38羽:S級案件
今何と言ったのか。
アズミは先に本部と別支部に忌むべき【大災厄】の因子、『災厄破片』を取り込んだ能力者がいると話した。その能力者は恭介の知る限り公表されていない。十中八九能研の中でもトップシークレットの情報だろう。そんなタブーに触れるようなことに、日野兄妹を巻き込む?
「正気で言っているのか?」
「正気も何もそういう話はしたばかりじゃない? ただ情報だけ持ってて静観決め込むとでも?」
それはない、と言い切れるだけの付き合いはあるが、正気でも狂気的な彼女を止められるのは、今は彼だけだ。
「支部同士で戦争を……いや、能研自体を敵に回すことになりかねないんだぞ!?」
「あはは、それ君にだけは言われたくないなぁ」
小ばかにした態度で話すアズミに思わぬ反撃を受け、グッと言葉を飲み込む。
能研が全てにおいて全うで正しい、公正な組織だとは恭介も思っていない。能力者が生まれだした激動の時代においては、強いものが弱いものを従えるような、暴力が支配した時期もあったようだ。
能研の立ち上げから僅か十年で、この能力都市が一定の秩序をもって管理されるようになったのは、初代【七人の悪魔】の働きがあってこそ。特に現本部長である【暴君】による強引なまでの統治が行われたからに他ならなかった。
「【大災厄】だけは二度と起こしてはならない。それを防ぐためには、欠片の内に摘んでやる必要があるでしょ?」
「……理屈は分かる。ただ能研が公表していないのも、理由があるんじゃないのか」
「そうね。大方人権的な意味でね。ただそんなものは関係ないの」
疑わしきは罰する。要はそういうことだろう。
『災厄破片』を取り込んだものとて、そういう意思があったかまでは分からない。己の意思とは無関係に取り込んでしまい、それが原因で殺されるというのはあんまりだ。現状そういう暴走の被害が報告されていないことからも、把握しているその能力者達の管理はある程度できていると推察できた。
「それでも安易に刺激していいものでもないだろう」
「【S級案件】。これに該当する条件を知ってる?」
「何を……」
アズミの口から突如として飛び出た単語に首を傾げる恭介。
【S級案件】とは、能研が取り扱う任務の中で、最高難易度に指定されたミッションだ。ただB級やA級のように、対応したランクの能力者、即ちSランク専用の任務かと思えばそういうわけでもなく、その該当条件は明らかにされていない。
「『災厄破片』を取り込んだ能力者は、自分の能力とは別に”特性”を得るの。それは他の能力の効果や影響を受けつけない、まさに災厄の権能」
「まさか……」
「そうS級に指定される条件は『災厄破片』が絡んでいるかどうか。大半の所員が知らないだけで、実害はすでに及んでいるの。例えば、足の自由を失った女の子の話、とかね」
「…………!!!」
恭介は思わず振り返る。
その視線の先にいるのは甘菜だ。彼女も話の流れを察したのか、足をさすり、恭介の視線から逃れるように顔をそらした。
甘菜は以前の任務が原因で足を負傷し、車椅子生活を余儀なくされている。本人は転移能力もあるからと、他人につらい素振りは見せなかったが、つらくないはずがない。まだ十代の未来ある女の子だ。そして、問題なのが足の傷が完治したにも関わらず歩けるようにならなかったこと。
神経が傷つき麻痺が残ったとかそういうことではない。
それは医者や最高峰の回復能力者からの証言からも明らかだった。すなわち甘菜の脚の自由を奪っているのは、能力による効果。しかし、ここまで持続性があり原因が分からない症例は過去になく、未だ回復には至っていなかった。
「君にとっても無関係ではないでしょう? なにせそのために能研に入って強さを磨いてきたようなものだしねぇ」
「恭君……」
甘菜が恭介を心配そうに見つめる。
彼女自身、彼が自分が両足を負傷した件で、ひどく落ち込み自責を繰り返していたことを知っている。同じ任務に参加しておきながら、彼女を守ることができなかったと。
そして、何故【S級案件】と甘菜の負傷が結びつくのか。
それは彼らがその時就いた任務が後にS級となり、情報公開不可となっていたからだった。恭介は能研に入ってから能力や戦闘技術を磨き、ランクB-からA-へと上がっている。そのため【A級案件】であれば、情報を閲覧することができるようになっていた。
【S級案件】もひたすら任務をこなし、能力を磨けば手が届くと信じていた。だが真実は先ほど聞いた通り。『災厄破片』を取り込んだ能力者が、甘菜に癒えない傷を残した。
夢に出るほど追い求めた宿敵の情報を思わぬ形で得た恭介。
激情のあまり、自身から荒ぶる影が漏れ出す。獲物を引き裂くように、姿の見えない敵をひたすらに探しているようにも見える。ややあってその衝動をなんとか抑えた恭介は、ぎりぎりの理性を保ちアズミに問いかける。
「そいつは今、どこで、何をしている。お前ならば知っているんだろう?」
「死んだよ?」
「…………は?」
「味方の裏切りに会ってあっさりと。別に『災厄破片』を取り込んだからって、無敵になるわけじゃないしね~」
相も変わらず軽口を叩くアズミだが、その声はもはや恭介には届いていなかった。
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