせ、一時の間をおいてお互い顔を一気に真っ赤に染めた。
「い、いや俺が甘菜と付き合うなんてそんな……」
「そ、そうだよね……変だしね、あはは……」
なんなんだこいつらと、千寿と修がもはや冷めた目で見つめる。
お互い気がないわけではないだろう。だが近すぎた関係のせいか、そういう意識をはっきり認識するのすら恥ずかしがっているような、そんな初心な感情が見て取れた。周りから見てもごく自然体で過ごす、能研でも理想のカップルのように扱われていただけに、この反応は予想外だった。
「じゃあ、私が彼女に立候補しても構わない……よね」
「あー……もうめちゃくちゃね」
その場の空気も何のその、恋する乙女は強い。
童話に憧れる女の子、小栗は理想の王子様像を恭介に感じ取っている。控えめな態度とは裏腹に、その行動力は能研に迎えられた今も何も変わることはない。
ため息をつく千寿をよそに、再び恭介へと猛アプローチを開始した小栗。
彼女の願う王子様とのその先の物語は、何も守られてばかりの話ではない。自分にも戦える力はある、きっと役に立ちますと、鼻息を荒くしてアピールして見せる。
「そのことだが、小栗。何か見落としてないか?」
「え……なに?」
このまま避けては通れないと悟ったのか、恭介が小栗に向き直る。
「確かに俺はお前の理想に見合った働きをしたのかもしれないが、最後の決め手はなんだった?」
「最後……はっ、お姉様!?」
「……まさか、そのために最後を私に譲ったの?」
一転、蚊帳の外から王子様役にノミネートされてしまったのは真代だ。
小栗はというと、戦闘時の冴えはなんだったのか、恭介の巧みな話術に嵌り、今度は真代にアタックをかける始末。下手に逃げても逆効果だと見た真代は小栗を受け止め、まるで猫を可愛がるようにわしわしと撫でて見せた。
「これで一件落着だな」
「何をばかなことを言ってるの、あなたは」
撫でられとろんとしている小栗は満足そうだ。
別に恭介を諦めた訳ではないだろうが、まだ激闘を繰り広げたばかりの間柄だ。一緒に行動して見えてくるものもあるだろう。真代が容赦なく突っ込むが、全体にほっこりした空気が流れていた。
そんな中、改めて恭介が小栗に歩み寄る。
「小栗、聞いてくれるか」
「なに……?」
「俺は、お前の王子様にはなれない」
そっと言い聞かせるように、目線を合わせ話す恭介。小栗も今度は暴走せず、しっかり話を聞こうとしている。
「ただそう言ったからといって、簡単にお前が諦めるとも思っていない」
「うん……」
「お前が見たいのは王子様との先の、未来の物語だったよな」
「そう、それだけは譲れない」
「そうか」
確固たる決意を告げる小栗。
恵まれた環境を捨ててでも欲しかったもの。若気の至りと言えばそれまでかもしれないが、その言葉には芯があった。決して誰にもその思いだけは、ばかにできないだろう。
「いい女ってのは、ただ待つだけって訳でもない。自分から迎えに行くぐらいじゃないとな」
「それじゃあ……」
「俺にはお前が必要だ。……一緒に戦ってくれるか?」
「喜んで……私の王子様」
王子様にはなれないと断った上で、必要だと手を差し伸べる恭介。
もしかしたら、それはどんな物語よりも残酷なのかもしれない。ただその先を目指す、その意思を示した小栗はもう止まらない。彼女はもう救いを求めるだけの、捕らわれのお姫様ではない。それは理想の王子様を探すために、自ら歩むことを決めたお姫様が主人公となった、まさしく彼女だけの物語。
信じる心を力に変えて、彼女は今新しい物語の1ページ目を開くのだった。




