56羽:戦闘前のエトセトラ
「へぇ、確かに異質な感じね」
「目の前で見ると迫力ありますね」
千寿と恭介が口々に感想を漏らす。
今いるのは件の『薔薇屋敷』。蔓が古い洋館を縦横無尽に覆っており、ところどころに赤黒い薔薇が咲いていた。
その門前には、今回の【A級案件】に当たるメンバー4名の姿がある。
アタッカーである恭介と千寿、サポート役である真代と修だ。行きは甘菜に送ってもらい、彼女はすでにこの場を去っている。帰りの脚には修が対応できるらしい。
今回の【A級案件】における最後のピース、それが千寿だった。
彼女自身はただ以前の任務の報告書を未だに出していない憑神を探していただけなのだが、確かに彼女の能力は恭介達が求めていた条件にぴったりだった。おまけに彼女は彼女で大体の事情を知っている。恭介からの打診に快くOKを出した彼女は、憑神の襟を掴み引きずりながらその場を後にしたのだった。
現在は突入前の各自装備の点検を行っているところだ。
恭介はいつもの3本の黒刀の状態を1本1本確認し、丁寧に腰の鞘に戻した。千寿はぶらぶらと洋館の周りを確認している。その両手は空いていて、武器などは持っていない。
サポート組も事前の準備に余念はない。
真代は恭介との組手でも使用した、電磁ロッドのセーフティーを外している。今回は能力者の制圧作戦となる可能性も高いので、頼る場面もあるはずだ。他にも両足太ももの部分には、細いシンプルな投げナイフを3本ずつの計6本。器用そうな彼女であれば、そうした武器も有効活用できるだろう。
修は片手に能研から貸し出されている刀を持っている。訓練はもちろん受けているだろうが、戦闘はからっきしだと話す彼なので、あくまで護身用程度に思っておいた方がいいかもしれない。
「今回僕のバフは……自分と真代さんだけにしておきますね」
「そうね、それでお願い」「はい」
装備の確認が終われば、次は補助技能を撒く番だ。
修の技能が発動し、彼と真代の体を淡く包み込む。彼の能力は『逃亡者』。移動と回避に特化した能力だ。今掛けたのは技能”攻撃誘導”。貴重な付与系能力であり、受けた攻撃をそらす効果がある、疑似的な自動回避術だ。
例えば全方位から攻められたりするなど、逃がす方向がなければうまく発動できない。ただ一方向からの攻撃や開けた場所での攻防であれば、彼を捉えることは難しいだろう。恭介は独自の探知能力の妨げになってはいけないため、今回は見送ったが、前線に立つものとして、この補助は非常に助かるだろう。
そして、もう一人の前線である千寿は自身の技能を行使する。
「”死霊令嬢”」
「これが主任の能力……初めて見ました」
「ふふ、戦闘中に見惚れるのは厳禁よ~」
茶目っ気を含んだ言い回しをする千寿だが、実際見惚れてしまうかのような戦闘衣装だった。
千寿の能力『魂魄霊装』、ランクA+の評価を受けた高い戦闘能力を保有する能力だ。その中の代表的な技能の一つが”死霊令嬢”。ふわりとした半透明なドレス衣装に身を包んでいるが、透明になっているのは服だけでなく、彼女自身も含まれていた。
「攻守に隙の無い技能、羨ましいです」
「あら、ありがとう。前線を任されたからには、しっかり働かないとね」
事前の打ち合わせで、手持ちの各技能の紹介は簡単にだが済ませてある。
この技能には攻撃や壁などをすり抜ける透過効果のほかに、触れた対象の動きを鈍らせる”怯え”効果がある。千寿が攻撃する際には実体化するわけだが、それ以外は物理攻撃を受け付けない。ある種鉄壁の防御と、攻撃を鈍らせるデバフが合わさった優秀な技能だ。
索敵や潜入にも向いており、真代も羨むほどだった。
恭介とは別の理由ではあるが、彼女も持ち前のデバフを活かすため、修からの補助はないほうがいいだろうとの判断がされていた。
「こうなると、僕の存在意義が怪しくなってきますね」
「あら、前線に付いてこれるサポート役は貴重よ」
「そうですね、そちらの守りを意識しないでいい点では、進めやすさが違います」
「あはは、すみません気を使わせちゃって。頑張ります」
前線を張る二人が補助入らずだったため、つい自虐が出てしまった修。
だが彼の優れている点は、一人でも動ける点だ。
優秀なサポート役は多いが、前線までそのままついてこれる能力者は案外少ない。サポートだけの能力者であれば、どうしても守りに重点を置かなければならず、こうした強襲作戦においては組み込みにくいのだ。
今回は洋館に潜伏しているであろう能力者に接触するため、内部まで踏み込む必要がある。未だ相手側の戦力が未知数な部分も多く、緊急脱出用にも彼の存在は欠かせない。
前線が攻撃に集中でき、いざというときのサポートができる能力者。戦闘能力という点では恭介に及ぶ術はない彼らだが、いずれも必要な戦力と言えた。
「道中にいくつか転移ポータルを置いていきますんで、必要と判断したら迷わず使ってください」
「「「了解」」」
修が言い終わると同時に、地面に手を触れる。
すると人ひとり収まる程度のサークルが設置され、淡い輝きを放つ。技能”転移門”、対となる門同士で行き来できる、簡易転送システムだ。
今門前に設置した”転移門”を出口として設定し、道中では複数別の位置に入り口として置いていくこととなる。今回は許可した4名しか移動できない設定にしてあるので、そこに逃げ込みさえできれば安全は保障されたと言っていいだろう。
「私か瀬古さんで様子見してきてもいいけど、どうする?」
「ある程度までは4名で纏まっていきましょうか。データもほしいですし」
「OK」
能力ランク的にも立場的にも千寿の方が上なのだが、今回の指揮役は恭介だ。
彼らは恭介の打ち出す指針に沿って、揃って行動を開始するのだった。




