59羽:嘆きの華
戦闘不能となった千寿の姿は、すでにここにはない。
修と真代に付き添われながら速やかに転移ポータルから脱出していた。
真代は残る意志を見せたが、まずは安全経路の確保及び怪我人の輸送が最優先だ。本性を見せた少女の前では、洋館の外でさえ安全とは言えない。万が一も考えて、二人を同行させる判断を恭介は下していた。
「仲間想いなんだね……」
「人並みにな」
「今度こそ見つかるかな……見つかるといいな」
会話をしたかと思えば、ぶつぶつと独り言をつぶやき、自分の世界に浸る少女。慎重に様子を窺っていた恭介ではあったが、求める反応は得られないと悟り、自分から話を切り出した。
「それで、お前の目的はなんだ、宇奈月 小栗」
「……あ、やっぱり私の名前知ってた?」
「有名人だからな。お前が、というよりかは家柄の問題だが」
「じゃあパパから言われてきたんだね、お勤めご苦労様です」
ぺこりと頭を下げて労りの言葉を告げる彼女。
彼女の名前は宇奈月 小栗。宇奈月グループという大企業の社長の愛娘に当たる。育ちの良さを窺わせる所作ではあったが、これまでの所業からして、恭介にはただの箱入りのお嬢様という目では見れなかった。
打ち合わせの際に憑神が追及しなかったため、それ以上話題に上がることはなかったが、今回の『薔薇屋敷』が最優先事項に選ばれた背景には、愛娘を心配した社長からの直々の要請があったからだ。
「この古びた洋館は宇奈月グループ名義でつい最近購入されていた。そして、突如として行方をくらませた社長令嬢。まあ当然の流れではあるな」
「心配かけたくないから黙ってたのに……。1、2週間音信不通って訳でもないのに、ちょっと過保護だと思うの……」
「そんな父親への反発か?」
環境に恵まれているものは、その愛が時に重荷に感じることもあるだろう。
贅沢な悩み、思春期の少年少女によくある反抗心が、能力の芽生えによりこうした事態を引き起こした。恭介はそう分析したが、当の本人は目をぱちくりさせ、驚いた表情をして見せた。
「ううん、過保護だとは思うけど、それは愛情があるから。それに対して反抗したりなんかしないよ……」
「違うのか?」
「うん、私自身恵まれているという自覚はあるの。今回迷惑をかけたことは申し訳なかったけど、そうね……これは私の初めてのわがままかもしれない……」
自分の胸にそっと両手を寄せて静かに物思いに耽る少女。そこで恭介は改めて少女の姿をゆっくりと確認した。
ふわっとした髪質で少しパーマがかかったようなボブヘアー。大人し気な容姿も相まって、内気な女の子という印象だ。ゴシックドレスに身を包んでいるのは謎だが、彼女の趣味なのかもしれない。その姿は着飾ったお人形のようでとても可愛らしかった。
ただし忘れてはならない。
道中で容赦のない蔓での攻撃を浴びせてきたのは誰なのか。そして、千寿に傷を負わせたのは誰なのか。可愛ければ許されるというものでもないし、事情があっても許容はできない。
「そのわがままとやらが、今回の事件の発端か」
「うん……能力に目覚めてから、私は何がしたいのか、ずっと考えてた」
ゆっくり周りの蔓が動き出す。
恭介も戦闘態勢は取りつつも、彼女の真意を探ろうとぎりぎりまで耳を傾けようとしている。つい最近能力が芽生えたというのは恭介の予測通りだ。この『薔薇屋敷』は彼女の心の奥底に眠った願望が引き金だ。それさえ解消できれば、戦う必要はなくなるかもしれない。
「童話に……憧れてたの」
「…………何の話だ?」
「囚われのお姫様を王子様が助け出す……そんなありふれたお話」
彼女の語りは緩やかだが、止まることはない。
彼女の姿、衣装はまさしくそれを反映したものなのだろうか。ずっと憧れを抱いていた物語。まさかその舞台装置を自作自演して、悦に浸っていたのだろうか。
「迎えに来てくれる王子様に憧れをもったけど……私が本当に見たかったのはその先」
「その先……?」
「強くて頼りになる王子様を、隣で支えて紡ぐ、そんな未来の物語」
「まさかそんなことのために……?」
「ごめんなさい、お仲間の人には痛い思いさせちゃって……でもそうしないと手に入らないものなの……」
「こいつは……!!!」
恭介の体に悪寒が走る。歪んだ欲望が押し寄せてくる。
この感覚を、恭介は知っている。
「あなたは……私の王子様になってくれる?」
赤黒い薔薇が発光し咲き乱れる。
再びその脅威を見せつけるかのように鎌首をもたげた蔓は、先端の華からまるで食虫植物のように謎の唾液をまき散らし、凶悪な奇声を放つのだった。




