31羽:滑走フライアウェイ
「ひゃあああああああああああ!!?」
「分かってたけど……これはなかなか……!!」
大空に絶叫がこだまする。
隠密行動が台無しだが、その声は落下時の暴風の音にかき消されて消えていた。今空から落下してきているのは、大智と甘菜の二人。自分で飛んだくせに絶叫をもらしているのは甘菜だ。
遥か下には影人形を大量に生み出す大きな黒穴。
周りががちがちに固められていたため、急遽上からの襲撃を試みたのだった。平面での行動ではないため、勘付かれる恐れは直前までは少ないが、まともな軌道修正は期待できない。つまり一発勝負である。
「こ、これ下につくまでに死んじゃわないかな!?」
「だったらなんでこんな高く飛んだんですか!? というか、舌噛みますよ!!」
「だって~~~~~~~~~!!」
空中でもつれ合いながらも、二人はなんとか意識を保とうとする。
一世一代の勝負に出て自爆しました、では恰好が悪すぎる。そうこうしている黒穴が迫ってきた。先ほどまで戦っていた主戦場からもそんなに遠いわけではなかった。アズミ自身も剛達の進行スピードに肝を冷やし、ぎりぎりの攻防を行っていたのだ。
その方向を見やると、黒い波をかき分ける二粒の光が見える。
一つは小さいが赤々と輝き、恐ろしいスピードで縦横無尽に蹂躙している。もう一つは少し大きめの黒い球体。時にその厚さを操作し、現れるは腕力強化からの無慈悲に振るわれる大剣の一撃。見事に全体へのカバーを要所を見極めて動いている。剛も美紗も長くは続かないと分かった上で踏ん張ってくれている。
ここで決めないと嘘だ。いよいよ黒穴が間近に迫る。
「今までの分、まとめてくれてやる!!!」
落下しながら左手を下に構えた大智。
今までしこたま吸収して溜めていた黒い刃を放出させ、黒穴から生み出されたばかりの恭介人形を真上から吹き飛ばす。剛と美紗に気を取られていた恭介人形が、慌てて真上からの襲撃者の対処を始める。
ただ遠距離攻撃が黒い刃しか持たない彼らにとって、大智の侵攻を止めるのは容易ではない。そしてその攻撃はそのまま吸収され、逆に反撃の刃となり襲い掛かる。そうこうしているうちに、真上を見上げていた恭介人形が真横から吹き飛ばされる。
「おいおい、よそ見してる余裕はねぇぞ!!」
「突っ込みすぎて巻き添えくらわないでよ!?」
まだまだ恭介人形の数は圧倒的だ。
剛と美紗はいまだ大量の恭介人形に四方を囲まれながらも、持ち前の機動力を活かし黒穴近くまで迫ってきていた。上空と平面からの攻撃を受け、黒穴付近の恭介人形の数が一時的ではあるがまばらになる。
「よし、離脱しましょう!」
「うう……止まってええええ!!」
真上から落下してきていた大智と甘菜は、ここで離脱を選択。
いよいよ黒穴に落ちようかというところまで粘った後、空中で急セーブをかける。美紗から借りた”放浪者”が大智も巻き込んで展開する。空中から攻めること自体アドリブだったため、甘菜が二人分支えなければいけない。転移自体はいつでもできるが、このままでは勢いを殺せず地面に打ち付けられてしまうだろう。
「だめ……止まらない!?」
「甘菜さんそのまま! 後は俺が!!」
大智が落下しながらも、再び左手を下に向ける。
展開されるのは、美紗から吸収していた『空中浮遊』の技能。寮を抜け出した際、奪っていたストックが活きた形だ。その出力は例え一瞬であっても、”放浪者”よりも強力だ。使いきりではあるが、疑似的なマルチスキルを操り、大智は己と甘菜を救う。
徐々にではあるが落下速度が緩やかになり、やがて”放浪者”で十分浮けるようになった直後、甘菜は転移を発動。それを合図としてか、剛達も急速にその場を離れる。
「そろそろ電池切れになりそうだ……!」
「背後から焼かれないように、死ぬ気で走りなさい!!」
散々かき乱された黒穴付近。
だがほんの少し時間が経てば何事もなかったかのように元通りになるだろう。それほどまでに影人形が湧くスピードは早い。しかし、それでもその一瞬は、必滅の一撃を放り込むには十分な時間だった。
「皆さん……ありがとうございます。後は私が……!!」
大智と甘菜から数刻遅れて空から落ちてくるのは霞だ。身体をぎゅっとまるめて、最後の技能を発動する。
「”炎迸衣”」
それは破壊の化身。霞をコアに炎の巨人がその姿を見せる。
成人男性の2倍は優に超える存在感を見せつけ、空から舞い落ちる。全身から青い炎を振りまき、黒穴へと業火を叩きこむ。その炎の効果は全て”黒点”と同じ。すなわち生きとし生けるもの全て焼き尽くす破壊の権能。
まるで黒穴から噴き出たかのような炎柱が突き刺さり、その場での生存を許さない。
無限沸きには無限焼きで対抗。地獄の様な輪廻は生み出される次から次に焼かれ、その存在を維持できなくさせる。決して消えることのない炎は、奈落の黒穴をやがて一つの収束点へと導く。
「これでえええええええええええええ!!!!!」
真上から炎の巨人の拳が黒穴に突き刺さり、黒穴が限界点を迎える。炎を呑み込むように収束し、そこにはすでに僅かな残り火と煙しか残されていなかった。
ここでの戦闘は終了した。
遠くで状況を見守っていたはずの大智はと言うと、何故か甘菜に目隠しをされ地団駄を踏んでいた。
「ちょ、ちょっと甘菜さん!? なんで今……というか霞は無事ですか!?」
「大丈夫、霞ちゃんは大丈夫だから! だから見ちゃダメ~~~~!!!」
「なんでっ!?」
霞が転移前に甘菜にしたお願い。
それは炎の巨人という、人外と化した自分を兄に見せたくないというものだった。己の中でセーブしていた強大すぎる技能。最後には仲間を救うために使ってくれたが、大好きな兄の前では可愛い妹のままでいたかったらしい。
命のかかる土壇場でしたお願いは、他愛もない意地と見栄によるもの。
それでも甘菜にはそれがばかみたいに嬉しかったし、絶対守ろうと決めた。甘菜だってそうだ、自分の一番と決めた相手にはやはりいつでも可愛い姿を見せたい。嫌われたくない、好きでいてもらいたい。
もちろんそんなことで、嫌われる相手ではないと分かっていても。
戦いが終息し剛や美紗も、全てを出し切ってへたり込む霞に合流していく。そんな中最後まで乙女の約束を守ろうと奮闘する甘菜の声と、大智の困惑声が響いていた。
*
再び一行が走り出したのは僅か数分後。
美紗の”損傷緩和”で多少持ち直したが、気力までは回復するわけではない。霞に至っては本当に全て出し切ったのであろう、大智の背中でぐったりしていた。剛も疲労を顔に出さないよう努めているが、奥の手の紋章まで使った今、動けているだけでも十分すぎるほどだった。
それでもまたいつ次の黒穴が復活するか分からない。
可能な限り早めの準備をすませ、進行を再開した。幸いにも次の攻撃が再開される前に、甘菜の探知により恭介の居場所を突き止めることができた。
「見えた……! よかった、生きてる!!!」
索敵から戻ったばかりの甘菜の目には涙が浮かんでいた。
恭介は無事だった。流石に無傷ということはないだろうが、今はそれだけで十分だ。彼らは意を決して、悪魔の待つ巣へと飛び込むのだった。




