55羽:手探りの中で
真代の目の前で寸止めした黒刀をゆっくり引き戻し、腰の鞘に納める恭介。
彼女の脚を掴んでいた分身もいつの間にか消えていた。
「ねぇ、どこで私の能力を見切ったの?」
「正確に見切れたわけじゃないです。あくまで可能性として、狙ったのがたまたまうまくいった形です」
謙遜して応える恭介だったが、真代はいずれにせよ負けていただろうなと思う。
彼女の能力はB-ランクの『潜伏者』。
ランクと能力名だけでは能力の推察はできず、結果として初撃はもらうこととなった。そこで隠密機動の能力だと分かったわけだが、ここで問題となるのが彼女の攻略方法、その捉え方だ。
恭介の領域にも引っかからないその能力は、捉えるという点ではかなり厄介だろう。ただ組手としては、相手を詰ます必要がある。ならば、彼女が潜れない、あるいは潜っても逃げられない状態を作り出す必要があった。
そこで活躍したのが2体の分身体だ。
大した戦闘能力を持たない分身体ではあったが、有効な攻撃手段を持たない真代相手には効果的に働いた。
壁や床に潜伏してやり過ごすようであったら、分身体を解除して万全の状態で待ち構える算段ではあったが、恐らくそのヴィジョンは真代の頭の中にもあったのだろう。先に見せられた恭介の戦闘能力に警戒心があったため、あくまで不意をつくことにこだわった結果、分身体との戦闘を継続せざるを得なかったのだ。
結果、追い詰められた真代は、やむなく能力を発動。
分身体から隙を窺おうとした矢先に、潜伏先を解除され追い出されてしまった。この状況に至るまでに、恭介が真代の能力の細かい仕様を行き詰めていく作業も並行して行っていたことは、把握しておかなければいけない。
何度も言うようだが、彼女の能力ランクはB-。
つまり元々が攻撃性を持たない能力であれば、そういう使い方ができない能力と考えてもいい。
一つ例を挙げてみよう。
恭介の幼馴染である縞葦 甘菜は転移系の能力者だ。
能力名は『指定転送』。運び屋として重宝される転移能力だが、ランクはC+。下から2番目の評価であり、当然低い方の評価に当たる。これは、彼女の能力が発動に時間がかかる上に、運搬能力が隣接した対象のみと、その効果範囲が狭いからだ。
対する転移系の最高峰の能力の一つが『星天走破』。
明石 孝太郎という恭介の大先輩に当たる能力者の異能だが、彼自身の事は今は置いておこう。ランクはS-。特区の各支部を管理する支部長達が最高位のS+ランクなので、それに次ぐ実力者だ。
彼の能力は効果範囲が星空のように広く、発動にかかる時間も極端に少ない。転移できる対象も無数に選べる。同じ転移能力でも、その効果範囲や発動条件によって、その評価は大きく変わってくるのだ。
そして、付随してある決定的な違い。それは攻撃性があるかどうか。
甘菜の能力であれば、隣接した対象は問答無用で一緒に転移してしまう。個別に判断して能力を行使する『処理能力』が備わっていないためだ。それが攻撃性にも大きく関わってくる。
明石の能力はその『処理能力』が備わっている。
そのため、それが攻撃にも転用できてしまうのである。対象の部位を指定することで、腕を切り飛ばしたりと物騒な使い方もできる。全てがそうとは言わないが、高ランクの能力とは、突き詰めると細かい処理能力が備わった能力とも言えるだろう。
話を戻そう。
真代の能力『潜伏者』はB-ランクの能力。
潜伏先を選ばない、穴が少ない能力だ。それ故に例えば相手の四肢の一部を、転移能力の応用で刈り取る、なんて芸当ができる『処理能力』まで持っているとは考えづらい。また能力の再使用も一定のインターバルが生じると推測できた。
つまるところ、恭介が狙っていたのは①能力行使のインターバルを狙った、潜れない状況を作る。②仮に再使用が間に合った場合でも、潜っても逃げられない状況を作る。この両方だった。
①の潜れない状況は、予想よりも真代の能力のクールタイムが短かったため不発に終わった。しかし②の状況を作り出すことには成功した。分身体の接触がその答えだったのである。
彼女の能力ランクでは、おそらく潜る対象の選別はできない。
つまり、接触した分身体も巻き込まれて、潜伏先に潜れると考えた。潜伏先では彼女を守る盾はどこにもない。すぐに潜伏先から出るにせよ、待ち構えているのは恭介だ。真代が能力を発動せず白旗を上げたのは、恭介の戦闘経験と能力考察に裏打ちされた、盤面をコントロールする力を認めたからに他ならなかった。
それを瞬時に理解できた真代もまた優秀な人材だ。
彼女の能力『潜伏者』も、攻撃性は持たないが、能力の再使用にかかるラグもほとんどなく、隠密性においては非常に優れている。今回は面と向かっての1対1の状況だったため、存分にその能力を発揮できなかったが、作戦におけるサポート要員としては申し分ないだろう。
「その能力は接触していないと、別の人は入れないんですか?」
組手を終えた二人は、さっそく意見交換を始めた。
まだ細かい能力の話をした訳ではないが、すでに質問は作戦での実用レベルの話だ。
「いえ、私が許可したメンバーであれば、ある程度の距離まではカバーできます」
「それは助かります」
百聞は一見に如かず。
まさしく実際に見て体験した情報は、何よりもクリアだ。作戦中に起こりえる状況を想定し、能力が活かせる方法を探る。
「ただ私の能力は私の近場にしか出せないので、別々の場所から合流するといった、転移系ポータルとして利用することはできません。その辺りは彼の役目になります」
恭介の疑問に真代が答えつつ、話を振られた修も参加する。
「彼女とは能力的にセットで組まされることも多くて。まとめて攻める時は彼女、ばらばらでの移動や逃げる時は僕みたいな感じですね」
大抵の能力者にとって、一人でできることは限られている。
だが限られた使い方しかできない能力でも、それを補えるサポートが付くのであれば、幅広いシチュエーションにも対応することができるだろう。それはやり直しがきかない任務において、何よりも求められる部分だ。
そういう意味では、非常にいいメンバーを揃えてくれている。こと戦闘においては、恭介に与えられた役割だ。
「しかし、そうなるとあと一人欲しいですね」
「それは確かに」
「前線を張れる人がもう一人、ですかね」
3人はすでにこのチームの問題点に気づいていたようだ。
現在のメンバーがアタッカーである恭介に、サポート役である真代と修の二人。サポートは手厚いが、やはり『薔薇屋敷』の蔓の猛威に立ち向かうのであれば、もう一人前線で恭介と同じ位置で戦える人が欲しい。理想としてはAランクの戦闘向きの能力者。小回りが利いて火力もあれば最高だ。
「ただそう簡単に揃うかどうかは……」
今回のメンバー集めが難しいのは、通常の【A級案件】とは進め方が異なるためだ。
通常であれば、偵察班が集めたデータを元に情報班が内容を精査し、戦闘班に該当の案件として依頼を出す。その際に現在フリーで、対応可能なめぼしい能力者の候補も含めて送られてくる。
最終的な編成の判断は戦闘班に委ねられるが、情報班には元々戦闘班で働いていた面子も多い。そのため的外れなことはほとんどなく、非常に頼れる選定となっているのだ。
ただ今回の【A級案件】に関しては、その後の【S級案件】に向けた任務となっている。
そうと決まった段階から、この案件は支部長補佐預かりとなり、情報班の手助けが得られない状況となっていた。メンバーの選抜においても、恭介自身が行わなければならず、情報の管理も合わさって、非常に難しい舵取りを迫られていた。
「それなら俺に心当たりが一人いる」
不意に声を出したのは、組手にも同席していた憑神だ。
「本当ですか、班長?」
「ああ、そろそろ来てもいい頃だな」
「それはどういう……?」
求めているのは恭介と似たタイプ、小回りがきいて火力のあるAランクの能力者。一応事情も知っているまとめ役として駆り出されていた憑神だったが、ここに来て彼には心当たりがあるらしい。
彼の発言の真意をうまく汲み取れず首を傾げる恭介だったが、その思考をかき消すように、外から控えめな声が掛けられた。
「失礼します、ここに仁……班長はいますか?」
「あ、主任お疲れ様です。はい、あちらに」
「ありがとう、縞葦さん。打ち合わせ中にごめんなさいね」
演習場の外からそっと覗き込んできたのは、戦闘班主任である古川 千寿だった。




