42羽:hello hollow flow
能研の一室に降り立つ一つの影。
甘菜である。
能研には転移能力者のために、個人と団体を収納できるスペースがそれぞれ複数設けられている。基本的に転移系の能力は転移先が物で埋まっていたり、別の人がいると飛べなかったりするため、それに対応した形だ。
戦闘先からの緊急避難などもあり得るため、傍には救護スペースがあり、スタッフも常駐している。転移に気づいたスタッフが甘菜の方を見やる。甘菜は今回能研から出た作戦に参加していたわけではないため、急用ではないと見たが、疲弊し気力を失ったようなその様子に堪らず声をかける。
「えっと、縞葦さん!? その、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だから……戦闘班の班長いる?」
ひとまず会話できる分には問題なさそうだ。
少し落ち着いたスタッフは、唐突な甘菜の質問に戸惑いながらも答えた。
「え、班長なら……あーっ、本来はミーティングの時間なんですけど、サボっていないみたいで」
「そう、分かった、ありがとう。こっちで探してみるね」
戦闘から帰ってきた所員には、ナイーブになっていたり、気が立っているなどして、人を寄せ付けないものもいる。そのスタッフはまだ何か言いたげではあったが、目立った外傷は見られないと判断したのか、それ以上何も言わなかった。
転移室を後にする甘菜に、主任も探してたみたいですから聞いてみたらいいかもしれませんよっ、と後ろからスタッフの声が掛かる。甘菜は控えめなお辞儀を返すと、ふらふらとその場から立ち去るのだった。
行く当てもなくふらふらと彷徨う甘菜。
能力を使えば索敵はできるのだが、じっとしているのは今は耐えられなかった。何度目かの廊下の角を曲がったとき、前から来た何かにぶつかる。
「うむ!?」
ちょうど顔の位置にあったそれにめり込む形で、息が一瞬止まる。緩やかにバウンドして見たそれは、人形のような丸い物体だった。
「これは……主任の”霊騎士”? ああ、班長探すのに駆り出されてるのね」
「…………」
相手からの返事はない。
人魂に一つ目、手はないが盾と剣を背中に装備しており、今もふわふわと浮いている。よく能研内で放し飼いされており、女性所員などは勝手に捕まえて、その触り心地を楽しんで癒されたりしている。戦闘モードの時は触れないステルス機能もあるのだが、こういう時はひやっと冷たく触り心地は手に馴染むようにふわふわしている。
「一緒に探そっか」
「…………」
返事はないが抵抗することもなく、甘菜の両腕にスポッと収まり、先ほどと同じように二人ふらふらと進む。少し進んだ先にロビーが見えてきた。なんとなく背を向けたソファーを覗き込むと、そこには探し人である戦闘班班長が安らかな寝息を立てていた。
「ちょっと、班長……起きてくださ」
「あ、いたわね!?」
向かいの通路から早歩きで向かってくる人物がいる。
古川 千寿、戦闘班の主任を務める女性である。緩やかにウェーブがかかった髪を、後頭部で軽く留めている。普段は温厚な彼女も、さぼり魔な班長に怒り心頭なのか、目つきがやや鋭い。別の”霊騎士”と合流し、猛然と駆け寄ってくる中で、同じく”霊騎士”を抱えている甘菜と目が合う。
「あら、甘菜ちゃん。その子と一緒ってことは、甘菜ちゃんも?」
「はい、班長に報告したいことがあったので。ご一緒させてもらいました」
名残惜し気に抱えていた手から放すと、主任に駆け寄りやがて吸い込まれるように消えていった。彼女の能力『魂魄霊装』はA+ランクの能力であり、決して可愛い霊を飛ばすだけの能力ではない。
【死霊使い】の暗号名を持つ彼女は、能力の相性上、班長と組まされることが多く、人のいい彼女はいつも割を食っている。
「全く部下にもだらしない姿見せて……もう」
「ああ、いえ、お気になさらず」
班長がだらしないのは周知の事実なので、今更甘菜からの評価が下がることはない。自分の事ではないのにごめんね、と謝ってくる千寿はできている人だなと思う。
甘菜と合流し、怒りも少し鳴りを潜めたのか、静かに指を鳴らし”霊騎士”に指示を送る。千寿の横に浮いていた”霊騎士”がゆっくり動いたかと思えば、すっと寝ている班長の体に吸い込まれていった。ほんの数秒、静かな時間が流れ、やがてびくっと体を震わせた彼はソファーから転げ落ちた。
「……あ?」
「お・は・よ・う。よく眠れた?」
「……千寿か。お前その起こし方はやめろって、前にも言ったろ」
「仕事すっぽかして寝てなければ、こんなことしないで済むんだけど?」
言い合いでは分が悪いと踏んだのか、班長は頭をポリポリ掻き、顔を背けた。
髪はぼさぼさで、身に着けている能研の制服もよれており、とても人の上に立つ人物には見えない。しかし素材自体はよく、顔は控えめに見ても美形、イケメンと呼ばれるそれであり、180cmはある高身長であることから女性所員のファンは多い。
彼はしばらく夢の中と現実とを交互に行き来していたが、ようやく横に佇む甘菜の存在に気づいたのか、めんどくさそうに声を掛ける。
「縞葦か。何の用だ」
「はい、憑神班長。任務……とはちょっと違うかもしれませんが、報告があります」
甘菜が能研に戻ってきた目的、それはアズミとの戦闘を行った末の結末を報告すること。
甘菜の緊張感が伝わったのか、未だに地べたに胡坐をかいていた班長、憑神 仁は寝ぼけ眼を擦りながらソファーに座りなおし、話の続きを促すのだった。




