29羽:疾走ブレイクアウト
「それ……【黒荊】か」
剛達と合流を果たした美紗は、黒い大きな物体を携えていた。
それは美紗の身長ほどもある巨大な剣。その剣の形は黒いトゲトゲが複数連なってできたような物体で、なるほど【黒荊】とはまさにその外見を表すのに相応しい呼び名に思えた。
「そうよ。私が抜けたのはこれを取りに行ってただけ。真打は後から登場するものでしょう?」
「全く……いいとこ取りすぎだぜ」
先ほどは刃状の各パーツがばらばらに浮かんでいたように、連結式の機構になっているようだ。一パーツで人形達を吹き飛ばした威力と言い、その重量はかなりのものだろう。とてもではないが、細腕の美紗が軽々しく振り回せるようなものには思えない。
「『空中浮遊』を利用した、美紗の近接戦闘スタイル。久々に見たな」
「普段は指揮役なことも多いしね。浮かせとけばいいけど、これ邪魔臭いのよね」
美紗の能力『空中浮遊』。
その効果は「対象を浮かすこと」と言ってしまえばそれだけ。だが美紗の繊細なコントロールにかかれば、このような超重量級の武器を使った戦闘スタイルまで可能なのだった。
「そのくせじゃじゃ馬ばりに扱いが難しいんだから。基本的に使いたくないのよ」
「悪かった悪かったよ。……でも命拾いした。ありがとな」
「分かればよろしい」
剛と美紗がいつものやり取りをしている間に、日野兄妹や甘菜も合流してきた。甘菜は今は美紗の能力で、足が少し地面から離れるぐらいの高さで浮いている。
技能”放浪者”、浮遊能力を数時間得ることができる付与系能力だ。
能力のコントロール権も付与された側にあり、普通に地面に降り立つこともできる。ただ美紗ほどの精度はなく、高速移動もできない。あくまで動きは緩やかだ。主に高所への移動や高低差がある戦場での命綱の様な役目を果たす、地味だが有用な技能だ。
脚が不自由ながら転移系の能力を持つ甘菜とも相性は良く、同伴するときにはよくお世話になっている。先ほどまでの高速移動しながらでの戦闘には向かないが、最低限の機動力を確保できるのは、甘菜にとって非常にありがたかった。
美紗の胸の中で涙と鼻水でぐずぐずの甘菜だったが、美紗は構わず甘菜の頭を優しく抱える。
元々脚を負傷する前は、偵察班として活躍していた甘菜。
恭介の隣に居座る、もとい前線との橋渡しやそれなりにリスキーな現場でも帯同してきた肝っ玉の据わった子だ。前線から遠のいた身であっても、彼女の勇気と行動力は、間違いなくこの戦線の支えとなった。これは恭介にも後でたっぷり甘やかしてもらわないとな、と美紗はどこか場違いな感想を一人抱くのであった。
相対する影人形達は新たな敵の出現に、警戒を強めている。
守りを固めながら探っているような状態であり、甘菜達が落ち着くには、少しではあるが時間は取れたようだ。
「で、現状は?」
「相手は見てのとおり恭介もどき。戦闘能力もそうだが、奴らには学習能力がある。そこらの影人形とは一緒にできない」
「なるほどね。状況的に強硬策に出て、危うく返り討ちにあいそうになった、ってとこかしら」
「ぐ、弁解の余地もねぇよ……」
美紗は数少ないやり取りと、現場の状況から正しく今の戦況を把握する。
剛の選択は別段間違いではない。おそらく甘菜の遠距離転移を狙う時間は確保できないと踏んでの強行突破であろう。思惑を巡らせる間も、剛から相手の特徴や到達目標などを確認する。
相手は無限に湧き出る兵隊。
何も全てを相手にする必要はない。到達目標は恭介との合流だ。敵を山ほど引き連れての合流は避けたいが、全部を撒けるほどの楽観視はできない。ならば、今取るべき策は……。
「よく聞いて。到達目標は恭介との合流。そのために甘菜の遠距離転移に賭ける」
美沙はきっぱりと断言する。
話している間にも少数ではあるが、牽制の意味も込めてか、恭介人形が散発的に襲い掛かってくる。ただ剛や大智が反応する前に、美紗の【黒荊】が再び蹂躙を開始する。
大剣の形に収まっていた【黒荊】が無数の棘パーツに別れ、宙に放たれる。
まるで意思を持っているかのように動き回るそれは、恭介人形をもってしても捕まえることはできず、あっさりと顔を穿たれて地面に同化するように消えていった。その動きは変則的で、美紗の高い技量が推し量って見えた。
「ただし先に狙うのは恭介への即合流ではなく、こいつらの元の殲滅」
「こいつらの元? おいおい、まさかこいつらの相手が大変だからって支部長本人を相手にする気か?」
「話は最後まで聞きなさい」
美紗の言い分はこうだ。
次々と湧き出る影人形達。無限か有限かは分からないが、弾切れの期待はしないほうがいい。そして、無限に湧き出ると仮定しても、そこには必ず大本の生成場所があるものなのだ。何より、今のこの現状こそが、ある一つの仮説の裏付けになっている。
「仮に無限沸きであっても、一度に沸く最大数は決まっている」
それこそが唯一付け入れる隙だと美紗は断言する。つまりどういうことか。
仮に無限沸き且つ一度に影人形が沸く数に制限がないのであれば、今ここで剛達が無事に立っていることなどあり得ない。脚を止められている以上、単純に物量で抑えられて終わりだ。かろうじててでも耐えていられたのは、沸く数と殲滅数がある程度バランスが取れていたからだ。
アズミの性格上、遊ぶことはあっても出し惜しみはしないだろう。
「つまり、どういうことなんだ?」
「あんたほんとに察しが悪いわね。ばかなの?」
「うるせー。今更言われなくても理解してるよ」
剛も軽口が叩けるようになるまでは落ち着いたようだった。美紗は説明を続けながらも、剛達の負傷を緩和する技能を発動する。
「暖かい……これは?」
「技能”損傷緩和”。気休めにはなるけど、傷を完治させたり、体力を全回復するような効果はないわ。あまり過信はしないで」
美紗の能力名に似つかわしくない技能。この技能自体、能力に目覚めたばかりの美紗にはなかった技能だ。効果はその名の通り、疲労やダメージの軽減・緩和だ。
対象を浮かせる美紗の能力『空中浮遊』。その対象は物理的なものだと限定されていない。発想の転換、いや言葉遊びのようなものではあるが、美紗は試行錯誤の末、「ダメージを浮かせる=緩和する」という疑似的な回復技能まで獲得したのだった。
誰しもが簡単に、己の技能をほいほいと生み出せるわけではない。
だが未だ未知数な部分のほうが多いこの能力者化現象だ。ならば己の限界を決めつけることほど、つまらないことはない。この飽くなき向上心こそが美紗の武器。そして、能力自慢が集う戦闘班の中で、重宝される人材へと押し上げた要因であった。
落ち着きを取り戻した剛達に、美沙は続けて作戦の意図を伝える。
「話し戻すわよ。一度に沸く数が一定数であれば、それを上回る速度で元を潰してしまえばいい。そう思わない?」
「いや、やれるならとっくにやってるが……。仮にそういう大本があって、この山ほど沸く敵を捌いて、そこに辿り着けても、半端じゃない速度の生成数をものともせず潰せる火力がなければとても…………あ」
美沙の言葉を受け、剛やほかのメンバーも気づいたようだ。
「ふふん、そこまで出たら答えはもう分かるわよね」
美沙の助太刀により、試したくても使えなかった手が、この状況を打開する手立てが確かにある。それに気づいた彼らは、自然と一人の人物に視線を集めるのだった。




