39羽:無知ゆえに
思わぬところから、ずっと追い求めてきた情報を耳にした恭介。
しかし、その執念を嘲笑うかのように、すでに宿敵はこの世にはいないと、残酷な答えが告げられていた。
死んだ? では何故甘菜の脚は自由を取り戻せていない? 恭介自身、宿敵を追い求めていたが、どうすれば甘菜の脚を治せるのか、分かっていたわけではない。
ただ行動せずにはいられなかった。
地の果てまでも追いかけ、己のやった行為に対する報いを受けさせた後で、能力を解除させるなり無効化できる方法があると信じてきた。でなければ耐えられなかった。
もはや解除するすべはないのか。
宿敵を追い求めるために費やした今までの時間は一体なんだったのか。天地がひっくり返るような衝撃が恭介を襲い、目の前が歪む。息ができない。呼吸が苦しい。今自分は立っているのか、膝をついているのか。今までの全てが否定されたようで、何も考えることができない。
そんな彼を呼び戻したのは、ほかならぬ甘菜だった。
「恭君! 恭君!」
「……甘菜」
「もういいの。今まで恭君がどれだけ頑張って、傷ついて、自分を責めてきたか、私は知ってるから! ……もう自分を許してあげて!!」
甘菜は泣いていた。
なんで泣くんだ。なんで自分自身がつらいのに、俺のために泣いてくれるんだ。なんで。そんな甘菜だから俺は。
「ちょっと、ちょっと、話の途中で脱線し過ぎ」
悲観にくれる恭介とそれを慰める甘菜。空気を読む気は全くないのか、アズミが口を挟み軌道修正を図る。
「そいつの話はそれで終わるけど、誰が治せないって言ったの?」
「……? それはどういう……」
「や、死んでも消えないってのは正直予想外だったけどさ。同じ『災厄破片』持ちで、おそらくそれに対抗できる別の”特性”を持った能力者がいる」
呆けた恭介に変わり、甘菜が反応する。
その答えは恭介の耳にも当然入り、じわりじわりと浸透していく。解除不能の異能と思われたが、『災厄破片』を取り込んだ能力者ならば、甘菜の脚に残る災厄に干渉することができるということだろうか?
「おそらく、というのは?」
「そのままの通りだよ。明確に確認は取れてない。『災厄破片』の存在自体がトップシークレットだからね。だけど可能性は高い」
アズミはどうやら確信に近い情報を握っているようだ。
その情報の信憑性は不明だが、今は藁にも縋りたい状況だ。聞き返した甘菜は思案しながら、恭介の様子を窺う。
「……俺にどうしろと言うんだ」
「お、おかえり。現金だねぇ~、さっきはあんなに取り乱してたのに」
「もう一度首切り落とすぞ」
「死なないけどヤダ」
目に生気が戻った恭介は、アズミに続きを促す。
アズミによると、甘菜に傷を負わせた能力者の”特性"は【不能】。それゆえに回復能力によって傷は癒えても攻撃を受けた脚の自由は戻らず、甘菜は苦しめられてきたわけだ。そして、その”特性”を打ち消す別の『災厄破片』持ちがいるという。
「本部TOP3【三従士】の一角。暗号名【死神】が、件の『災厄破片』持ちの疑いがある」
「本部のTOP3……! ということは本部長も……!!」
「うん、当然絡んでいるだろうね」
事の重大性に眩暈を覚える。
アズミはすでに本部や他の支部が『災厄破片』持ちの能力者を確保しているといった。だが表の重要な役職についている人間がそうとなると、話は別だ。これは組織の在り方にも関わる。
本部長は、いや能研はどちら側なのかということ。それによって大きく、大きく物事の見方が変わってしまう。
「特性はそれぞれ異なるけど、【死神】の特性はおそらく、君達が望む条件に近い」
「【不能】を打ち消す力……いいさ、どうせ手掛かりは他にないんだ。乗ってやる」
アズミの言うことに踊らされているだけの可能性もある。
ただ【死神】と『災厄破片』の関係については、そこまで妄言を吐きはしないだろう。必要であれば、1区初代支部長にも確認を取ればいい。今ここでアズミが話していることなど、彼には筒抜けだろうから。
「話が早くて助かるよ」
「で、お前がここまでべらべらと情報を話したんだ。何が望みだ」
「最初から言ってるじゃない。『災厄破片』持ちは殺すって」
「つまり……」
「うん、本部TOP3の【死神】の抹殺依頼の承諾が、日野兄妹を受け入れる条件になり得るかな」
揺るがない。
つい数刻まであった能研への見方が揺らいでしまった今、アズミのほうがよっぽど芯を持っているように見えた。【死神】の抹殺依頼。首を刈られるのは、向こうかこちらか。笑えない話だ。
恭介に限らず、ここにいる面子で【死神】とやらと接点がある人間はいない。
普通TOP3ともなると、それなりの武勇伝なども付いて回るのだが、そういう話も聞いたことはない。各支部はまだしも本部は前線から一歩引いたような存在なのも影響してたか、ほぼ相手に対しての情報はない状態だ。
とはいえ、TOP3に名を連ねるのであれば、Sランクの能力者であるのは間違いない。いくら本部長と言えど、そこを捏造してまで手元に置く理由はないだろう。決してなめてかかっていい相手ではない。
「ねーねー、悩む理由ある? 君達にとっても損な話じゃないと思うけどなぁ」
『災厄破片』持ちは危険だ。
【大災厄】に繋がりかねない疑念は常に付きまとうし、保有者が死してもなお対象者を蝕む忌むべき”特性”を持っている。本部長含め能研がどのようなスタンスを取るかは分からないが、いずれにしろ避けては通れない道なのは間違いない。
「情報を探るのはこちらも望むところだ。だが、今の時点で抹殺依頼を受けることはできない」
「なんで? 相手が『災厄破片』持ちであり、それを隠ぺいしている。それだけで十分でしょ?」
本気で分からないという顔をするアズミ。
この辺りの考えは1区の初代支部長とも共有しているだろう。今まで聞いてきたことは、間違いなく知っていることが知られるだけでも危ない情報だ。本部に目を付けられるだけでなく、下手に断れば最悪今この場でアズミに始末されかねない。ましてや彼も見ているのであれば、逃げ道はないように思えた。
「恭介さん……」
不安そうに呟く大智。横には震える霞の姿もある。
話が大きくなりすぎた。彼らもこの話をなし崩し的に聞いてしまった。甘菜や剛達も冷や汗をかきながら、ぐっと我慢して様子を見守っている。もはや一心同体。安易な発言は即死に繋がりかねない。心して答えなければならない。
彼らを守るのであれば、さっさと承諾してしまえばいい。
それで丸く収まるし、甘菜のことを思えば『災厄破片』持ちを野放しにするというわけにも当然いかない。だが恭介は件の【死神】の姿すら見たことがない。男なのか女なのか。どんな形で能力者になって、どんな思いで『災厄破片』持ちになったのか。何も知らない。そう何も知らないのだ。
そんな相手を殺す決断が果たしてできるのか?
逆にそういった情報がないほうがいいのかもしれないが、今の時点でその決断を下すことは、どうしても恭介にはできなかった。
「それでも、納得するわけにはいかない」
苦悩していた恭介だったが、すっと上げた顔には決意が漲っていた。




