36羽:能力都市と災厄
アズミが告げたのはゲームの終了。
そして、日野兄妹を正式に迎え入れるというものだった。
正式にということは、文面通りに捉えれば正隊員にということだろう。両手を広げ提案するアズミからは、敵意の様なものは一切感じられなかった。本気で言っているのだろうか。
「そんな都合のいい話を簡単に信じられると思うか?」
「も~、分かった分かったよ。全部丁寧に話すから、しっかり聞いてよね」
そこからアズミの説明は始まった。ゲーム終了を告げた理由。恭介の成長と日野兄妹の底力を見て、満足してしまったからだという。
甘菜や剛、美紗のように慕う仲間もおり、その様子はアズミにとっても眩しい光景として映った。そこにはアズミの求める愛が溢れていたのだ。何より、誰にも頼ることもなくアズミを1対1で破った恭介の存在。元々目をかけていた存在ではあったが、ここまでとは想定していなかった。
あくまで上級トークンを1回倒しただけではあったのだが、これはアズミ自身もやらせる気はなかっただけに、一瞬ではあるが完全に上を行かれたという気持ちが湧いた。そこに恨みはなく、ただ素直な称賛。ゆえにこれ以上どうこうしようという気は失せたのだという。
「まあそんなとこかな。あんだーすたん?」
「…………」
きれいなアズミを前にして戸惑う面々。恭介でさえも、その真意を図りかねていた。
本当であれば、大智も霞も助かる。正隊員として認められ、今後も一緒に活動することができるだろう。恭介達に関しても、組織に対して刃を向けたのは事実。普通であれば重い処罰も考えられる話だ。
だからこそ、無謀なゲームにでも乗るしかなかったのだが、主催者からゲーム終了を言い渡されては、それ以上のことはやりようがなかった。疑心暗鬼に陥りなかなか返事ができない恭介達に、アズミは続けて言葉を投げかける。
「ん~、じゃあちょっと裏話もしとこっか」
「裏話?」
「そ、日野兄妹は貴重な戦力になることは間違いないけどさ。早いとこ決めないと、よそに奪われてもおかしくないよ?」
「何を……」
アズミの発言の意図がつかめず、曖昧な返答しかできない恭介。それに構うこともなくアズミは話を続けていく。
曰く、特区の中にある第1~6区までの各区は、【七人の悪魔】の1角であるランクS+の能力者、つまり各支部長達がそれぞれ管理をしている。ここまでは誰もが知っていることだ。ただ彼ら個人同士では特別仲は悪くないが、各区単位で見ると凌ぎを削っている状態なのだという。
貴重なAランク以上の能力者がどこもほしいのは間違いないだろう。
では何故それがもめ事になりかねないのか。それは簡単に言えばアズミの出現が原因だ。各区でバランスを取っていた勢力が、ある日アズミの出現により、そのバランスを一気に歪めたのである。
それ以前の世代交代で変わった支部長は僅か一人。
想像を絶する死闘の末に、挑戦者がその座についたと言われているが、退いた前支部長はどの区にも属することはなく隠居している。同じ区に留まるにしろ、別の区に籍を置くにしろ、乱暴に考えたらそこだけ戦力が2倍になるようなものだからだ。
通常であれば、どれほど強い能力者が現れようとTOP3内には収まり、能力的に見たら各支部長達にははっきり劣る。それがあろうことか、アズミはある日ふらっと直接1区の支部長の元を訪れ、無傷で攻略して見せたのだ。
十中八九、アズミの寄生型の技能”愛の鼓動”によるものであったが、問題はその後だった。
前回と同様、世代交代をした前支部長は一線から身を退くであろうと思われたが、なんと支部長補佐として居座ったのだ。そこには、アズミの能力が歪に関係していたのだが、もちろんほかの支部長達には分かるはずもなく、その場は荒れに荒れた。
アズミとしては、別段勢力図がどうとか難しいことを考えていたわけではない。ただ彼女には時間があった。能力に目覚めて以来、どれほどのことができるのか。ただ試していたら気づけば、1区の長になっていただけだという。
「……全てお前が元凶な気がするが」
「時に可愛すぎるのも罪だよね~」
ぶん殴ってやろうかとも思ったが、分身相手にむきになるのもあほらしいのでやめた。
その場は収まったものの、特区に住む人達は敏感だった。1区への移住者が目に見えて増えたのだ。一人だけでも強力な支部長が、二人になった。別段区同士で競争をしているわけでもないのだが、勝ち馬に乗るかの如く、その移動は続いた。
そうなると次に生まれるのは区の格差だ。
ここは能力都市。強さに左右される都市なのだ。そして、それはあながち生き残りをかけた戦略としては間違っていない。
「【大災厄】」
「…………!!!」
ぼそっと呟いたアズミの言葉に恭介達が敏感に反応する。霞だけは聞き覚えのない単語なのか、緊張感を漂わせる今の空気に若干の居心地の悪さを感じていた。
「今後再びあの災厄がいつ襲ってこないとも限らない。ともすれば、区の補強に躍起になるのも、住人が敏感に反応するのも分かるってものじゃない?」
そう、その災厄は能力者がこの世にいる限り起こりうる。
だからこそ、世界から忌避され、こんな一都市に閉じ込められているのだ。もちろん、そうなったときにまで区同士で争うようなことはしないだろう。それでも綿密な連携を上手く取れる可能性は、高いとは言えない。
今現在も行われている様々な場所での駆け引きは、まさしく来る災厄に向けての生き残りをかけた攻防なのだ。各区を預かる支部長も、支部の住人や部下を守る義務がある。勢力が落ちれば当然守れるものも守れなくなる。だからこそ、優秀な人材もとい強力な能力者は奪い合いとなるのだ。
「ならば1区で日野兄妹を預かることこそ、なしなんじゃないのか」
「あ~、やっぱそう思っちゃう?」
元凶であるアズミがなんの悪びれもなく答える。
大智のランクはA-。霞のランクはS-よりのA+だ。ただでさえ支部長級が二人いる1区では過剰な戦力だろう。霞に至っては、おそらくSランクに到達しうる逸材だ。なおさら1区のインフレが起こってしまう。
もちろん各区とも優秀な人材は多く抱えている。
それでも支部長級二人のインパクトには及ばない。能研に在籍することになる所員達は、TOP3会談にて勢力差を考慮してある程度割り振られるのだが、スカウトした能力者などはその限りではなかった。
望まない生存競争を強いられている能力者達。
無用な争いを生まないためにも、なるべく各区の格差は可能な限り是正するのが、管理者たるものの使命と言ってもいい。そんな中で真逆な戦力増強を強行するアズミ。
訝しむ恭介に意味ありげに笑みを返したアズミは、とんでもない爆弾を投下するのだった。
「【大災厄】の因子……その”欠片”を取り込んだものがいたとしたら?」




