30羽:爆走フォーリングスター
美沙による打開案が示される中、一人の人物に視線が集まる。
その人物は小さい体をさらに縮こませ、期待にどう応えるべきか不安げな表情を隠せないでいた。日野兄妹の片割れ、妹の霞である。
本人自身に耐久力がないことと、甘菜兼全体の防御優先という役割があったため、前面に出ての攻撃には参加できなかった。ただ屈指の攻撃力と、炎による継続的な威力を出せる能力者であることは間違いなかった。
「……とっ、そろそろ悠長にお喋りしてる時間はなくなってきたようね」
徐々にだが恭介人形の進行が再開されていた。
美紗の戦闘能力を計り、倒すべき脅威として再認識したようだ。少しずつではあるが【黒荊】で仕留めるのにかかる時間が伸びてきている。美紗の前方に広がった荊の殲滅地帯を通り抜けたものはまだ居ないが、それを突破されるのも時間の問題と言えた。
「もう道はこれしかないわ」
美沙は改めて念を押すように、全員に声を掛ける。
「あたしと剛はこいつらの相手。甘菜が大本を探るまでの時間稼ぎと殲滅に向かう日野兄妹のアシスト。甘菜はすぐ初めて。日野兄は日野妹が決定的な攻撃が打てるように護衛。それと飛んだ後の甘菜のお守り。やれるわよね?」
矢継ぎ早に飛んでくる美沙の指示に、それぞれが神妙に頷く。
甘菜は一人であれば離脱はどうとでもできるが、何かあった際に離脱要員はぎりぎりまで手元に残しておきたい。美紗の能力により、甘菜単体でも動ける機動力は確保はしたが、動くには大智と組ませたほうがいいだろう。
大智の能力は殲滅力においては霞に及ぶ術もないが、彼の状況判断に頼る場面はきっと多い。左手による攻撃よけも彼ならば有効に活用するだろう。甘菜が索敵を開始する中、一人動けずにいる人物が一人。
「霞……」
「お兄ちゃん、私……」
迷ってる時間はないわよっ、と美紗の叱咤が飛ぶ。
前方では恭介人形との攻防が本格的に再開し、美紗と剛は再び前線に戻っている。無論美紗とて今この状況下で、最後の決め手を霞に委ねることに躊躇いがないわけではない。それでもやってもらわなければいけない。
剛や美紗は優れた能力者ではあるが、広範囲を一度に殲滅できる力はない。大智では例え能力を肩代わりしたとしても、十全に使いこなせないのはすでに証明されていた。
皮肉にも彼女が、霞だけが挑戦できる権利を与えられているのだ。
「見つけた! ここから数十メートル先、大きな黒穴がある!」
甘菜から告げられる情報。
黒穴の周囲は大量の影人形がそれこそ敷き詰めたように並べられており、容易に立ち入ることはできなさそうだった。正攻法でいけないからこその今回の作戦だ。こちらの守りを固めるだけでは、大本に致命的なダメージは与えられない。だからこそ今この瞬間も剛や美紗が身を削って、前線を維持しているのだ。
「黒の刃がまとめてくるぞ! 耐えろよぉ!!」
甘菜の転移はアズミ側が最も警戒すべき能力だ。
例え使い勝手は悪くても、使い方によっては戦況をひっくり返す一手になりうる。明確な指揮官役はこの場にいないが、アズミの意識の中でそれは共有され、逆に1体1体にまで落としこまれている情報だった。
攻撃が激しさを増す。もはや霞が迷う時間すら与えようとはしてくれない。
甘菜の転移位置のマーキングは完了したが、霞と大智も猛然と降りかかる攻撃を捌くので精いっぱいだ。まともに準備できていない状況で飛んでも、補足されて潰されて終わりだ。3人が万全の状態を作り出さなければいけない。
「ちっ、しゃあねぇなぁ……! 美紗、あれやるぞ!!」
「……ったく、世話が焼けるわね」
現在剛と美紗は日野兄妹が守る陣営からは離れて、恭介人形との戦闘を繰り広げている。
霞の”日輪”の加護もなく、己の身とその能力のみで四方八方から迫る敵を屠る。黒の刃は流石に全てを潰すことはできないが、ほぼ恭介人形に関しては後ろに漏らすこともなく、確実に潰していっていた。
「大智! 今から俺達で隙を作る! 長くは持たないからな!!」
「妹ちゃんの世話はあなたが見なさい。……お兄ちゃんでしょ!」
「剛さん……美紗さん……!!」
二人とも傷だらけだ。霞と大智は本陣の守りで手一杯。先ほどまでの補助がない中で、これほどまでに戦えているのは僥倖だった。恭介人形達も一筋縄では倒れなくなってきている。
美紗は【黒荊】の半数のパーツを戻す。
大剣での近接戦闘とパーツを旋回させての遊撃よりかは守りに重点を置き、その場に留まり続けている。それは近くの剛をも巻き込みかねないほどの高速移動をしているが、それぞれの間合いを把握しているのか、恭介人形を吹っ飛ばしながらも、剛を傷つけるようなことはない。
剛も囲まれそうになるや否や、敢えてその状況を利用し、うまく【黒荊】に隙を埋めてもらいながら、文字通り敵をちぎっては投げていた。
「いくぜえええええ、俺の全開!!! ”勇者の証”発動!!!!」
「ちょっと、空いた紋章全部よこしなさいよね!!」
剛の5つ目、最後の紋章が赤い輝きと共に発動する。
それは剛の能力『武勇紋章』そのものの名を冠する、剛の切り札。身体強化、腕力強化、敏捷強化、耐久強化。他の4つの紋章の効果をおよそ通常の2倍の出力で一度に発動する紋章だ。
当然その絶大な効果には弱点も付きまとう。
一度発動したが最後力尽きるまで解除は不可。その効果が尽きた時には、グロッキー状態となりもはや戦力にはならないだろう。そして、美紗には先ほどまで剛が使っていた腕力強化と敏捷強化の紋章が付与される。切り札との併用はできないが、しっかり他者への付与ができるのは有用だった。
圧巻だった。剛はまるで赤い流星だ。もはや一般人が目に捉えられるスピードを超えていた。
赤くなびく姿が道となり、問答無用に恭介人形達を吹き飛ばしていく。その後に続けと美紗も歩を進める。脚力強化の恩恵を存分に使い、美紗を中心に展開した【黒荊】による黒の球体が猛然と突き進む。
剛よりはその速度は遅いが、その分広範囲に渡って猛威を振るっていた。
影人形側の本陣までも迫ろうかというその勢いは、一瞬でもその目を彼ら二人のみに向けさせることに成功した。怒涛の黒の刃の嵐から一転、無風に変わる。
「「いけええええええええええええええ!!!」」
剛が、美紗が吼える。大智は唇を噛み、振り返らず霞の手を取り甘菜の元まで向かう。
この1日でどれほどの修羅場を潜ったか。おそらく日野兄妹にとっては、今までで最も長い1日となっただろう。こんな大変な思いをして、最後に報われないなんて間違ってる。最後の最後は全部、いいとこもなにもかも掻っ攫って、恭介も含めた全員で笑うのだ。
「霞、最後の最後まで妹頼りな兄ちゃんでごめん」
「お兄ちゃん……」
「でも、もう一人にはしないから。霞がつらい思いをするなら、俺も一緒にいるよ。つらいことは半分こして、嬉しいことは2倍笑おう。俺達はたった二人の、兄妹だからさ」
「うん……!!」
大智が霞にかけた言葉。それは霞の不安や重責を取り除くものではなかった。
変われるものであればとっくに変わっている。霞でなければだめな理由がある。それが歯がゆくもある。でもこの問題は何も今回だけに限った話ではない。
霞の能力は『紅焔』。大智の能力は『略奪者』。
それはもう変えようのない事実。大智はまだしも、霞にとっては普通に生活を送る上では、余りにも強大な持て余さざるを得ない力だ。
全てを見なかったことにして、日常を暮らす振りならできるかもしれない。それでもその火の粉は小さい胸の内には収まらず、やがて周囲を焼こうとするだろう。望む望まないに関わらず、それは必ず起こり得る未来。
能力世界に足を踏み入れるというのはそういうことだ。
これだけ派手に支部長側とやりあって、周りがほっとくはずもない。ならば進むは修羅の道なれど、最初に進むと決めたその一歩は、自分自身が選択した結果でありたい。たまらなく不安だ。自分が傷つくのは痛いし嫌だ。でもそれよりももっと嫌なのが、人を傷つけてしまうこと。
安易に伸ばした手が、大切な人を傷つけないように。
彼女は、いや彼らは今後己の能力と深く向き合っていく必要がある。願わくばその能力が、その存在が、人に望まれるように。今は果てしないその道のりも二人ならきっと進むことができる。二人は手を取り合い業火に包まれたその道を、今歩き始めた。
「甘菜さんに、一つだけお願いがあります」
転移前に霞は甘菜に告げた。
それは大智には聞かせないように発せられた秘め事。首を何度も上下に揺らし、甘菜が固く約束を誓うと、霞はにっと笑うのだった。




