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SHADOW BIRD  作者: 下野 遊々
1章.闇討ち烏は闇夜に嗤う

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27羽:逃走テンプテーション

「う~ん、あともう少しだったのに何が……」


 土煙が舞う戦場で、誰かが呟く。体に強い衝撃を感じ、能力使用時の浮遊感から一気に現実に引き戻された、甘菜から洩れた嘆き声だった。


 恭介の影をあと少しのとこで掴み損ねた彼女は身体をさすり、声に出し状況を確認する。多少体を打ったような痛みはあるが、大きなけがなどはなさそうだった。次に確認するのは現在地。それとほかの仲間達の所在だ。


 一人地面に投げ出されており、近くに彼女を背負っていた剛の姿は見えない。強制的に引き戻されたのだから、何か不測の事態が生じたのだろう。


「剛さん! 大智君! 霞ちゃん! どこにいるの!?」

「う~、なんだったんだ一体……あ、甘菜! すまん、落っことしちゃったか!?」

「剛さん……よかった、無事で。あ、私も大丈夫です!」


 甘菜の胸には剛の能力『武勇紋章(ブレイブクレスト)』が煌めいていた。


 剛が甘菜に付与してくれた技能”鉄人の証(アイアンクレスト)”。主に対象者の耐久や防御力を上げてくれる技能だ。剛が使えば刀を持った相手とも、まともに打ち合えるほどの強度を誇る。落下の衝撃からも守ってくれたであろうそれは、今も胸を張るように爛々と輝いていた。


「お二人とも無事ですか!?」

「あ、こっちは大丈夫! 二人のほうはけがはない?」

「ええ、なんとか……」


 向こうから日野兄妹も合流してきた。不測の事態には巻き込まれてしまったが、なんとか全員の無事が確認できたのは朗報だ。


「それにしてもなんだったんだ? 俺には正直何が起こったかさっぱりだったんだが」

「攻撃を受けました」


 剛のぼやきに大智がはっきりと答える。


 隣では霞が神妙に頷いている。剛が反応できなかったということは、日野兄妹が先ほどの攻撃から救ってくれたのだろう。


「霞の”日輪(サンリング)”ですら、容易に防げないレベルの威力、というか数の暴力で」

「ようやく影人形を撒いたと思えば……、冗談きついぜ」


 霞の防御性能は先ほど見せつけられたばかりだ。


 押し寄せる影人形の物量の波に負けることなく、破竹の勢いでここまで進んできた。ただ相手もこの能力都市における最強の一角。もちろん簡単には通してくれない。


「で、具体的には何があったか分かるか?」

「そ、それは……たくさんの黒い刃……? 少しは耐えたけど、だめだったの」

「霞の防御と俺の”喰らう左手(スティールレフト)”の吸収でようやくってとこですね」

「まじで優秀だな日野兄妹。助かった」


 簡単に現状確認を進めていく。


 剛は甘菜を背負い直し、再び前を見据える。霞も全体をカバーする広範囲の”日輪”を展開しつつ、大智や剛の判断を聞き逃すまいと、決意を固める。


「まあいいや、どの道前進しか道はないわけだが……」


 先ほどの攻撃は前方からの一斉射撃だった。


 その視線の先は、やや高めの丘のようになっており、そこからぽつりぽつりと人影が湧いてくる。先ほどまで相対していた影人形と似ている。が、全く同じではない。黒いシルエットはそのままに、どこかで見たような既視感を感じる。それに気づいたのは剛でも大智でもなく、甘菜だった。


「き、恭君がいっぱい!!?」

「いい趣味してるぜ……」


 剛がこぼしたそれは完全な嫌味だったが、甘菜には思うところがあったらしい。


 これだけいるなら一人ぐらいもらっても、などと怪しい呟きを放つ始末。そこそこ付き合いのある剛は平常運転とばかりに華麗にスルーを決め、目の前の脅威を忌々し気に眺めるのだった。


「さっきの正体はこれか」

「でしょうね。さらに、あれ1体ずつが先輩をベースにした能力なら……」


 そこから先は言葉にしなかった。


 さしものアズミも他の能力者の能力をまるまるコピーした人形は用意できないだろうが、それを補う形でなら話は別だろう。彼女の使う能力は”影”。汎用性においては、他の追従を許さない。


 前方では恭介の人影が、歪な鳥人間のような姿に変わっていっている。味方であれば頼りになる恭介が、最後の最後で立ちはだかってくるのは皮肉でしかなかった。


 こうして様子を見ているうちにも、その影は際限なく湧いてきている。


 一人では先ほどの黒い刃の連射はできないだろうが、それを可能にしてしまえる数の暴力が目の前に広がっている。中距離からは黒の刃、そして近距離は当然お手の物だろう。腰から生えた翼をはためかせ、半分程度が猛スピードでこちらに向かってくる。


 今までの影人形と一緒にはできないだろう。


「俺と日野兄が前に出る! 日野妹は後ろから各自に輪っかを付与、炎での援護射撃も頼む!」

「はい!」「わ、分かりました……!」

「甘菜は悪いが、俺と同伴だ。危ない時の回避は任せたぜ?」

「……うん!」


 前線に出るのであれば、甘菜を背負ったままなのはリスキーだ。


 ただ転移以外の移動手段のない甘菜を、霞と一緒にただ置いておくわけにもいかない。制服の上着を脱ぎ、雑に甘菜の体を固定する。甘菜は自身が足手まといであることを自覚しながらも、泣き言は言わない。言っても変わらないなら、今何ができるかに目を向けるだけだ。


「少しずつでも前進は止めるなよ! 刃の集中砲火は集合して転移で躱す! 各自カバーできる間合いを意識しといてくれ!」

「「「はい!!!」」」

「いくぞ!!!!」


 剛達も前進を選択し、やがて彼らは激突する。


 先制攻撃は大智による黒の刃のお返しだ。無数の刃を放出し、進んでくる恭介人形を切り刻んでいく。しかし、中には掻い潜り、さらに接近してくる個体もいる。やはり先ほどまでの影人形とは動きが違う。


 これが剛達がわざわざ先行した理由でもあった。


 前進しながらただ転移で躱すのであれば、最初から全体を”日輪”でカバーし、危なくなれば転移で逃げればいい。しかし、その場合大智や剛の攻撃手段は失われ、敵の数を減らすことはできない。この中では最高火力を誇る霞を防御に回している今、このチームの矛は二人しかいないのだ。


 そして、敵の数が減らせないのであれば、黒の刃の集中砲火を受けることは必至だ。


 甘菜の遠距離移動がカードとして切れない今、どこかで強引にでも影人形の群れを突破する必要が出てくる。そのためには、例え多少無理をしようが道を確保する必要があった。


「こんのっっ!!」


 日野兄妹の援護射撃を受け、恭介人形も数を減らす。


 それでも辿り着いてきたやつらを、剛が渾身の回し蹴りで粉砕する。今彼の身に宿る紋章は”強者の証(ストロングクレスト)”と”敏捷の証(アジリティクレスト)”の二つ。腕力強化と脚力強化の効果を持った技能だ。


 今大智に貸し出している”戦士の証(ソルジャークレスト)”に比べると、強化個所は限定的。


 だがその分、効果はそれに見合ったものになっている。爆発的な加速と膂力で放たれた一撃は、首と言わず恭介人形の上半身を粉砕する。幸いにも、首を飛ばせば消滅するのは先ほどまでの影人形と一緒らしく、手こずりながらもなんとか数を減らしていくのだった。


「でかいのくるぞ! 固まれ!!」


 剛の合図で瞬時に集まる面々。


 剛が大智を、大智が霞を掴み、やがて黒の刃の衝撃が到達する前に、甘菜が転移で躱して見せた。これすらも適度に敵の数を減らしているからこそ、できる芸当であった。


 少しずつ少しずつではあるが、彼らは前進を続けるのだった。

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