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SHADOW BIRD  作者: 下野 遊々
1章.闇討ち烏は闇夜に嗤う

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48/103

48羽:夜空への逃避行

 真上からの大鎌の振り下ろし。


 これは彼らを仕留めるためのものではなく、大智一人を分断する、ただそれだけのもの。無限に湧き出る影天使の総力を上げれば、この前進を止められていたかもしれない。だがアズミが取ったのは、最後まで彼らの愛を試す、その1点のみに収束した行動と言えた。


 もはや止まれない。


 ここで恭介が少しでもスピードを緩めれば、大智だけでなく全員捕まってしまう。走り抜けるしか道はない。アズミは分かっていて、この選択肢を突き付けている。もしかしたら憑神が甘菜を一緒に連れて行った時から、この図を描いていたのかもしれない。


 たまたま最後尾にいたのが大智だったというだけだ。


 アズミにとってはそれすら誰でもよかったのだろう。すさまじいスピードで進んでいる彼らを誘惑する最悪の2択。その思考すら許されない極限の状態の中で、大智の張り上げた声が響いた。


「俺は大丈夫です! だから先に……!!」


 その言葉が耳に入ったのかどうかは分からないが、恭介は結局脚を止めなかった。再び加速する彼らと大智を分断する鎌が今振り下ろされる――




 空が見えた。綺麗な夜空だ。


 視界の突然の切り替わりに意識が追い付かないアズミ。その一瞬に、大智はすでに次の行動に出ていた。


「今までのお礼。全部、利子付けて返すよ」


 ()()()()にはあふれ出さんばかりの青白い炎。霞が黒穴を潰すときに放った、全ての生命を消し炭にするあの炎だ。


「ばいばい」


 超至近距離から放たれたそれは、アズミの体を直撃しすさまじい威力をもってさらに上空へと打ち上げた。




 一体、何がどうなっている!?


 星が瞬く夜空という海で、消えない青炎に焼かれながら、思考をつなぎ合わせる。


 今いるのは宙、空中だ。そしてその少し下で自由落下を始めているのは大智だ。二人して急に宙に打ち上げられたとでもいうのか。理解が追いつかない。しかし、アズミの疑問は次の大智の行動で氷解する。


「消えた……まさか……!!」


 つい先ほどまで一緒に宙を舞っていた大智が突然姿を消した。


 そして、境界線の方向から歓声が上がる。ほかの影人形の目も駆使して確認できたのは、抱き着いてきた甘菜にもみくちゃにされる大智の姿だった。


 アズミは全てを察した。


 アズミと大智は甘菜の能力『指定転送(ピンポイント)』により、転移で夜空に舞った。しかし、その能力を行使したのは甘菜ではない。彼女の能力は自身と隣接した相手にしか効果がないからだ。ならば一体誰が使ったのか。


 この問いこそ、正解は一つしかない。


 能力の持ち主である甘菜が使えない以上、ほかに使えるものはこの場で唯一人。他者の能力を強奪することができる、異色のスキル『略奪者(ラバーズソウル)』を持つ大智にほかならなかった。


 では一体いつから大智が甘菜の能力を盗っていたのか。


 答えは、憑神が来てからだ。最初に甘菜だけを呼び寄せた憑神は彼女にこう伝えた。


『日野兄にお前の能力を移しておけ』


 その直後、影天使が殺到し、聞き返す暇も余裕も失われてしまったが、甘菜はその混乱に乗じてしっかりその命令を果たして見せた。大智も戸惑いながらも、下手に聞き返すことなどはせず、その右手で起死回生の能力をその身に宿した。


 アズミの行動が読めなかった以上、ただの保険でしかなかったのだろう。


 ただ憑神は能力なしとなった甘菜を戦場から連れ出し、アズミや他の面子すら騙すことで、結果手札を1枚隠し通すことに成功した。実際やみくもに飛ばれたら存分に能力を使用できない、という憑神の事情もあった。とはいえ、最後の最後にアズミの思惑を打ち砕いたのは、彼らの中でも最も弱い甘菜の能力、C+ランクの『指定転送』だった。




 具体的な動きの流れとしてはこうだ。


 大鎌で恭介達から分断されそうになった大智は、咄嗟にそれを避けられないと判断。まず能力吸収の技能”喰らう左手(スティールレフト)”を発動させた。その特性上、例え各上相手であっても、能力同士でぶつかればまず吸収しようとする動きが生じ、一瞬の間ができる。


 ある種の盾代わりになるわけだ。


 大鎌を左手で受け止めて生じた隙に、甘菜から借りたばかりの『指定転送』を発動。とにかく恭介達から遠ざけようと、なるべく遠い空を意識してとんだ。初めて使う能力なこともあり、さほど距離が離れたとは言えなかった。


 だがアズミの思考は一瞬止まらざるを得ない。


 確信をもって振り下ろした大鎌が相殺され、気づいたら場面が切り替わり宙に浮かんでいたのだ。すぐに状況を把握しろというほうが無理な話だ。


 当然大智の方は自身の状況を把握している。


 そのため、即行動に移すことができ、アズミから離れることにも成功した。ちゃっかり霞の青い炎を蓄えているあたり、大智の抜け目のなさは流石だった。そして、アズミを引き離すやいなや、技能”簡易指定(クイックスポット)"に登録されていた境界線へ瞬く間に移動したのだ。


 結果、宙に残されたのはアズミだけ。


 大智は憑神、甘菜と合流し一足先にゲームクリアとなった。もちろん理想は残った全員で即境界線にゴールする形だった。ただ全員で示し合わせられる状況ではなかったため、不発を恐れ最後の最後まで温存したのが、今回は吉と出た。


 振り返れない恭介達にも、前方の様子は伝わってきた。


 瞬時にからくりを理解することは難しかったが、ただ一つ。大智がやってのけたということは、すぐに全員が共有する流れとなった。あとはこのまま突き進むだけ。距離ももうそれほどない。アズミの気配も近くからは感じない。大智がうまく撒いたのだろう。


 一方全てを理解したアズミを包んでいたのは、怒りだ。


 恭介にやられた時には素直に感心し、嬉しそうですらあったが、今回は一杯食わされたという羞恥が上回った。大一番をかけた一手を、よりによって気を付けていた甘菜の能力で躱されてしまったこと。指示を出したのは憑神だが、綱渡りの作業を甘菜と大智が一発で完遂したこと。能力を隠し持っていた大智を狙ってしまったこと。


 全ての条件が噛み合い、今アズミは負けようとしている。


「~~~~!! 認められ、ないっ!!!!!」


 決して消えない青炎に焼かれながらも、空中で一回転。


 態勢を立て直し地面に着地すると同時に太ももを圧縮し、限界まで力を溜める。境界線直前まで迫る恭介達を妨害するため、彼らの真正面に複数体の影天使を地面から生み出す。そして、跳躍。地面が爆発したかのような威力をもって、自らも追い打ちをかけようとする。


 道中大智とアズミが恭介達から離れた後も、影天使からの妨害は続いていた。


 それでもなんとか勢いで弾き飛ばし、着実に境界線までの距離を縮めていた。あともう少し、そんな矢先に地面から競り上がってきた複数の影天使。スクラムを組むように、どっしりと受け止める構えを作っていた。


 衝突。勢いそのままに突撃した恭介は、はっきりと動きが鈍ったことを感じ取った。


 いまだ押し続けているが、影天使も崩れながらも次から次へと沸いてくる。ピキ、と嫌な音が聞こえた。美紗から借りた【黒荊】が限界を迎えようとしている。【黒荊】はオーダーメイドであり、その硬度も重量も最高峰のものだ。それでも耐えられない。


 原因は度重なる影天使との衝突のほかに、もう一つ。


 恭介が使った影手2本分の強化にある。アズミの能力を取り込み芽生えた技能”重なる影(リフレインシャドウ)”。対象強化に使える影手は3本あるが、剣に付与するときには、常に1本までに抑えていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 これは恭介本人も同じ。


 昔必要に駆られて影手2本分の強化を自身に使ったところ、制御を失い暴走した経緯がある。過ぎた能力は使い手を滅ぼすのだ。


 今この矛を失う訳にはいかない。


 勢いが落ちたとはいえ、ゴールはもうすぐそこだ。最悪影天使と一緒になだれ込んでも恭介達の勝ちだ。


「恭介! 全部使ってくれ!!」

「……!! これなら……!!!」


 最後に差し出されたピースは、剛の能力『武勇紋章(ブレイブクレスト)』。


 その内の二つ、大智に預けていた身体強化と、剛自身に付与されていた脚力強化の紋章だ。大智がゴールしたこともあり、いよいよ勝負とみて恭介にすべてを託す算段だ。ただ脚力強化の紋章も恭介に移した結果、とっくに限界を迎えていた剛は、足をもつれさせる。


 せめて背負っている霞だけでもと、何か藁にも縋るような気持ちで伸ばした片手は、そのまま地面に落ちることはなく、暖かい感触に包まれた。


「こんなところで脱落したら許さないわよ!!」


 すぐ先で一緒に走っていた美紗だった。


 『空中浮遊(レビテーション)』の能力を使い、霞を抱えたままの剛を腕一本で繋いで浮かせている。勢いそのままに風になびかせながら、それでも決して離すことはない。


「恭介やっちゃいなさい!!」

「おおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


 恭介の腰から黒の奔流がほとばしる。


 己の身体強化に付与していた影手1本分を、腰から吐き出し推進力に変える。顔の刺青も消えていたが、身体は今この胸に煌めく4つの紋章が支えてくれている。美紗達をも巻き込み、一筋の黒線となり、今全ての決着をつける!


 その背後にはアズミの姿。


 影天使と比べるとさすがに見劣りするが、上級トークンのスペックは決して低いわけではない。驚異的な加速で瞬く間に追いついたアズミは最後の大鎌を振り下ろした――

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