37羽:災厄破片
アズミから無慈悲に告げられる言葉。
それは過去の、言葉にするのも憚られる、忌まわしき記憶の再来。
「……冗談でも言っていいことと悪いことがあるぞ」
「残念だけど大真面目なんだよね」
あの災厄の種が残っている? 由々しき事態だ。
それは支部長クラスが7人いてようやく対応できた災厄。事の重大性にめまいを覚えそうになる。
「だからこそ、戦力強化はいくらやっても十分じゃない。それに……」
「それに、なんだ?」
「本部ほか別の支部がすでにその能力者を確保している、という情報もある」
「ばかな……!!!」
今度こそ恭介は声を張り上げた。
隣の甘菜がびくっと反応するが、そちらに意識を割く余裕はないようだった。私達だからこそ、掴めた情報だよ、とあくまで冷静に答えるアズミ。そこに冷やかしや悪意めいたものは感じない。初代支部長まで絡んでいるとしたら、事はこの1区どころか、特区に収まらない問題の可能性もある。
「全てを守りきるのは無理。私達に守れるのは、ほんの一握り。手の届く範囲だけ。それでもできる限りのものを取りこぼさないようにするためには、その手を、器を大きくしていくしかないの」
そこには恭介より年下とは思えない、支部長としてのアズミの顔があった。
深く考えずついたその地位ではあっただろうが、アズミとてまるっきり無責任でいようとは思っていないようだった。
「ま、これ全部先生の受け売りなんだけどね~」
「先生……初代の事か」
「そそ」
初代1区支部長、立花 夏樹。甘菜達を助けた明石の直属の上司でもある。
恭介はアズミ絡みで彼とも面識はある。暗号名は【千里眼】。能力絡みの呼び名ではあるが、彼はそれを除いても他人を見通すような目を持っている。
一線を退いた身でありながら、今なお彼の影響力は計り知れない。アズミの能力『寄生愛』との相性も良く、その二人が本気を出せば、なるほど人探しや情報収集はお手の物と言えた。
「同じ区の所属同士で争っている場合ではないのは分かった」
「お~、分かってくれたようでよかったよかった」
「ただ日野兄妹を利用し、普通に始末しようとしたお前を信用できると思うか?」
「もー、またそうやって蒸し返すぅ。違反があったのは事実でしょ!」
アズミが矛を収めている以上、恭介達がその条件を呑めばこの争いは終わる。
これだけ能研という能力都市を統べる組織と大立ち回りを繰り広げて、お咎めなしで済むというのであれば、それを受けない手はない。ただ理屈ではそうと分かっていても、先ほどまで生きるか死ぬかの戦闘を繰り広げていた者同士だ。心情では簡単に割り切れるものではない。
逆にさっきまでのことはなんでもないという、アズミの態度こそ恭介は信じられない。今だけを考えて、安易に返答するのはどうしても躊躇われた。
「先輩、俺達はいいですよ」
「大智……霞ちゃんもか?」
「はい……」
「俺達がこの騒動の原因だって自覚はありますし、これ以上の迷惑はかけられないです」
正直もう1ミリも動けないほどぼろぼろですし、とおどけて見せる大智。
先の不安がないわけではないだろうが、日野兄妹を始め、ほかの面子が満身創痍なのも事実。アズミの申し出が破格な条件というのは分かっているのだ。わがままは貫き通すだけの力がなければ、それはただの無謀にしかならない。
ここまでか、とぼそりと呟いた恭介は、日野兄妹、甘菜、剛、美紗をぐるりと見渡した後、アズミに向き直り応える。
「その提案、受けようと思うが……最後に教えてくれ」
「なになに、今は気分いいから大抵のことは教えちゃうよ?」
「日野兄妹を1区に迎えた後、どういう方針で育てる気だ?」
今日だけで修羅場をいくつも潜ってきた彼らではあるが、能力に目覚めてからまだ日も浅い能力初心者だ。
強い能力持ちだからと言って、能研に在籍している猛者達の間にすっと入れられたらたまったものではない。彼らにはまだまだ基礎的な体力から、能力の使い方などやるべきこと、覚えるべきことが山ほどあるのだ。霞に至ってはまだ小学生。例え能研所属にはなろうとも、なるべく今までと変わりない生活を送らせてやりたい。
「そんなに不安なら、君がそのまま指導役を引き継げばいいよ」
「本当か?」
「ほんとに信用なくて悲しくなってくるね。最初からあれしろこれしろっていう気はないよ。そのうち伸びてくるのは分かってるし」
聞く限りはすぐすぐに無茶な運用もなさそうだ。
日野兄妹にも少し安堵したような表情が見られる。彼らを早く休ませたいという意識もある恭介は、最終的にアズミの提案を承諾しようとしたところ、今度はアズミから遮られる形で話を振られる。
「ああ、そうそう。これは後で聞いてない! とか言われても嫌だから、先に伝えとくけど」
「なんだ?」
「日野兄妹が戦力になってきたら、【大災厄】の欠片、通称『災厄破片』殺しチームに加わってもらうから」
「なんだと……?」
提案を呑みこむ前にとんでもないことを言い放つアズミ。
それを聞いた恭介の乾いた声が、ひどく虚しく響くのだった。




