47羽:案山子が動けば更地が増える
不気味な静けさが場を包んでいる。
アズミも驚嘆する憑神の能力『無法地帯』。
それは【七人の悪魔】にも届く可能性があると言われるS-ランク最強の矛。広範囲に及ぶ殺戮の嵐を展開する、攻撃力全振りの異能だ。影天使の堅さは先ほど恭介が味わったばかり。いかに桁違いの威力かが分かる。
味方をも切り刻みかねない危うい能力のため、彼とまともに組んで作戦を行ったものは少ない。それ故か彼の実力も知らず、お気に入り人事などと揶揄するものもいたが、この威力と殲滅範囲を見れば、決してそんな言葉は吐けなくなるだろう。
彼の暗号名は【案山子】。
これは働かない彼を皮肉ったものではない。進んで動く必要もなく、その場にいるだけで場を制圧してしまう、圧倒的なまでの能力由来のものだった。
「お前の能力は俺の能力と相性最悪だ。俺への攻撃は諦めるんだな」
「言ってくれるねぇ」
悔し気に唇を噛むアズミ。
実際のところ、アズミの手札の中で攻守最強の影天使が通用しないのであれば、彼にダメージを与える手段は残されていないとみていい。元々アズミの能力はその特殊性が最大の武器であり、まともに向かい合っての戦闘は得意ではない。
四六時中不眠不休で襲われるなど、攻め方を変えられるとさすがの憑神もきつかっただろうが、このゲームにおいてはほぼ勝ち確定の様なものだった。
希望が見えにわかに沸き立つ恭介達。
反則級には反則級を。怪我の功名ではあったが、結果的に甘菜の行動は無駄にはならなかったのだ。対するアズミも自慢の影天使を一瞬で失ったばかりだ。傍らでは再びどんどん湧き出しているが、改めて攻めるにも慎重になっているようだった。
そんな中どこまでも空気を読まない憑神は恭介達を残し、再び甘菜だけを呼び寄せる。そして、近寄った甘菜を無造作に肩に担いで見せた。
「ほわっ!? は、班長何を!?」
「いいから大人しくしとけ。おい東ァ!!」
「は、はい!」
甘菜を肩に担いだまま声を張り上げる憑神。
恭介にもその行動の意図が読めず、ただ直立で返答を返す。そんな恭介に振り返って憑神は言い放つ。
「道だけは作っといてやるよ。ただ、これはお前達が始めた戦いだ。惚れた女にこれだけ無茶させたんだ。最後はお前が男を見せろ!」
「…………!!」
それは恭介だけでなく、全員に向けられた言葉。惚れた女うんぬんは流石に恭介にだけ言い放った言葉だろうが、彼らの胸に再び熱い炎が灯る。
そうだ、一体誰がこの無謀なまでの賭けを始めた? きっかけはもちろん日野兄妹だが、すすんで彼らと歩みを共にした、その決断は全て彼ら一人一人が自分で考えて、決めて、選んだことだ。どれだけの困難が待ち受けていようと、幕引きを他人に譲るようでは、その決意すら無駄になってしまう。
どれだけの力の差があろうが、そこだけは譲ってはいけない。
「班長! 私も最後まで! だから離してください!?」
「やかましい。お前が好き勝手飛んでたら間違って切り刻んでしまうだろうが」
「うぇ!?」
「……お前はもう目いっぱい頑張った。後は奴らにまかせておけ」
「恭君……みんな……」
肩に担がれたままの甘菜と口論しながら、憑神は歩みを止めない。
緩やかにただ境界線への道を一直線に歩いているだけだが、その道には沸いたばかりの影天使がひしめき合っていた。現時点ではアズミも他の選択肢はないらしく、ただひたすら影天使を生み出し続ける。それを境界線の門の上で静かに見守る紗衣華だったが、その顔はどこか不機嫌だ。
2区の能研所員は皆2区支部長である【征天使】に信を寄せている。
影天使はその姿を勝手にかたどった模造品だ。当然気分のいいものではない。【征天使】である天城 円佳が言っていたように、ほかの【三天柱】が派遣されていたとしたら、もはや収拾がつかないレベルになっていたことだろう。
生み出されてはかき消される無数の影天使。
角度を変え、方向を変え、密度を変え、様々な攻撃を繰り広げるアズミだったが、さすがに本体のコピーである上級トークンでは近づくことはできず、あっさりと憑神に境界線までの道の踏破を許す結果となっていた。支部長クラスの攻撃をものともせずに、涼しい顔で乗り切った彼もまた、規格外の化け物に違いなかった。
「あ~あ、結局だめか」
アズミは憑神が境界線に辿り着いたと同時に、ぴたりと攻撃をやめた。
境界線に辿り着いた時点で、憑神と甘菜はゴール。このゲームからの解放が約束された。半ばゲームを持ち掛けられた時から半信半疑な恭介達だったが、約束は約束で守る気はあったらしい。そして、今境界線までの道は、一瞬の空白な時間が流れている。
誰とも言わずに走り出していた。
憑神が作ってくれた最後のチャンス。ここでだめならすべてが終わりだ。何度となく訪れた窮地を恭介が、剛が、美紗が、甘菜が、大智が、霞が救ってきた。誰一人として欠けてはここまでたどり着けなかった。だからこそ、最後は全員で境界線を踏む!
しばし放心していたアズミ。
ただ恭介達の接近を確認すると、首をそちらにぎゅるんと回し満面の笑みを浮かべた。それと同時に沸き上がる影天使達。1体でさえも苦戦どころか、力の差を見せつけられた相手だ。憑神のように軽々とあしらうことはできないだろう。
一度でも止まれば再起はできない。
そんな確信とも言える想いを全員が共有していた。必然的に今持てる全ての力が先頭を走る恭介に集約されていく。
美紗の【黒荊】を受け取り、剛からは腕力強化と防御強化の紋章を引き継ぐ。霞も最後の力を振り絞り、恭介が前に構えている【黒荊】の周りに、”日輪”を複数展開する。やがてそれらは恭介の影手の強化を2本分取り込み、回転する巨大な黒い槍を形作った。
一筋の黒槍となって突き進む恭介達。
恭介の技能”重なる影”の強化の恩恵を受け、膨張した巨大な黒槍は最後尾の大智までもカバーし、前に立ち塞がる影天使を弾き飛ばしては、ひたすらに先を目指す。
「このままならいける……! 絶対振り落とされるなよ!!」
「「「「おおおおおおおおおお!!!」」」」
もう境界線は目と鼻の先だ。このままの勢いなら絶対に辿り着ける。
そう思った恭介ではあったが、ふと何か忘れていることに気づく。アズミがこんなに簡単に通してくれるだろうか。そんな考えが頭をよぎった矢先に、右側から強い衝撃を受ける。
影天使による特攻だ。
自爆覚悟で突っ込んできた複数の影天使により、速度はやや緩んでしまった。そして、その間隙を狙っていたのか、アズミが大鎌を振り上げ空から迫ってきていた。その狙いを悟った恭介は、盛大な悪態を付いた。
「アズミィイイイイイイ!!!!」
「勝利はあげるよ! それでも、ただで全員を通すほど、私は甘くはないよ♡」
それは恭介達全員を足止めするアズミ渾身の一撃、ではない。
アズミに目を付けられた哀れな標的は大智ただ一人だった。




