33羽:悪夢 on stage
激しい戦闘音が響き渡る。
翼の鍵爪と2刀流の剣技を用い手数で圧倒する恭介だが、アズミのガードも固い。破壊力満点の大鎌を振り回して空いた隙は、どこからでも飛び出る影のガードによりカバーされている。それを攻撃に回されると手数はたちまち逆転するだろう。
今はアズミに攻撃に回られないよう、恭介が攻めに攻めている状況であった。ただ恭介の能力の本質は精神系である。
「ほらほら、私の能力を取り込んだからって、それだけ使っても勝てない、よ!」
「くっ! ……何をどう使うかは俺が決めることだ」
「あははは、言うねぇ! 君だけの能力『虚構支配』……それを使わないうちにギブアップしないでよね♡」
アズミの能力を取り込んで昇華して得た恭介の追加能力、技能”重なる影”。3本の影手を操り、それを行使する技能だ。うち1本は体に巻き付けることで、身体強化の恩恵を得ていた。”重なる影”を使った派生技”絡繰り師”である。
恭介の左頬に伸びる刺青がまさしくそれであり、全体に強固な鎧のように張り巡らされている。残り2本は今も攻守に活躍している腰から生えた翼状のそれだ。これが恭介の現在の基本戦闘スタイルであり、そこに恭介自身の能力が組み合わさることにより、対人戦では無類の強さを誇っていた。
アズミに指摘された通り、ここまで恭介は己の能力をほぼ使っていない。
では何故使わないのか。恭介の能力『虚構支配』。精神系に分類される特殊な能力であるが、能力開花当時のランクはB-。希少性を加味してもあまり高い評価とは言えない。元から持っている技能は4つ。
自身を中心に展開する領域”悪夢の中心”。
認識阻害の技能”忍び寄る悪夢”。
領域内でのみ発動可能な集団催眠の技能”拡散する悪夢”。
そして唯一攻撃性を持った、意識遮断の技能”引きずり込む悪夢”。
バラエティに富んだ技能ではあるが、能力の評価はBランク。
恭介が秘密主義と言うこともあり、火力不足の印を押されていた。恭介自身それを気にしたことはない。何より種がばれると脆い能力との認識があったため、むしろその評価は好都合であった。
戦闘で最も多く使われているのは、領域生成の技能”悪夢の中心”である。
自身のみが感知できる円状の領域であり、恭介にはその領域内の人や物の配置や動きが手に取るように分かる。大智が感覚強化と勘繰るほどの動きは、それによるところが大きい。これも以前は危険察知や近・中距離の探索・索敵にしか利用できなかったが、身体強化の後付けが盛大に化けるきっかけとなった。
そしてそれにより生きる技能がもう一つ。認識阻害の技能”忍び寄る悪夢”である。
これは対人戦においてはチート級の性能を誇る。効果は『特定人物に、選んだ対象を認識できなくさせる』というもの。つまり特定人物≪アズミ≫に、選んだ対象≪恭介≫を認識できなくさせる、ことができるのだ。
こうなれば不意打ちし放題である。領域内で相手の行動は筒抜けなのだから、相手が何も分からぬうちに勝負はついてしまうことだろう。
ただし、これは1対1限定の能力と言える。
何故なら特定人物≪アズミ≫に対しては見えなくても、その場にいるほかの人には普通に見えるのだ。通常であれば、相手が複数の相手でも、瞬時に切り替えを行い完封できるだけの実力が今の恭介にはある。
ただアズミの場合は、影人形というリンクした外部の目があるのだ。
アズミの能力である影人形に対しては、認識阻害の効果は反映されないらしく、アズミと対峙早々に使えないと判断され、お蔵入りとなっていた。集団催眠の技能”拡散する悪夢”に関しても、無限に生み出される影人形には効果が薄く、実用性は低いと判断された。
残すは意識遮断の技能”引きずり込む悪夢”だが、これは大いに試す価値がある。
今現在図らずもアズミとの1対1に持ち込めているので、その状況を活かさない手はない。この能力の効果はずばり『一撃必殺』。相手が生物であれば、効果を発揮する恭介の切り札だ。強制的に触れた相手の意識遮断を行い、その相手を無力化する。
派手な威力の必殺技を持たない恭介ではあるが、唯一各上相手にも通じ得る特殊な技能である。つまるところ、ここまでの攻防は全て、この技能を当てる隙を作るために行われている作業の様なものだった。
アズミの反撃パターンを頭に入れつつ、フィニッシュに繋げるため、逆算して組み立てていく。アズミは自由自在な能力によるカバーによって、近接戦闘に秀でている恭介とも渡り合っているが、その強さはただ能力まかせのものだ。単調な攻撃だけでは今の恭介を止めることはできない。
「お? おお?」
次第にアズミの攻撃は躱され、恭介を捉えることができなくなってくる。
2年目の若手とは思えない豊富な戦闘経験ともう一つ、展開した領域の恩恵をフルに受ける。恭介の体に張り巡らされている1本の影手、技能”絡繰り師”には身体強化のほかに、その名を表すに相応しい『領域へのリンク機能』があった。
すなわち領域で読み取った相手の反撃を、見てから躱すのではなく、反射で躱す。
そこに無駄な思考は存在せず、恭介の思考は攻撃へと専念されていく。能力による『自動回避』ではあるが、これは実際に相手の攻撃を凌いで感覚を掴めなければ反映できないものだ。その技能は、ただ与えられたものではなく、間違いなく恭介の研鑽による賜物と言えた。
「なまい、き!!!」
面白くないのはアズミである。遊んでいたつもりが、いつの間にか遊ばれているような感覚に陥ってしまう。
アズミは戦闘経験など積んでいない。そもそも積む必要すらなかったのだ。自分の手足となり動く無数の影人形達。戯れにアズミ自身が相手をしてあげても、正面からこうして押された経験はまるでなかった。
大鎌より各所から鋭く突き出される影の攻撃を増やして反撃を試みるも、面白いように当たらない。全体を埋め尽くすような面で攻撃してみても、その予備動作を見抜き、瞬時にその範囲からは逃れている。まるで幻と対峙してるかの如く、アズミは恭介を掴めないでいた。
(幻も認識阻害も使ってない……! 本当に近接戦闘能力だけで……!?)
己の与えた能力を昇華し、近接戦闘では無類の強さに仕上げたことなど、アズミには分からない。いらいらだけが募っていく。面白くない、面白くない、面白くない!!!!
「もういいよ! 埋もれちゃって!!」
大鎌で牽制し距離を取るアズミ。
周りに展開していた監視用も含め、新たに生み出した影人形と共に恭介にけしかける。絶対的な物量攻め。瞬く間にドーム状に埋め尽くされようとする恭介だったが、これも彼が待ち望んでいたシチュエーションの内の一つだった。
「吹き飛べ」
「…………!!?」
右手の黒刀に影手1本分の強化を載せて放つ一撃。大智を助けに来た時に放ったのと同じ攻撃だ。
”重なる影”の汎用性が高いところは、身体強化、単体での武器としての使用のほかに、物体強化にも使える点だ。威力と硬度を引き上げ、その刀身を膨張させる。
わざわざ黒い刀を使っているのも、影での強化が外見で分からないようにするための小細工だ。精神系の必殺技が意識遮断の技能”引きずり込む悪夢”であれば、これは近接戦闘における必殺技と言えるだろう。
まとめて弾き飛ばされた影人形達の奥からの恭介の反撃に備えるも、恭介の姿は見当たらない。
(どこに! ……! まさか……ここで認識阻害の能力!?)
正解である。
恭介は連戦で疲労が蓄積しており、後半やや傾いてきたかに見えた形勢ではあるが、楽観視できるほどの状況ではなかった。ただアズミの余裕を奪うことには成功した。確実に必殺技を当てるためには、何より予想外の一撃が必要なのだ。
痺れを切らしたアズミによる一斉攻撃。
影人形を一度に沸かせられる数は決まっている。アズミが監視役さえも動員したのは、それだけでは足りないと、恭介を脅威として認識したからに他ならなかった。ただそれこそが、唯一の付け入る隙となった。
監視役の影人形を慌てて呼び出し、恭介の位置を再び探るアズミ。
いつの間にかアズミのすぐ斜め後ろまで忍び寄ってきていたが、アズミの能力のほうが早かった。位置情報を共有したことで、認識阻害の力はもはや失われたのも同然だ。ただそれでも恭介は前進をやめない。
刀を上段に振りかざし、隙を晒しているように見えるアズミに渾身の一撃を放つ。反応が遅れたふりをしながら、大鎌の柄で受け止め、大量の影で貫かんばかりの致命の一撃を放つ。渾身の攻撃を防がれた恭介はなすすべもなく貫かれ、力なくアズミにもたれかかる。
「まったく……変に頑張らなければ、痛い思いせずにすんだのに」
困った子をあやす様にその頭を撫でようとするアズミ。しかし、その手が触れる前に、胸の中の恭介は影のように溶け、地面へと流れていった。
「なんで!? ……そんな……どこに!??」
確かに認識阻害の能力は看破したはずだ。刺した際の感触だって……!!
その凝縮された時間の中で、アズミは確かに見た。先ほど恭介がきた逆の方向から、もう一人の恭介が剣を振るうのを。
その剣はアズミの無防備な首に吸い込まれ、茫然とした表情を残したまま、体との別れを告げた。




