60羽:箱入り娘は王子様の夢を見る
狭い世界の中で持った、煌びやかな物語への幻想。
愛されていて、環境に恵まれていると自覚している彼女ではあったが、どこか閉塞感はあったのかもしれない。周りを固めるのは、父親に媚びへつらい、その娘にすら色目を使う大の大人達。
いつしか人に期待をしなくなった彼女は、架空の王子様への憧れを深めていった。
助けに来てもらって、めでたしめでたし。物語はそこでハッピーエンドで終わるが、彼女の人生はまだ長い。物語の一章節に収まる幸せの記述だけでは到底収まらない。彼女はその先が見たかった。
溢れた夢は能力の目覚めにより、意図せず具現化した。
自分をお姫様に見立てるのは多少の気恥ずかしさがあったが、彼女の心は弾んでいた。物語の舞台に相応しい人物になりきるため、初めて寄り道をしてドレスを揃えた。灰色の世界に自分で色を付けていく感覚。慣れないことばかりで、当然うまくはいかない。
それでも彼女は、初めて自分がしたいことを見つけられたような気がした。
蔓の猛威を懸命に掻い潜る恭介。ここは彼女の領域。360度、蔓に覆われた世界で牙を剥く薔薇の化け物。花びらの内側には文字通り、細かい牙がびっしり敷き詰められるように生えている。
あれに捕らわれたらどうなるか、想像はしたくない。
味方のいないこの場所で、恭介は格好の的だ。領域による探知能力と身体強化の底上げがなければ、瞬く間に捕まっていただろう。
「お前の能力……これが本領か!?」
「うん……私に芽生えた、この能力……どう攻略する?」
推定ランクAはありそうだ、と恭介は静かに分析する。
蔓を広範囲に展開してこそ効果が発揮される能力だが、何もない空間でも自身の得意領域に塗り替えることができるのは強みだろう。蔓の再生速度と薔薇の化け物の攻撃力も脅威ではあるが、一番の懸念事項は他にある。
(黒刃が使えない……これが主任が傷を負った原因か)
蔓の攻撃を紙一重で躱しながら、恭介は心の中で悪態を付く。
黒刃とは恭介の放つ必殺技の一つ。武器強化を増幅した一撃で、黒刀から斬撃を放つ大技だ。それが今は使えない。使おうと発動を試みるが、まるで反応しないのだ。
そこから導き出される解答、小栗には「技能を封じる能力」がある。
負傷により千寿達が戦線を離脱したが、本来透明化の能力を持つ千寿がダメージを負うことはあり得ない。不意を衝かれたとはいえ、敵地の中でその能力をわざわざ自分で解除していたとは考えづらい。
ならば、敵対している小栗にそうした能力があると考えるのが自然だ。言葉を聞く限り、非常に強力な能力だ。もちろんそれは間違いないのだが、この能力には穴もあると恭介は睨む。
黒刃を封じられ、決め手に欠けている恭介だが、武器強化は問題なく使えている。
武器強化の源は3本の影手を操る技能”重なる影”。その影手の応用により発揮される身体強化と武器強化は健在。技能をピンポイントで封じる能力であれば、それらも全て使えない状況でないとおかしい。
つまり、彼女の能力をより詳しく分析すると、蔓の生成と操作の他にもう一つ、「見た、あるいは受けた相手の技能の一部を封じることができる能力」だと推察できた。
黒刃は封じられてこそいるが、逆にそれが効果を発揮している間は、ほかの能力が封じられることはないだろう。依然として蔓の猛威は続いている。黒刃でまとめて相手にできないのであれば、こちらも手数を増やすのみ。
「……!! 黒い……翼」
恭介の腰から吹き荒れたのは、先端が3本の鍵爪を模した黒翼。
”重なる影”を具現化した力であり、手数重視の戦闘スタイルだ。顔にも烏を模した鳥の仮面が出来上がり、その眼光をより鋭くした。これは黒翼を用いた高速軌道戦闘に対応するためのもので、顔の保護の他に、僅かながらの視力強化の恩恵もある。
武器強化に使っていた影手を黒翼として展開したため、その効果は失われた。それも身体強化を乗せた斬撃であれば、細い蔓などは対応できると踏んだ上での対応だった。
(持ち直しこそしたが……遠いな)
手数を増やしたことにより、蔓の猛攻も捌けるようになった。
さらに、攻撃を受け続けたことにより、領域とのリンク機能『自動回避』が使える状況になっている。しかし、問題はここが室内だということ。限られたスペースの中であれば、当然逃げ道も限られており、攻撃に回す手数をなかなか増やすことができない。
赤黒く発光する薔薇。
牙で囲われた内側には、ギョロっと動く目玉も見受けられる。これが対象を補足し、封じる能力の品定めにも一役買っているのだろう。
封印能力の発動サインは、おそらく薔薇の発光。
それを全て潰せば、黒刃の封印も解除されるかもしれないが、それをするためには黒刃が必要というジレンマ。ただの斬撃だけでは、一度に全ての薔薇を落とすことは不可能だろう。
「ここ……」
「ちっ!!」
思考に意識を取られすぎたのか、恭介の右手に持っていた黒刀が蔓により弾かれる。武器強化の効果が乗っていないとはいえ、恭介の斬撃のキレは黒翼に劣るものではない。利き手の武器を失い手数が露骨に減る恭介に、小栗は勝機とばかりに畳みかける。
今までの攻防の間に切られた蔓は、地面に積み重なるように落ち、広がっていた。
小栗から伸びてくる蔓には細心の注意を払っていた恭介だったが、ここに来て小栗の手数が一気に増える。どうやら地面に落ちた蔓をつなぎ合わせ、密かに恭介に届き得る攻撃手段を着々と増やしていたらしい。
蔓を隠すのならば荊の中、とでも言えばいいのか、能力に目覚めて日が浅いとは思えないほどの有効な使い方。そのしたたかさに恭介は戦慄する。
「捕まえた……♪」
手数を掻いた恭介に容赦なく浴びせられる蔓の嵐。
奮闘した恭介ではあったが、今は黒刃を封じられている。有効な打開策を打ち出すことができず、やがて蔓に腕や脚を絡めとられてしまった。
「まだだ……!!」
恭介の攻撃手段は何も黒刀に限ったものではない。
腰から生えた黒翼を最大出力して、この窮地を乗り切ろうと動く。しかし、今まで発揮されていたその威力は突如として勢いを弱め、やがて枯れるように消えていった。恭介の目線の先には、口元に指を近寄せて、目の前で人差し指を交差させてバッテンを作っている小栗の姿。
「技能"あなたの良いところ♪"……これでおしまい」
「……”技能封印”の効果か」
決して失念していたわけではない。警戒していてこの様なのだ。
これが彼女の一種の必勝パターンなのだろう。
もはや疑うべくもない。彼女は強い。能研でも実力者として数えられる恭介を相手に、小栗は勝利を確信した笑みを浮かべるのだった。




