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SHADOW BIRD  作者: 下野 遊々
2章.芽生えた彩花は静かに揺れる

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59羽:嘆きの華

 戦闘不能となった千寿の姿は、すでにここにはない。


 修と真代に付き添われながら速やかに転移ポータルから脱出していた。


 真代は残る意志を見せたが、まずは安全経路の確保及び怪我人の輸送が最優先だ。本性を見せた少女の前では、洋館の外でさえ安全とは言えない。万が一も考えて、二人を同行させる判断を恭介は下していた。


「仲間想いなんだね……」

「人並みにな」

「今度こそ見つかるかな……見つかるといいな」


 会話をしたかと思えば、ぶつぶつと独り言をつぶやき、自分の世界に浸る少女。慎重に様子を窺っていた恭介ではあったが、求める反応は得られないと悟り、自分から話を切り出した。


「それで、お前の目的はなんだ、宇奈月(うなづき) 小栗(こくり)

「……あ、やっぱり私の名前知ってた?」

「有名人だからな。お前が、というよりかは家柄の問題だが」

「じゃあパパから言われてきたんだね、お勤めご苦労様です」


 ぺこりと頭を下げて労りの言葉を告げる彼女。


 彼女の名前は宇奈月 小栗。宇奈月グループという大企業の社長の愛娘に当たる。育ちの良さを窺わせる所作ではあったが、これまでの所業からして、恭介にはただの箱入りのお嬢様という目では見れなかった。


 打ち合わせの際に憑神が追及しなかったため、それ以上話題に上がることはなかったが、今回の『薔薇屋敷』が最優先事項に選ばれた背景には、愛娘を心配した社長からの直々の要請があったからだ。


「この古びた洋館は宇奈月グループ名義でつい最近購入されていた。そして、突如として行方をくらませた社長令嬢。まあ当然の流れではあるな」

「心配かけたくないから黙ってたのに……。1、2週間音信不通って訳でもないのに、ちょっと過保護だと思うの……」

「そんな父親への反発か?」


 環境に恵まれているものは、その愛が時に重荷に感じることもあるだろう。


 贅沢な悩み、思春期の少年少女によくある反抗心が、能力の芽生えによりこうした事態を引き起こした。恭介はそう分析したが、当の本人は目をぱちくりさせ、驚いた表情をして見せた。


「ううん、過保護だとは思うけど、それは愛情があるから。それに対して反抗したりなんかしないよ……」

「違うのか?」

「うん、私自身恵まれているという自覚はあるの。今回迷惑をかけたことは申し訳なかったけど、そうね……これは私の初めてのわがままかもしれない……」


 自分の胸にそっと両手を寄せて静かに物思いに耽る少女。そこで恭介は改めて少女の姿をゆっくりと確認した。


 ふわっとした髪質で少しパーマがかかったようなボブヘアー。大人し気な容姿も相まって、内気な女の子という印象だ。ゴシックドレスに身を包んでいるのは謎だが、彼女の趣味なのかもしれない。その姿は着飾ったお人形のようでとても可愛らしかった。


 ただし忘れてはならない。


 道中で容赦のない蔓での攻撃を浴びせてきたのは誰なのか。そして、千寿に傷を負わせたのは誰なのか。可愛ければ許されるというものでもないし、事情があっても許容はできない。


「そのわがままとやらが、今回の事件の発端か」

「うん……能力に目覚めてから、私は何がしたいのか、ずっと考えてた」


 ゆっくり周りの蔓が動き出す。


 恭介も戦闘態勢は取りつつも、彼女の真意を探ろうとぎりぎりまで耳を傾けようとしている。つい最近能力が芽生えたというのは恭介の予測通りだ。この『薔薇屋敷』は彼女の心の奥底に眠った願望が引き金だ。それさえ解消できれば、戦う必要はなくなるかもしれない。


「童話に……憧れてたの」

「…………何の話だ?」

「囚われのお姫様を王子様が助け出す……そんなありふれたお話」


 彼女の語りは緩やかだが、止まることはない。


 彼女の姿、衣装はまさしくそれを反映したものなのだろうか。ずっと憧れを抱いていた物語。まさかその舞台装置を自作自演して、悦に浸っていたのだろうか。


「迎えに来てくれる王子様に憧れをもったけど……私が本当に見たかったのはその先」

「その先……?」

「強くて頼りになる王子様を、隣で支えて紡ぐ、そんな未来の物語」

「まさかそんなことのために……?」

「ごめんなさい、お仲間の人には痛い思いさせちゃって……でもそうしないと手に入らないものなの……」

「こいつは……!!!」


 恭介の体に悪寒が走る。歪んだ欲望が押し寄せてくる。


 この感覚を、恭介は知っている。



「あなたは……私の王子様になってくれる?」


 赤黒い薔薇が発光し咲き乱れる。


 再びその脅威を見せつけるかのように鎌首をもたげた蔓は、先端の華からまるで食虫植物のように謎の唾液をまき散らし、凶悪な奇声を放つのだった。

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