45羽:終局エンジェルロード
「ふふ、どうかな~、私のご自慢の影天使ちゃんは♡」
「……最悪だよ」
美紗の回復も受け、なんとか立ち上がった恭介。
戦意は未だ衰えていないが、彼らに与えたインパクトはすさまじいものがあった。彼らの中では一番強い恭介が、まるで子供のようにあしらわれたのだから無理もない。分かりやすい形で力の差を示されてしまい、さっきまで近くにあったゴール地点が途端に遠く見えてしまう。
「俺達は今からあれを超えていかなきゃいけないのかよ……」
「というか何なのあれ? 反則じゃない?」
「そういえば、恭介さんは何か知ってる風でしたけど……」
じっとり汗を滲ませながらも、必死に相手を知ろうとする大智達。
にやにや顔のまま、追撃を仕掛けてこないアズミを確認し、恭介は振り絞ってその問いに答える。
「あれは、あいつの言葉を借りるなら、ただの中級トークンだ」
「あれが!?」
「一体どういう絡繰りなんだよ!?」
アズミの能力『寄生愛』。
他人に寄生し、他人の力を借りてこそ真価を発揮する異能。彼女のトークンを生み出す技能”愛の形”は、その能力の基本にして真髄とも言えるだろう。
圧倒的数量差でねじ伏せる「下級トークン」。自身の唯一無二のコピーを生み出す、不死の怪物「上級トークン」。そして、他者の特徴をコピーした「中級トークン」。つまりは、コピー元が強ければ強いほど、その力は跳ね上がる。
「その理屈は分かるが……恭介の一撃をまともに喰らって平気なやつなんて、そんないるもんでもないぞ」
剛は断言する。
直接まともに喰らったことはないが、あれは剛でもまともに喰らえば耐えられないだろう。例え防御強化の紋章を使っていたとしてもだ。恭介の強さはそのフットワークの軽さに見合わない、高火力も持ち味だ。その威力は軽々と影人形をまとめて吹き飛ばす姿からも、容易に想像できる。
「相手がまともならな……。ここまで来て失念していたとは。結局手のひらの上で遊ばれていたという訳か」
「んふふ~、切り札は最後まで取っとくもんでしょう? さて、しっかり驚いてくれたところで、種明かしといきますか♡」
沈黙を守っていたアズミが上機嫌に大鎌を回しながら歩み寄る。隣には空からゆっくり舞い戻ってきた影天使が控えている。
「この子は2区支部長である【征天使】のコピー。実質【七人の悪魔】最強の身体強化能力者だからね。どう、すごいでしょ!」
【七人の悪魔】の一角、【征天使】。
【大災厄】から、つまり能力者が生み出されて以来、常に能力者のトップに君臨し続けている、本物の怪物。逸話としては、壊滅した都市を一晩で修復したなど、破壊ではなく再生の使い手として知られている。
使い手の美貌も相まって、巷では『聖なる癒し手』とも呼ばれ、半ば神格化されているようだ。ただそれは彼女の能力の一端に過ぎず、正しくは両方、破壊と再生を司る能力者なのだった。
「境界線を越えて天使の門を潜るには、まず天使を倒せと? どこまで悪趣味なんだよ……」
吐き捨てるように呟く剛だったが、それはアズミを喜ばせるだけに終わった。
散々思い知らせてきたはずだったが、最後の最後、ここまで来てこの仕打ちとは。掴みかけていた希望が手のひらから滑り落ちるような感覚を味わう。それでも、諦めるわけにはいかない。必ずしも倒す必要はないのだから。
すでに面と向かっての戦闘は諦めかけていた面々ではあったが、希望は残さないとばかりに、アズミは最後の追い打ちに入る。
「さて、ここで問題です。この子は中級トークンですが、生み出せる数は何体が限界でしょーか?」
「何を……」
中級トークンと相対したことのない恭介は首を傾げるが、剛達は真っ青になりながら、必死に言葉を紡ぐ。
「おい……ふざけんなよ、そんなことがあっていいはずが……」
「剛さん?」
怯える彼らを見てただならぬ空気を感じた恭介だが、その原因は直後目の前に形として現れた。
「正解はー……無制限♡」
アズミが指を弾く音と共に、地面からあふれ出す影天使達。
その数は百を下らないだろう。瞬く間に境界線までの空を埋め尽くし、悠然と見下ろしている。あれが全員【征天使】のコピー。全く持って笑えない。何が天使だ、今の恭介達にはただの悪魔にしか見えない。
カラン、と音がした。
美紗の手から【黒荊】が滑り落ち、無造作に地面へと転がった。剛は天を見上げ悔しがり、大智は地面に膝をつき、顔を上げられないでいた。霞は大智に駆け寄り、そっと震えるその身を寄せた。皆が皆諦めてしまった。
絶望的な光景。無理もない。これに勝てるのはまさしく【七人の悪魔】だけだろう。
いや、いかに最強の悪魔と言えど、相手が百の天使ならば軍配は反対に傾くかもしれない。最強×無限。考えうる限り、最悪の組み合わせだ。これを前にして、何に希望を見出せばいいのだろうか。腰から2本の刀をすかさず抜いた恭介ではあったが、その答えは見つけられないままであった。
「支部長を敵に回すことの意味――、分かったかな?」
声は笑っていたが、顔は笑っていなかった。
アズミは容赦しない。
追い求めた理想、突き付けられた現実。いったいどこで間違えたのか。考えても仕方ない。それでも問わずにはいられなかった。少なくてもこんな結末を望んだわけではなかったのに。
ゆっくり上げられるアズミの右腕。
戦闘態勢に入る影天使達。その眼前には俯いたままの恭介達。無音の世界の中で、ただ審判を待つだけの哀れな子羊。
振り降ろされたアズミの合図に従い、百の天使が飛び交う空。急降下したそれらは、それぞれ目標に狙いを定め、最短距離で対象を穿つ軌跡を描いた――
来るべき、終焉。
それが来る前に恭介は謎の暖かさを覚えた。やけに懐かしく、誰よりも一番求めていたこの感触。
「恭君!!!」
声に釣られ再起動する恭介。見上げた眼前にはすぐそばに迫る天使の群れ。
「甘菜!!!」
恭介は武器を投げ出し、ただ抱きしめ返していた。愛しいこの温もりを決して離さないようにと。
せめて天使の攻撃からは守ろうと、抱き伏せるように甘菜を押し倒した。せめて、せめて彼女だけは。守りにきた側の甘菜は一瞬驚き抵抗したが、力で彼に適うはずもない。ただこの繋がりだけは決してなくさないようにと、しっかりと抱きしめなおした。
来るべき、終焉。
それはいつまで立っても訪れなかった。世界は無音のまま。何が起きたかは定かではなかったが、さすがにおかしいと思ったのか、剛達もゆっくりと顔を上げた。
「敵を前に戦意喪失? いつからそんな腑抜けになった、お前ら」
そこには何やら面倒くさそうに呟く、戦闘班班長、憑神 仁の姿があった。




