34羽:少女Aについて
「恭君……!」「無事か……!?」「恭介生きてる!?」
「先輩!! ……え?」
甘菜達が駆けつけたその現場では、恭介が一人佇んでいた。傍らには倒れたアズミの体と、少し離れた位置には無造作に転がった頭。
「……甘菜か?」
振り返った恭介の顔は冴えない。走って駆けつける面々に、恭介もゆっくりと歩いて近づいていく。
「おい……まさか倒したっつうか……殺したのか?」
「…………」
剛の問いに無言の恭介だが、その光景を見たら一目瞭然だった。
激しい戦闘が繰り広げられていたのだろう。あちこちに破壊の爪痕が残り、恭介が消耗しながらも大けがを負ってないのが不思議なぐらいだった。
「恭君!!!」
「甘菜……迷惑かけたな、ごめん」
「いいの、もう。無事でさえいてくれたらそれで……!!」
恭介を前に抑えきれなくなったのか、甘菜は一瞬の転移のち恭介に抱き合うようにもつれ、二人して地面に倒れこんだ。恭介は甘菜をあやしながらも、駆けつけてくれた戦友達にも言葉をかける。
「大智に霞ちゃんに……剛さんに美紗まで。どういう風の吹き回しだ?」
「ゲームにお助けキャラは必須だろう? ただその必要もなかったみたいだな」
「あたしはまあ……その成り行きと言うか、自分でも正直驚きだわ」
剛はさばさばと答え、美紗はいつもの調子を取り戻しにやりと笑う。
「……二人とも、甘菜達を守ってくれてありがとう」
「おう!」「この借りはでかいわよ?」
本当に頼れる戦友だ。大きな借りを作ってしまったが、その恩にはまた働きを以て返すとしよう。やがて恭介はその後ろにも目をやり、静かに声を掛ける。
「大智も……霞ちゃんと一緒によく頑張ったな」
「先輩……!!」
大智は返す言葉がないのか、目頭を押さえ低い声で呟くのみだった。
霞は慣れない能力を酷使した影響か、覇気なく大智に寄りかかっている。それぞれ疲労はあったが、今は無事を喜び分かち合いたい。ほっとしたような雰囲気の中で、すすり泣く甘菜の声がただ静寂に響いているのだった。
「えーっと、鬼ごっこの鬼が途中リタイアした場合はどうなるんだ?」
甘菜達が落ち着いた後、おもむろに剛が会話を再開する。
言うまでもなくアズミのことである。無情な死がそこに転がっている。彼らを散々追い詰めた宿敵ではあっても、今となっては恨み言も言うような気にはならない。剛の問いに恭介が答える前に、先に剛の追撃が入る。
「というか、これどうやって倒したんだよ? お前まで化け物にでもなったのか?」
「剛さん! 言い方!!」
「いいよ、甘菜」
剛の存外な言い方にむくれる甘菜を、恭介が困ったような顔でたしなめる。
剛は能研に入ってから何度も面倒を見てもらった先輩だ。その問いに非難や嫌味が籠ってないことを、恭介は知っている。アズミの能力の一端を体感したものからしたら、1対1で倒すなどとても考えられないことだ。
「この人……死んでるんだよね」
「霞……」
大智の手を握り、ぽつりと呟く霞。
首を跳ね飛ばされて死なない人間などいない。やらなければ、自分達がそうなっていたかもしれないのだ。同情の余地はないが、それでも間近に起こった人の死に、何も心が揺さぶられないかといえば嘘になる。
「詳しい経緯を話すのも、そっちの話を聞くのも、まずはゴールに辿り着いてからにしよう。甘菜、転移場所は掴んでるか?」
「うん、それは大丈夫だけど……」
「おいおい、勿体ぶるなよ。こんな大事件すぐにでも聞きてえよ! どうやったんだ!?」
「それ、私もちゃんと聞きたいなぁ」
落ち着きなく騒ぐ剛に、賛同を示す声が届く。
「ほら、こいつもそう言って……うん?」
剛が甘菜のほうを見やる。首を振る甘菜。
美紗のほうを見ると手でしっしっとあしらわれた。霞のほうもついでに見るが、彼女でもない。もはや予想はつくが、それを認めるわけにはいかない。しばし唸った後、観念して振り返った剛の目に衝撃の光景が映る。
「う、動いてる……!? お、おい、ほんとのほんとに化け物じゃねえか!!!?」
「そんな……!!」「冗談でしょ……」
「どうなって……!?」「ひぃ!!!」
それぞれの悲鳴や驚愕の声が響く中、恭介だけは察していたようで、冷静な面持ちで返答を返す。
「やっぱり生きてたか」
「あれ、この能力までは見せたことないと思ってたんだけど。ん~、もっと驚いてくれないとつまんないなぁ」
「知るか」
向こうからは首を小脇に抱えて、すたすたと歩いてくる人物が一人。
もちろんアズミである。
自らの首を無造作に抱え、体にくっついてもない顔がぺらぺらと話す姿は軽くホラーである。血が飛び散ったりしてなかったり、色々と冷静に見ればおかしな点もあったが、何よりおかしいのはこの状況である。
「よっと」
両手で抱えた顔を宙に放り投げ、すっぽり元の位置に収める。ぐっ、ぐっと頭を押さえ、問題ないとばかりに準備運動のまねごとをし出す。
「……まじの化け物じゃねぇか」
「ギャラリー少ないのは物足りないけど、恭介以外の反応は満点! いいね、その顔♡」
「勘弁してくれ……」
剛の呟きや青白い顔で見守る甘菜達の反応にも軽口で返しているあたり、本当に何も問題はなさそうだった。
「で、いつ種明かししてくれるの?」
「何のことだ」
「だから~、私の首を綺麗に跳ね飛ばした方法! やられても問題ないのは確かだけど、別にそうさせるつもりなんかなかったんだよ?」
よいしょ、と再び影で椅子を生み出し腰かけるアズミ。
横長の椅子にしているあたり、こっちに腰を掛けてのんびり一緒に話そうとでもしているようだった。無論恭介達がそれに乗る必要はないし、なんなら彼らは今ひとかたまりに固まっている。まだゲームが終わってない以上、すぐに甘菜の転移を使い逃げるべきだった。
しかし、人間はあまりに理解不能な出来事に直面すると何もできなくなる。
恭介以外、今の状況を受け入れることができず、何か即行動に移せるような精神状態にはなっていなかった。戦闘経験豊富な剛や美紗でさえも冷や汗をかき、その場から動き出せないでいる。彼らを落ち着かせる意味でも、恭介はアズミの提案に乗り、少しばかりのお喋りに興じるのだった。
「簡単なことだ。お前が貫いたのは俺が生み出した分身。自分の十八番でやられた気分はどうだ?」
「お~、煽るねぇ。正直めっっっちゃ悔しい!! でも、同時にすごい感心してる!!」
「それはどうも」
なんてことのないネタ晴らし。
影手の内1本を使った派生技”模倣者”。文字通り、恭介の分身を作り出す技能だ。アズミの影人形と比べるとはるかに性能は劣る。生身ではない分、無茶な使い方もできるが、本体の恭介と同じ身体能力などはない。可動範囲も領域内に限られ、まさしくガワだけ取り繕った見掛け倒しの玩具だ。
また他人を模すこともできない。
そんな人形に影手1本を割くぐらいなら、翼として展開したほうが遥かに通常戦闘では役立つのだ。それゆえ恭介が戦闘で使うことはまれで、剛達も知らない技能の一つであった。
戦闘の流れとしてはこうだ。
恭介はアズミに捕捉された後、分身を自分と重なるように展開。アズミに切りかかるその一瞬に分身を先行させ、疑似的な目隠しと2段攻撃を可能とした。アズミが万全の状態で迎え撃っていれば、取るに足らない技能だった。だが余裕を奪われ、一度は認識阻害の技能を看破したと思った後では、そこまで頭が回らなかったのも無理はない。
「いや~、よく考えるよねぇ。能力的に負けたわけではないけど、正直勝ち星上げてもいい気がするぐらい!」
「…………」
アズミは自分がやられたというのに、やけに上機嫌だ。
無邪気に笑う顔は年相応の少女のもので、甘菜達は困惑を隠しきれない。恭介の絡繰りは分かったが、問題はアズミのほうだ。
もはや不死身なのだろうか。
不死とも言える影人形を生み出す諸悪の根源、その大本がまともであろうはずもなかったが、それでもこれはあんまりだ。恭介のほぼ全ての能力と今まで培ってきた戦闘経験を総動員して、辛うじて掴み取ったと思われた勝利。それはその手からするりと転げ落ちてしまった。
「ご褒美に私の秘密も教えちゃおっか? 恭介はすでに勘付いてそうだけど♡」
「ああ」
どよめくほかの面々を顧みることもなく、淡々と行われる会話。
現【七人の悪魔】の一角である、アズミの強さの秘密。そんなトップシークレットを知る機会など、早々あるものでもない。
彼ら自身、能力社会における象徴的な存在ながら、どういった人物か、どんな能力かはいっそ不自然なまでに知られていないのだ。逆に象徴的な存在だからこそ、人は安易に踏み込もうとしないのかもしれない。
彼女の暗号名は【奈落】。
それは、不可避の誘惑。ひとたびそこに足を踏み入れようものなら、逃れることは叶わないだろう。間違いなく人外の域に位置する、それでいて可憐な少女の秘密。禁断の蜜につられるかのように、ふらふらと近寄りながら、静かにその答えを待つ。
その答えは、何か感づいたらしい恭介から発せられるのだった。
「こいつは”アズミ”ではない」




