43羽:絶望を乗り越えて
「あー……そいつは随分とやらかしたもんだな」
「ちょっと、仁……!」
甘菜の報告を聞き、憑神は率直な感想を漏らす。
甘菜の報告は極力私情を挟まず、事実のみを伝えたものだった。
明石にも言われた通り、アズミの行動に多少の問題はあれど、恭介や甘菜の行動が正当化されるわけではない。あくまで彼らは能研と言う組織の中の人間だ。スタンドプレーを容認するようなことは、当然できるはずもない。
それでも感情を無視できないのも人間だ。庇いたいけど庇えず、自分の事のように心を痛めた千寿は、気づけばギュッと甘菜を抱き寄せていた。
「し、主任……!?」
「……ごめんね、そこに居てあげられなくて」
「そんな……悪いのは私で……」
突然抱きしめられた甘菜は、言葉が出てこない。
上司に盾突いて粛清されました。一言で言えばそういうことで、本来人の上に立つ立場の千寿は甘菜の肩を持つべきではない。しかし、一体どれほどの苦悩を抱えたのか、悲しみを覚えたのか。なぜそんな行動を取らなければならなかったのか。普段の恭介や甘菜達を知る彼女には、単純に切り捨てることなどできなかった。
「……つらかったね」
「……!!」
起こしたことを許すことはできない。ただ気持ちには寄り添ってあげたい。
そんな中絞り出した千寿の言葉は、甘菜の隠していた気持ちに敏感に触れていた。千寿の腕の中、抗えない優しい温もりから逃げるようにバタついていた甘菜の動きが止まり、やがて小刻みに震えた後、感情が爆発した。
「わ、私……!! 誰も、何も、守れなかったのに……!!!」
「うん」
「私だけ……残されて!!! ……う、うわあああああああああん!!!!」
涙が止まらなかった。
黒い影に呑み込まれて消えた恭介達。それを見送り放心していた時にも涙は出なかった。憑神に報告していた時も、ただ淡々と事務報告のように話した。どこか心は冷静さを取り戻したと思っていた。でも違った。ただ現実を受け止め切れてなかっただけで。
もう何もないと思った甘菜にもこうして寄り添ってくれる人がいて。温もりが彼女の感情を呼び戻してしまった。こうなると分かってたから、心を閉ざしたのに。
どれだけ泣いても、悔いても何も変えられない。
しかし、それでもいつかは前を向かなければいけない。時は止まらないのだから。感情を解き放って、殻を破って、初めて人は前に進めるのだ。己の無力を、後悔を受け止めた甘菜は、きっとまだ強くなれる。
さすがに空気を読んだのか、落ち着いたら呼べと再びソファーに転がった憑神をよそに、しばらく千寿の胸に顔をうずめたまま、甘菜の泣き声がこだましていた。
「えーと、大変お見苦しいとこをお見せしました……」
「ううん、少しは楽になった?」
「は、はい、おかげさまで」
顔を赤くしながら、甘菜が千寿と距離を取る。
感情を吐き出すだけ吐き出した後だ。多少なりとも精神面は持ち直したと思う。ただ甘菜にできることはもうない。直属の上司への報告を済ませ、後は審判が下るのを待つだけだ。
何分能研の作戦に沿った話ではないため判断は難しいだろうが、能研を除名される可能性すらあり得る。面と向かって支部長に敵対したのだからそれもやむなしだ。むしろその程度で済めばいいほうかもしれない。
即効で眠った憑神がもう一度ソファーから転げ落ちた後、ごほんと咳払いをして、甘菜におもむろに告げる。
「なあ、一ついいか?」
「は、はい!」
「お前ここまでどうやって来た」
質問の意図が理解できず、固まってしまう甘菜。
どうやって……能研に戻ってきた手段を聞いているのだろうか。まさか甘菜の能力すら覚えてないのだろうか。無気力無責任な班長ならあり得る、と失礼な感想を抱きとりあえず答える。
「どうやってと言いましても、普通に転移して、ですけど」
「その後だ」
「あ、後……?」
「ちょっと、仁、何が言いたいの?」
千寿もいまいち憑神の言いたいことを汲み取れず、横から声を掛ける。そんな二人にため息を返し、憑神は言いたいことを整理して伝える。
「お前とここで会ったとき、車椅子使ってなかったよな? 俺には尼木の能力で浮いてるように見えたんだが」
尼木 美紗、今回恭介や甘菜に力を貸してくれた戦友だ。
唐突に彼女の話が憑神から出てきて混乱するが、空中浮遊の能力を行使できる、彼女の技能”放浪者”を借りていたことを思い出す。そのことを甘菜が伝えると、納得したように憑神は数回頷いた。
「何を一人で……って美紗ちゃんの能力が生きてる? それって……」
「ああ、尼木の能力は時間制限のほかに、あいつの意識が一定時間途切れても消える。それが消えてないってことは、そういうことだろう」
「……!!」
千寿が憑神の言いたいことに当たりを付け、甘菜は口を両手で抑え、声にならない声を上げる。
技能の解除条件は、能力によりまちまちだ。時間制限、能力者との距離で判定されるもの、逆に解除しない限り消えないもの、細かい条件を上げるとさらに細分化されていくだろう。
今回の美紗の能力、”放浪者”については、効果は1時間で消え、美紗が更新すればその分また1時間追加される。連続でかけた場合でも最大の効果時間は5時間らしい。ちなみにその更新は美紗と対象者が約直径10メートル内、教室1個分程度の距離にいないと対応できない。
時間制限が解除条件の美紗の能力だが、それとは別に美紗が気絶するなど、一定時間意識を失うようなことがあれば、それも解除条件に当たるのだ。付与系の能力は便利ではあるが、それぞれの条件を把握しておかなければ、足元をすくわれることもある。決して万能なだけの能力ではない。
そういった条件と今の状態を照らし合わせた結果、導かれる事実は一つ。
美紗は生きている。
その事実が甘菜の頭を急速に回転させる。あの影で呑み込まれた姿を目の当たりにした甘菜は、あまりの衝撃にそこから先の思考をやめてしまった。それほどまでの絶望感だったのだが、今感じるのは希望だ。
アズミの能力について、甘菜が知っていることは少ない。
ましてやアズミの思惑などは分からないが、彼らと一緒に消えたのであれば、まだ一緒にいるかもしれない。甘菜以外の全員を捕まえた上で移した場所。甘菜の行動範囲に居なければ探しようもないが、それは索敵をやらない理由にはならない。二人に言われるより先に、甘菜は自身の能力で彼らを探し始めた。
そんな甘菜を傍らで見守りながら、千寿が悪態を付く。
「しかし、そういう大事なこと、なんでもっと早く言わなかったの?」
「何か言う前に勝手に大騒ぎしだしたのはそっちだろう……」
「う、悪かったわよ」
千寿も感情を消して話す甘菜を前に冷静でいられなかったのは事実だ。あれはあれで、甘菜のためには必要なことだったとは思うが、年長者として少し恥ずかしかったかもしれない。
「まあ下手な答え合わせなんかしなくても、俺には分かってたがな」
「ん? どういうこと?」
「東や尼木みたいなじゃじゃ馬が簡単にくたばるわけないだろう」
「ふふっ、そうね」
心底面倒くさそうにため息交じりに話す憑神であったが、その顔にはうっすらと笑みが浮かんでいた。班長として接してきた憑神にとっても、彼らの人柄や能力は、信じるに値するものだったようだ。
微笑みを返す千寿の耳に、見つけたっと叫ぶ甘菜の声が飛び込んでくるのは、それからさほど時間はかからなかった。




