26羽:盗人の慈悲
明石からの無慈悲な宣告に、一同は静まり返る。
そうなのだ。下手したらとかそういう話でもなく、割と真面目にやばい案件なのだ。
美紗があれだけ食い下がって止めようとしたのも、そのやばさゆえなのだ。剛にしてみれば、わざわざとばっちりを食らいに行くような流れ。明石が合流した際に襲われかけこそしたが、明石が逃がすと言っている以上、そこは保証されていると言っていいだろう。
それなのに対岸の火事に自分から突っ込む所業。飛んで火に入る夏の虫というやつだ。
「あまやん達……同僚のためか」
「それもありますけど、日野兄妹、まあ厳密には日野兄のほうに借りがある感じすかね」
「ほう……」
ええ……と後ろで引いているのは、大智だ。
ここでいう借りは恩ということであろう。推測でしかないのは、先ほどもそうだったが、恨まれこそすれ感謝されること自体おかしいのだ。そもそも大智が奪わなければ、問題は起きていなかったのだから。
ただ剛の次の言葉をもって、いよいよ大智は訳が分からなくなる。
「彼は命の恩人っすから」
「ごめんなさい! 理解が追いつきません!!!」
もう土下座である。理解不能な好意? 信頼? が大智を怯えさせる。
付き合いの長い美紗も理解しきれてないのか、お手上げのようだ。明石はにやにやしているだけだが、きっと分かってないだろう。甘菜は大智を宥めにいったほうがいいのか、ほっとかれた霞についてあげるべきなのか、その優しさゆえかおろおろしていた。そんな周りを気にすることもなく、剛は語り出す。
「俺が最初日野兄とやりあった際、ファーストタッチで能力を奪われたんすよ」
まだ今日の日の事なのに、随分と昔の事のように感じる。
剛が話し出したのは、監視役としてついていた大智が逃走した際の出来事のようだ。迎え撃った剛は初見殺しの『略奪者』によって、その能力を奪われた。以降抜け殻のようになっていたのも、生きる証とまで言った能力を失ったことへの喪失感があったからなのだろう。
「あの後、美紗の能力で浮かされて、不意に能力が切れて落とされたの覚えてるか?」
「ああ、今にして思えば、それも彼の能力によるものだったのね」
あの時の攻防をなぞりながら、剛と美紗が会話を交わす。
技能”奪う右手”と”喰らう左手”を使い、上手く窮地を脱した大智。最初に特戦員ではなく剛と接触できたのも、大智にとっては結果的にいい方向に傾いたと言えた。
「あの時はとにかく衝撃的で、受け身取るとか、この後どうするとか何にも考えられなくて、気づいたら地面に叩きつけられてた」
それにも関わらず無傷だったんだよ、と告げる剛。大智は思い当たる節があったのか、ゆっくりと顔を上げて剛を見返していた。
「甘ちゃんにもほどがあるが、能力付与を使って、俺の心配までしてくれたわけだ」
「なるほどね……」
合点がいくと同時に申し訳ない気持ちになる美紗。
あの時は自身の能力を過信していたためか、剛のフォローに回る余裕がなかった。能力を奪う能力者など、予測をしろと言うのが無理な話ではあるが、無防備な剛がそのまま落下し、再起できないほどの傷を負う可能性もあったわけだ。
打ち所が悪ければ、最悪なことにも繋がっただろう。剛の言う命の恩人、という意味も分からなくもなかった。
「それでも戦場で情けをかけた相手を恩人扱いは、ちょっと変じゃない? あんたにそういうのは今更な気もするけど」
存外美紗もひどいことを言っているが、剛に気にするそぶりはない。これが彼らの距離感なのだろう。
「俺は戦場に出る以上、最悪なことも想定している。自分がそうなることも、相手をそうすることも」
「……!」
重い。剛の言葉にハッとさせられる。
戦闘班に所属する大半の能力者は、戦闘に秀でた能力の持ち主だ。必然的に好戦的な相手や危険な任務に就かされることが多い。数をこなせばこなすほど、そうした迎えたくない場面もあるだろう。
それでも任務のため、同僚のため、血塗られる覚悟を持っているからこそ、彼らはここにいるのだ。ただ強い能力があるだけでは務まらない。妹のために覚悟を決めたつもりの大智にとっても、その言葉は重かった。
「そこに恨みつらみはねぇよ。なるようになった、それだけだ。今敵対する理由はないし、五体満足でいられるのは日野兄のおかげ。おまけに能力も返してくれたしな」
俺はお前に負けた。敗者に選択権はない。何も選べない俺を救い、生きる証をもう一度くれた。それだけで俺の命をかける理由にはなる。俺にはお前が本物の悪人には見えんしな。そんなもんだろ、とあっさりと告げる剛だが、大智の頭はまた俯いたままになってしまった。
人に恨みを抱かないってことは、そんな簡単なことじゃない。全てを呑み込んで、次を見据える強さ。それが正しいことなのかは分からない。それでも大智にはその生き方が、ひどくまぶしく映って見えた。
結果、剛は甘菜達と一緒に戦場へ舞い戻ることとなった。
美紗は最後まで何か言いたげだったが、甘菜達が無理やり明石に押し付けて帰らさせた。彼女は無謀な賭けはしない。それでいいのだ。剛には剛の、美紗には美紗のやり方がある。そこに優劣も上下もない。誰しもが、己の戦場で戦うのみなのだ。
「音が近づいてきたな。だんだんとお邪魔虫も増えてきたし。方向的には間違いなさそうだ」
「おっけー。そろそろ一度潜るね。悪いけど、お守りお願い」
「任された。……とはいっても、これ俺必要ないレベルだけどな」
美紗達と別れた甘菜達は明石達を巻き込まないため、取り急ぎやや離れた場所に転移した。そこから今の恭介の位置を探ろうとしたところ、待ってましたとばかりにアズミの影人形に襲われたのだ。
索敵の中断を余儀なくされ、今は剛が甘菜を、霞を大智が背負って並走している。甘菜の車椅子は置いてこざるを得なかった。目指すのは恭介との合流だ。
簡単に恭介がやられるとは思わないが、今までの間だけでも時間がかかりすぎている。
一にも二にもまずは無事を確認したい。全員が共有するその思いは、前進の促進力として働いた。無闇に甘菜の能力を使っても、方向が全く違えば、徒労に終わってしまう。まずはだいたいの方向を見定めるため、猛ダッシュをしている、というのが今の状況だ。
追いすがる影人形の量が増えている。
今までは聞こえづらかった戦闘音も少しずつ耳に入るようになってきた。あの向こうに恭介は居るはずだ。居ても立っても居られず、甘菜は能力の行使に踏み切る。本体に負荷がかかれば能力は解除されるが、甘菜は意地でも恭介を見つけるまでは解除しないだろう。
ならば守るのはこちらの役目。人を背負いながらのため、精々片手でしか応戦できないのが不安要素ではあったが、今はその心配の必要すらないようだった。
躍りかかる無限に沸いてくる影人形達。
そのほとんどが、甘菜達に到達することもなく遠くで弾かれている。彼らを取り巻くのは無数の”日輪”。数もさることながら、大小と大きさを自在に変え、縦にも横にも斜めにも張り巡らされたそれは、一種の堅牢な檻となっていた。
「これが本家の”日輪”……」
実際に能力を借りて使っていた大智にとって、ある程度の理解があるつもりだったのだが、それは間違っていたようだ。今『紅焔』の能力を行使しているのは、もちろん本来の持ち主である霞だ。
大智に背負われながらではあるが、彼らの防御を一手に担っている。
万が一、灼熱のリングの檻を抜けられても、体をピンポイントで何重もの”日輪”で捕らえられ、身動きすることも叶わない。その後拡大と縮小を部分ごとにばらばらに行う檻により、なすすべもなくすり潰され、弾き飛ばされるのだった。
そんな影人形の自爆攻撃が突如すっと止んだ。
いぶかしげな表情を浮かべるも、彼らの脚は止まらない。ただ今は一つの方向に向けて突き進むだけだ。もうすぐ甘菜も彼を見つけるはずだ。そうすればすぐにでも合流できる。逸る気持ちと影人形を退けた高揚感から、不思議と笑みがこぼれる。
決して油断していたわけではないだろう。
ただ一種の間が空いてしまったのは事実。唯一”日輪”を常時展開し、防御感覚が研ぎ澄まされていた霞だけは聞いた。前方からかまいたちのように空気を鋭く裂く音を。
それは無数の黒の刃。
暴虐性を秘めたその刃は数をもって、”日輪”の壁を崩し彼らの歩みを再び阻むのだった。




