35羽:奈落 show time
「こいつは"アズミ"ではない」
恭介の口から語られた言葉に、アズミと恭介を除く全員が同じ反応を示した。
「「「「…………ん?」」」」
言葉の意味をよく理解しようとして頭の中で反芻してみるが、傾げた首を戻すには至らなかった。目の前のアズミは椅子に座り足をパタパタしながら、ずっとにやにやしている。正直、全く説明にもなっていなかった。
「ちょ、恭君!! 何の説明にもなってないよ!?」
「ん? そうか?」
剛達の分も代弁して、甘菜が声を張り上げる。
「分かるように! 説明お願い!」
「ああ……」
これ以上どう言うのかと、今度は恭介が首を傾げている。ややあってまとまったのか、改めて口を開く。
「つまりだ、こいつは”アズミ”本体ではなく、他の影人形達と同じ、ただの作られた人形だ」
「せいか~~い♡」
「「「「えええええええええええ!!!?」」」」
恭介がアズミの秘密に気付いた理由は至極簡単だ。何故なら恭介の「必殺」が発動しなかったから。
最後の攻撃、首を飛ばした攻撃とは別に、意識遮断の技能”引きずり込む悪夢”も使用していたのだ。それもご丁寧に腰から生やした影手を認識阻害の技能で隠して。要は2段攻撃ではなく、3段攻撃だったのである。
分身を先行させ、首に致命の一撃を放ち、本命は必殺の隠し手。
相手がやり手であれば、腰の影手からなる翼がない時点で違和感を感じることもできただろうが、それでも初見で防ぐのはほぼ不可能だ。わざわざ説明するほど恭介はお人好しではないため、いまだにアズミは気づいていないだろう。
正直なところ、首への一撃は防がれることを前提の攻めだった。
思いのほか一撃で決まってしまったが、そこが刺さる前に意識遮断の技能が先に触れていた。生物であれば有効な「必殺」の技能が、である。通じなかったのは何故か、それは相手が生物ではなかったから。影人形など能力から派生したものに効果が及ばないのは、事前に知るところであった。
しかしそんな理不尽な話があるのか。
これほどまでのおぞましいプレッシャーを放っておきながら。これほどまでの存在感を見せつけておきながら。あの影人形と同じ? ただの人形? 今こうして視界に入る彼女の姿だけでなく、仕草や表情など、それは人間そのものだ。
彼女は人間ではありません、と言われたとしても、おかしく思われるのはそう言ったほうだろう。それほどまでに、彼女は今ここに生きているのだ。さっき死んだばかりではあるが。
「ああ、でもでも本体の意識ともちゃんとリンクしてるんだよ? いつもの影人形は下級トークン。で、私は上級トークン。OK?」
特別なんだよ、とない胸をそらす。
下級は首を飛ばせば止まる。中級も……まあいるだろうが、とりあえず今は余計な情報は増やしたくない。そして、目の前にいるのが上級、というわけだ。上級の名の通り、特別なのだろう。これが山ほど沸くところは見たくないが、恐らく高性能なだけに、何かしらの制限はついているだろう。むしろそうであってほしい。
青ざめる恭介を除く面々の気持ちを察したのか、もはや惜しげもなくネタ晴らしをしていく。
「安心していいよ~。私は本体と同じく、オンリーワン! この可愛さは不滅だけど、簡単に真似できるものじゃないってね!」
「…………」
謎のウザさである。
全てを鵜呑みにするわけにもいかないだろうが、嘘は言ってないように見えた。話を聞いているうちに、多少緊張もほぐれたのか、今度は美紗が口を挟む。
「あ、じゃあ道中相手した恭介の影人形が中級とか?」
「お、いいとこついてきたね。その話はまた今度の機会ね」
謎のワードを聞き取り、思わず反応する恭介。
「おい、聞き捨てならない単語が聞こえた気がしたんだが」
「あはは……たぶん恭君は知らないほうがいいと思う……」
本人の与り知らぬところで著作権侵害も甚だしい暴挙が行われていたことは、記憶に新しい。
露骨に嫌な顔をする恭介を甘菜がそっとなだめる。
身体がぼろぼろなのもそうだが、この一時の休戦状態を刺激することは、なるべく避けたかった。そんな甘菜の気苦労を知ってか知らずか、上機嫌に話を進めるアズミ。
本人の複製である上級トークン。そして、他者の特徴をコピーした中級トークン。そして無限沸きに等しい下級トークン。これがアズミの能力の主要技能”愛の形”の全貌なのだろう。
「下級はまだしも、もう中級はこりごりですよ……」
「あ、下級は数だけって思われるのも心外だなぁ。霞ちゃんに轢かれたり散々だったけど、これでもけっこう高性能なんだからね」
大智のぼやきに即座に反応するアズミ。
言うが否やアズミのすぐ横に1体の影人形がゆらりと出現する。その姿は今や見慣れた真っ黒なのっぺらぼうだったが、徐々にある姿へと変化していく。その姿に大智を始め、剛や甘菜も驚きの声を上げる。
「えっ……霞ちゃん!?」
「んふふ~♡」
アズミの真横には大智の妹、霞の姿があった。当然大智の横にも霞はいる。
困惑している彼らを置き去りにして、アズミの横にいた霞の姿をした影人形が大智の元に駆け寄ってくる。妹の姿をした相手に、大智もどう反応していいのか分からず、ただ呆然としているうちに反対側の手を掴まれる。腰の刀に手をやる恭介だが、心配するなと目配せをするアズミ。
なんだかんだそこそこな付き合いなため、ある程度意図を組み取れるようにはなっていたが、恭介は刀に手を当てたまま不満気な表情は隠さなかった。
「お兄ちゃん!」「わ、私のお兄ちゃんだよ!」
「か、霞が二人!? み、見分けがつかない……」
大智の周りをぐるぐると回り、いよいよどっちが本物か分からなくなる。
本物の霞は当然自分が本物だと分かっているが、当の大智はあたふたするだけで、一向にしっかりと自分の手を取ってくれない。不安よりも不満が押し寄せ、怒りの炎が現実に召還される頃には、影人形はぱっと姿を消し、アズミの元へ戻ってきていた。
「ね、ばかにできないもんでしょ♡」
「はい、身に染みて分かりました……」
ふくれっ面の霞を宥めつつ、しょんぼりと反省する大智。
戦闘面でも並の身体強化能力者ぐらいの戦闘力を持つが、真価はむしろこっちなのかもしれない。人と見分けのつかない精巧な人形の作成。おまけに普通に話すし動く。仮に意識していても、それが人形かどうかを見定めるのは至難の業だろう。
もちろん、真似できるのは形だけだ。
その人が持っている能力や記憶までは持ち合わせていない。それでもアズミが対峙したことのある人物であれば、その情報を元に、ぼろが出ない程度の自然な受け答えのできる、その人の人形が作れるというのだから驚きだ。
日野兄妹を追い詰めた時に、特戦員の恰好を模していたのは、己の能力を悟られないため。美紗や合流前の甘菜達を襲った際の影人形は、わざわざ特定の人物を模すところにリソースを割り振る必要がなかったから。やられたらやられたらで、それはとても嫌だっただろうが。
実在の人物に似せる必要がなければ、架空の設定で生み出すことも当然できる。
ガワだけでいいのなら、今この場にいるアズミを真似た下級トークンを生み出すこともできるだろう。まるで神にでもなったかのような途方もない創造能力。アズミ自身、そこまで神様ごっこに興じる気はないにしても、なんでもできすぎてしまう能力なのは間違いなかった。
「さてさて、いい感じに和んだところでさ! 本題入ろっか」
「本題……!」
椅子から飛び降り、にこやかに話すアズミ。
先ほどまでのやり取りでいささか弛緩した空気が漂っていたが、今は敵対している身なのだ。慌てて各自距離を取り臨戦態勢に入る。甘菜は恭介から浮かびながら離れ、恭介は刀を抜き、改めて対峙する構えを取る。
「う~ん、悲しいなぁ。私そんな嫌われるようなことした?」
「そう聞ける時点で、すでに分かり合えない気はするよ」
「まじか」
まじである。落胆の動きを見せるアズミだが、アズミの考えは常人には分からない。
次の瞬間には襲われているかもしれない。体を固くしながら、じりじりと甘菜の元に近寄る面々。そんなことはまるで気にせず、あくまでマイペースにアズミは告げるのだった。
「今までの事は全部不問にしてさ! 日野兄妹も正式に1区の隊員にならない?」




