50羽:千里眼の見通す未来
「よく来てくれたね。歓迎するよ」
緊張した面持ちで整列する恭介達に掛けられる声。
一夜の長い長い騒動が終わり、1日空けて恭介達は改めて能研に招集されていた。対面に座るのは、初代1区支部長、現1区支部長補佐である、立花 夏樹である。痩身で落ち着いた感じの男性だ。威圧感のようなものはなく、穏やかな佇まいで彼らを迎え入れた。横にはアズミも控えている。
ここは支部長補佐室。立花のために用意された部屋だ。
豪華な装飾品などはなく、影の権力者とは思えないような、平凡な執務室だった。精々来客用なのか、柔らかそうなソファーが目に付くぐらいだった。
「今回の件は、アズミが迷惑をかけたね」
「え? 先生、別にアズミは何もわるくないでしょ!」
「時に道理が通っていても、それが正解かどうかはまた別物なんだよ」
「なにそれ! 約束はちゃんと守ったからいいでしょ!!」
痴話喧嘩、というよりかは親子の会話のようだ。拗ねた娘に苦笑を返しながら、改めて恭介達と向き合う立花。
「さて、君達の処遇だが……」
「支部長補佐! 無理を承知でお願いします! 今回の件は、全て私の独断です。どうか配慮をお願いします!」
「ちょ、恭君……!」
先手を打った恭介に、甘菜やほかの面々からも抗議の声が上がる。
アズミとのゲームに勝ったとはいえ、そんなものはただの口約束だ。立花がそれを尊重する義理は全くない。2区にも被害を及ぼしかねない、身内での暴走劇の不始末、責任は全て自分にある。その上で、甘菜や剛、美紗の処分を軽くするように訴える恭介。日野兄妹はさすがにお咎めなしとまではいかないだろうが、それでも合わせてお願いする。
「支部長との口約束ではありますが、日野兄妹もルールに乗っ取って己の力を証明して見せました。彼らは必ずこの1区の力になってくれます!」
どうかお願いします、とひたすら頭を下げる恭介。
それを止められないと分かったのか、甘菜達も一緒に頭を下げた。そういった反応はある程度予測していたのか、じっくりその様子を窺う立花。やがて、ふぅと一息零し、答えを返した。
「何か勘違いしているようだけど、僕は君達を厳罰に処する気持ちは全くないよ」
「「「「「「え?」」」」」」
思わず全員でハモり、それぞれに顔を見合わせる。
「君はただの口約束というけれど、ほかならぬ支部長が決めたことだ。僕の今の立場は支部長補佐。支部長が決めた決定に、異論を挟む気はないよ」
「い、いえ……ですが」
あくまでアズミが適当に決めた約束が有効であると、伝える立花。
横にいるアズミはどこか得意げだ。このまま全員無罪放免、それで済むならもちろんそれが一番いい。ただ本来聞いてはいけなかった類の話もあった。その辺りはどう考えているのだろうか。
「ただ全く今まで通り、という訳にもいかない。今から言うことをよく聞いてほしい」
「……!!」
空気を再びシリアスなものに変えて、立花が告げた内容は以下の通り。
・支部長との約束通り、全員処罰はなし
・ただし日野兄妹は1区から2区に配置換え
・今後【S級案件】に関わる内容の口外を禁止する
・恭介には別途【S級案件】専門のチームを率いてもらう
「以上、理解してもらえたかな?」
「ちょ、ちょっと待ってください!?」
立花が話し終えたと同時に、響いた声。それは恭介でも大智でもなく、甘菜だった。
「あ、あのすみません……」
「いいや、意見は大歓迎だよ」
「ありがとうございます、その……大智君、あ、日野兄妹が移動と言うのは……」
「ふむ」
アズミとの約束を優先するのであれば、彼らはこれまでと変わらず1区にいてもいいはずだ。霞はまだ能力者登録すらしていないが、大智とセットで考えていいだろう。
「疑問は最もだね。それについては、こちらにも難しい判断があったんだ」
想定していた内容の問いだったのか、すらすらと受け答えする立花。
単純に説明すると、日野兄妹はやりすぎた。いくら支部長が気にしない、とはいってもほかの所員の目もある。このまま1区に置いたままにするには、リスクが大きすぎるとの判断だった。
その中で浮上したのが、区を跨いでの移籍だ。
能研所員になったものは、数か月に渡って本部での研修を行い、これを踏まえて配属先が通達される。事前に希望を出すこともできるが、戦力状況によっては、まったく別の区への配属となる場合もある。
日野兄妹の場合、スカウトのようなものなので、通常のケースには当てはまらない。ただ2区へと拠点を移すことで、また1からの出発を期待する、とのことだった。
「あちらのトップにもすでに話はついていてね。申し訳ないが、これは決定事項だ」
「……分かりました。ありがとうございます」
内容を噛みしめ、お礼を伝える甘菜。
同じ1区で活動するという未来はなくなったが、別に金輪際会えなくなったという訳ではない。同じ能研で活動するのだから、隣接する区同士、またいつか手を取り合って任務に当たれる日も来るだろう。
「えっと、俺達……私達に関しては【S級案件】の口外禁止以外、本当に何もないんですか?」
「ああ、今伝えた内容に嘘はない。そこは保障しよう」
次に質問の声を上げたのは剛だ。
剛と美紗は恭介のように主犯とは言えないかもしれないが、戦闘に加担し同じく支部長に刃を向けている。甘菜も直接的な戦闘はしていないとはいえ、同じ扱いにはなるだろう。日野兄妹の処分を考えれば、自分達にもなにかしらあってもおかしくないと考えたようだ。
「日野兄妹の処分についても、今回の騒動の責任を取らせるためではなく、あくまで今後を見据えた上での判断だよ。処罰無しは君達が勝ち取った権利だ」
アズミとのゲームをクリアして、勝ち取った権利。
立花からこうまで言われたら、こちらも無下にするわけにもいかない。剛達も進んで処罰を受けたいわけではない。ただ起こした騒動の大きさから、お咎めなしをすんなり受け入れるには、ばつが悪いと感じているようだった。
「私達への処分は分かりました。では東は?」
今度は美紗が質問を口にする。
恭介も同じゲームクリアに貢献した一人。処分という位置づけではないのだろうが、彼にだけは追加の指令が下りてきていた。
「ああ、話の流れではあったが、君達は【S級案件】の概要を知ってしまった」
「はい」
「彼自身の希望でもあったからね。これは処分というよりかは、ご褒美と捉えてほしい」
「そこに私達が含まれていないのは?」
立花相手にも一歩も引かない美紗。
恭介達は今回の騒動を経て、【S級案件】を知る者同士、ある種の運命共同体となった。日野兄妹の放出は仕方ないにしても、美紗達が外される理由は、今のところ見当がつかない。
「君達には君達の任務がある」
「力不足、ということでしょうか」
「適材適所、と言っておこう」
これは上の決定だ。今更覆ることはない。
立花も嘘を言っているわけではないだろうが、本音かと言うと、違うなと美紗は思う。ただこれ以上追及しても求める答えは聞けないと判断し、美紗は質問を終わらせた。
「分かりました。ありがとうございます」
「一つ誤解がないように伝えておきたいのは、私は君達が思っている以上に、君達を評価している」
今回の騒動、主にアズミが出張ってきてからではあるが、立花はずっと様子を観察していたらしい。
彼の能力、世界を見通す眼――『衛星の目』を駆使し、この支部長補佐室から一歩も動くことなく。そのカバーできる領域は楽々と1区全体を覆えるほど。宙の観測者【千里眼】、彼の強さは、憑神とはまた違った広範囲殲滅型の力と言えた。
「正直はらはらさせられた場面も多かったが、君達の活躍は見事だった。今は少し大人しい子が多いからかな。僕にはとても魅力的に見えたよ」
彼は能研の基礎を築き上げ、今日に至るまで繁栄の礎となった、時代が時代なら教科書に載るような偉人だ。一線を退いたとはいえ、彼の言葉には重みがあった。
「ありがとうございます。今後とも精進します」
静かに礼を返す美紗。
彼女がどのように受け取ったかまでは、表情からは読み取れない。ただ剛同様に、己の信念を貫き通した彼女は、前よりもさらに確固たる強さを手にしたことだろう。
そんな彼女の姿勢に、立花はそっと目を細めるのだった。




