40羽:優しい嘘は罪の味
アズミの誘いを突っぱねた恭介の瞳には、強い意志が宿っていた。
どちらが大事かと言われれば、それはもちろん甘菜であり、日野兄妹や剛達だ。そこに迷う余地はない。しかし、恭介はあまりにも知らなさすぎる。与えられた、限られた情報の中でしかできない選択が、果たして未来へと繋がるだろうか。
「お前が言っているのは、能力者の否定だ。突き詰めてしまえば、やがて能力者は存在することすら許されなくなってしまう」
「…………」
押し黙るアズミをよそに、恭介は止まらない。
「能力者だって人間だ。望んで能力を持ったやつもいれば、そうじゃないやつもいる。危険で強力な能力を持っているやつもいるだろう。それでも、それはあくまで一部だ。そいつの全てじゃない。能力は手段だ!」
そうだ、例え忌むべき力をその身に宿したとしても、結局は人なのだ。
今口から溢れているこの言葉は、決して自分の中で温めていた答えではない。自分の発言に多少の驚きを感じつつも、思いの丈を出し切る覚悟で恭介は吠える。
「ただ強力な能力を持っている、それだけで俺は敵視しない。全ては使う人間次第だ。だが能力を悪用するのなら、俺は容赦しない。それが、俺が今ここにいる理由。能研所員である理由だ!!!」
言ってしまった。
もはや後戻りはできない。勢いに任せたような啖呵ではあったが、恭介自身に悔いはない。
「災厄は芽の内から摘まなければいけない。君もあれを体験したのなら分かるだろうに……」
ただただ悲し気な表情を浮かべるアズミ。
世界が赤く染まったあの日を知るものにとっては、それは何よりも恐ろしい、終焉を告げる日だ。そこに居合わせたものの大半は死に、辛うじて生き残ったものは、心に深い傷と戒めの様な能力を授かった。それは自身の身を守るための能力か、はたまた己の体を蝕み、悲劇を繰り返す引き金となるのか。
それはきっと誰にも分からない。ただ進むべき道はいまここで、別たれた。
「俺は、お前とは違う道を行く」
「全く……君は最高にかっこよくて、最高にバカだね」
「言われなくても分かってるよ!」
改めて距離を取り、武器を抜きながら後方の甘菜達に声をかける。
「すまん! 俺の判断だけで、こんな大事なこと!」
もはや言っても仕方ないのだが、それでも謝罪の言葉を投げかける。恭介の下手なプライドがなければ、彼らの安全は保障されていただろう。今頃能研に戻ってゆっくりできていたかもしれない。
「ううん、私こそ恭君だけにつらい思いさせてごめんね!」
「はっ! いい啖呵だったぜ!」
「逆に下手な保身に走ったら後ろから刺してるとこだったわ」
「俺は自分の身の安全を、誰かの屍の上に立つことで叶えようとは思いません! 何よりそんな選択を恭介さんにさせるぐらいなら、最後まで戦います!」
「か、霞も頑張る!!」
全員が一斉に戦闘態勢に入る。全員ぼろぼろなのは間違いないが、士気の上りようは今まででも最高潮かもしれない。
「救えないね」
ぽつりと呟かれたその言葉に悪寒が広がる。
気圧されたとはっきり認識した時には、すでに遅かった。気づけば全員の脚には黒い影が纏わりつき、身動きが取れなくなっている。唯一空中に浮いていた甘菜だけは、その範囲から逃れていた。今や黒い沼と化した地面は、徐々に恭介達を奈落に引きずり込もうとしてくる。
「くそっ、こんなもの……!」
「おっと、下手なことしないほうがいいよ~。自分だけじゃなく仲間の命ももう一蓮托生なんだから」
「何を言って……!?」
足掻く恭介達だが、足元を抑えられては身動きもままならない。
刀を突き立てようと動く恭介だったが、眼前にぬるっと現れたアズミの声に手が止まる。どうやらこの影はアズミにも繋がっているようだ。下半身が黒く、影に同化している。彼女は元々影人形なので、そこに疑問はないが、わざわざ見せつけられたそれに、冷や汗が流れる。
「まさか、これはっ……!?」
「そ、今は皆、私と同化中。下手な攻撃は自分を傷つけるだけだよ?」
私は痛くも痒くもないから好きにしてもいいけど、とのたまうアズミに何も言い返すことができない。現に反射的に炎を纏った霞の近くにいた大智が、悲鳴を上げた。慌てた霞はすぐに能力を引っ込めたが、万事休すとはこのことだ。
いつから準備していたのか、もしや今までの長話の中ですでに仕組まれていたのかもしれない。影をそっと伸ばし、地面に同化して。手段を選ばなければどうとでもできる、そんな宣言をされたようで。
もはやアズミは笑っていない。譲歩できる時間は終わったということだろう。
このまま全員呑み込まれて終わってしまうのか。いや明日になれば、変わらず彼らは生活しているかもしれない。外見はそのままで、今までと何も変わりなく、ただ中身だけは空っぽで。
身の毛もよだつ想像をしてしまい、恐怖に足が竦む。
そうこうしているうちに、体が腰まで沈んできた。美紗の浮遊能力をもってしても、地面にまで同化した彼らを持ち上げることはできない。それも計算づくの事だろう。早いうちに身を切る覚悟が必要だったが、自分以外も巻き込まれているという事実が彼らに二の足を踏ませた。
もはや反撃を起こす手段が見つからず、茫然とする恭介達に掛けられる声。
それはただ一人難を逃れた甘菜だった。
「絶対呑み込ませないから……!」
「甘菜! 止せ! お前まで呑み込まれるぞ!!」
「やだ!」
「甘菜!!」
恭介の腕を引っ張り懸命に沈下に抵抗する甘菜。
転移での脱出を試みるが、対象が大きすぎるゆえに不発となる。もはや打つ手はない。それでも甘菜は恭介の腕を離さず、”放浪者”の効果で得た浮遊能力で引っ張り続ける。沈む速度は緩やかだが、それに抗うほどの力はない。意を決した恭介は甘菜に静かに告げた。
「……分かった。今から最後の賭けに出る。危ないから甘菜は一旦離れていてくれ」
「本当に……?」
「ああ、時間がない、早く!」
「う、うん!!」
本当に離していいのか分からない。
ただいつだって恭介は甘菜の期待以上のことをしてきてくれた。道のない道を一人切り進んできた恭介だ。ここで信じないでどうするというのだ。甘菜は名残惜し気にそっと手を離す。
「えっ……」
ふいに甘菜の体が浮いた。
”放浪者”の効果だけではない。まるで見えない手に押されたかのような。この世から切り離されてしまったかのような。何とも言えない浮遊感の中で、一人その事実に行き着く甘菜。なんのことはない、道連れを恐れた恭介が、認識阻害を利用した影手で甘菜を突き飛ばしたのだ。
甘菜にとって、その距離はなんてことはない。
転移で詰めれば一瞬だ。なのに、体が動かない。スローモーションのように感じられる世界の中で、恭介の口が緩やかに動いた。ただそれだけが目に写った。短く動いたその口は、音さえも届けず、暗闇に、地面に呑まれた。
「あああああああああああああああああああああああ!!!!?!??」
体が、心が、理解を拒んだ。一瞬過ぎたその先には何もない。何もなかった。




