25羽:命の証
「……俺達もそろそろ行くか」
「はい……」
明石の問いに目を赤く腫らした美紗が答える。
明石の後ろの大規模な転移陣には、ほかの入り口を封鎖していた特戦員達もすでに集まっていた。その場所に甘菜や日野兄妹の姿はない。
「なんで……あたしだけ置いて……ばか」
「俺もまさかあいつまで行くとは思わなかったけどさ……お前が責任感じることはないんだぞ?」
「う~~~っ、最初から明石先輩が全部なんとかしてれば、こんなことにはならなかったんですよ!!」
美沙の可愛らしい癇癪に、明石が珍しく狼狽える。
「うおっ、だからそれは無理だって何度も言ったろ!? 俺にも立場が……」
「ばかばかばかっ、先輩も甘菜も日野兄妹も、あの脳筋も……全員大馬鹿野郎です!!!」
地団駄を踏み暴れる美紗に、もはや指揮役としての威厳はない。
ただ行動を共にした特戦員や他の入り口の封鎖に回っていた面々を含め、誰一人非難を浴びせるものはいなかった。そんな彼女だからこそ、一緒に戦おうと思えるのだ。
やがて光に包まれ彼らは戦場を後にするのだった。
*
「ぶぇっくしゅ!!」
「剛さん、風邪ですか?」
「いや、どうかなー……。美紗辺りが俺の悪口言ってるんじゃないか」
真顔で鼻をすする剛の返答に、甘菜は苦笑いを返すしかない。
「あはは……。それはそれであまり笑えませんね」
「そうか?」
戦場を突っ切る団体一行。その中には甘菜と日野兄妹のほかに、なんと剛の姿もあった。
*
数十分前、美紗の思いの丈を込めた慟哭は虚空に消えた。
誰だってそうだ。上司、同僚、部下。戦場に出るということは最悪も覚悟しないといけない。それでも誰もそれは望まない。いつだってほしいのは最高のハッピーエンドだ。目の前にバッドエンドの道しか見えないというのに、誰が背中を押すというのだ。
「美紗ちゃん……」
「甘菜……」
自分のためを思って、全力で止めてくれる人がいる。その優しさに感謝しつつ、甘菜は決意を言葉に込める。
「ごめん、私行くね」
「……!!」
分かってはいた。些細なことにもいつでも笑顔で対応して。童顔でほっぺは柔らかく、あまりにも弄りすぎて一時期お触り禁止令を出されたこともあった。そんなふわふわで最高に優しくて楽しい友達。
行かないでと、手を握っても彼女はそれを振りほどいていくだろう。何故なら彼女は頑固なのだ。今もどこかで無茶をしている無口で武骨な彼と同じぐらいに。
「あー、すまん。話の腰を折って悪いんだが」
空気をまるで読まない無神経な物言い。
普段であれば問答無用で宙に浮かべ吊し上げの刑にするところだが、今の彼女にそこまでの気力はなかった。
「何よ……」
「あ、いや美紗にってわけじゃないんだが。この機会を逃すと一向に帰ってこないと思って」
もはや突っ込む気もない美紗だが、剛の用とやらには心当たりがない。
甘菜含めほかの面々も頭の上にはてなマークを浮かべている。対する剛はなんら場の雰囲気を気にしていないのか、一人の男の前に歩み寄った。
「俺から盗った能力、返してくれるか?」
「あ……」
仁王立ちした剛の雰囲気に押される大智。
そういえばそうである。逃走劇の初っ端から、剛の能力『武勇紋章』を奪ったままだったのをすっかり忘れていた。影人形に囲まれた時も、この能力がなければ耐えきることはできなかったのは間違いない。
「その件は本当にすみませんでした。今すぐお返しすることはできます。ただ……」
「ただ?」
迫る剛に、大智は全力のお願いで訴える。
「無理を承知でお願いします。もう少しだけお借りすることはできませんか!」
「そりゃ無理だ」
「ちょ……!」
即答である。流れるようなお断りに思わず美紗も反応してしまう。彼女は彼女で案外突っ込み気質なのかもしれない。体をくの字に折り頭を垂れてお願いした大智だったが、やがてゆっくりと頭を上げ、分かりましたと弱弱しく呟いた。
大智の意図ははっきり分かる。
今から再び戦場に戻るのに、自分が足手まといになるわけにはいかない。特に機動力は絶対に必要な要素の一つだ。霞を連れるのに普段の状態で、どこまでもつか分からない。それにアズミ相手に大智の能力『略奪者』では効果が薄いだろう。その点においては、剛の能力は機動力、戦闘力どちらにおいても今の大智に必要な力と言えた。
「……これで戻りました」
「おお……おおおおおおおお!!!?」
能力を奪ったのと同じ右手。返す条件は、奪うときの条件と全く同じだった。
剛の能力が本来の持ち主へと流れ、戻っていく。両手を震わせ、奇声を上げる剛。先ほどまでの湿っぽい空気は霧散し、甘菜は苦笑い、美紗は盛大な悪態をついていた。
「本当にありがとう!!」
「え、ええ!?」
ひとしきり喜んだ後、剛の取った行動は大智への感謝を述べることだった。
大智が困惑するのも無理はない。人の能力を一方的に奪い、自分の目的にただ利用した。返したとはいえ、お礼を言われる通りは全くなかった。そんな大智に構うことなく、上機嫌に話を進める剛。
「俺にとって『武勇紋章』は命の次ぐらいに大事なもんなんだ」
「そんなに……」
「俺はこの能力が発現したからこそ、前を向いて生きられるようになった。生きる証なんだ」
証。紋章。剛にとって、それは例えでも何でもなく、まさに文字通りの存在そのものなのだろう。
能力者の能力は、その人の内面から生まれる。そう言ったのは誰だったか。
能力に振り回され、今も窮地に立たされている日野兄妹のような人もいれば、それに救われる人もいる。図らずも対比のような境遇を目の当たりにして、思わず大智の顔が歪む。もっと素直に向き合えていたら、自分達にも違った道はあったのか。今にしてはどうしようもない問答が頭の中をぐるぐると駆け回る。
「だから、これはお礼だ」
「え」
剛から突き出された手をつい反射で掴む大智。
なんてことはないただの握手。ただ大智には先ほどまで感じていた、力強い紋章の鼓動を己の中に聞いた。
「こ、これって……」
「おいおい、仮にも俺の能力を預かってたんだ。どう使えるかなんて、今更説明するまでもないだろう?」
剛の能力『武勇紋章』。
それぞれ効果が違う5種類の紋章を操るが、その紋章は他人へも付与することができる。すなわち、彼も特戦員を束ねる開発部部長と同じく、"能力付与系"としての力を持っている。彼が重宝される理由はここにもあった。
付与期間中は同じ紋章は使えないが、どの紋章も使い勝手のいい能力が揃っているため、剛にとってはさほど影響のない問題だった。大智に渡した紋章は技能”戦士の証”。一番オーソドックスな紋章で、先ほどまで大智が使っていた紋章だ。効果は『全体的な身体能力の強化』。
大体がこれ一つでこなせる万能タイプの技能である。
「そんな……これじゃ何も変わらないじゃないですか!」
「何か問題でもあるか?」
「問題なんてないですけど、そういうことじゃなくて~!?」
身体強化の恩恵を受けながら、『略奪者』の枠はフリーで空いている。何も変わらないどころか、なんなら強化ですらあった。
困惑する大智に、真顔で首を傾げる剛。
普段剛に振り回される側の美紗はいい気味と半ば自嘲気味な笑みを浮かべた。感情の起伏が激しくて、やや消耗気味なのか、甘菜の背後に回り、無言でほっぺを弄り回す始末だった。
「ああ、それと俺も行くからな」
「今度はなんですか……」
突っ込む気力を失いかけている大智だが、返答するだけ律儀であった。
剛は確かに考え足らずな一面もあるが、時に核心をつく言動には一目を置く必要はある。ほんの短い付き合いであっても、彼が美紗と並んで重要な任務を任される人材なのだと、大智にも分かるようになってきた。相手にするのが何か疲れる、ということを除けば、ほんとに優秀だと思う、うん。
「なにって決まってるだろ。ボス退治……じゃなくて鬼ごっこか。俺も手伝うぜ」
「え、ちょ……本気で言ってるんですか!?」
「冗談でそんなこと言わねぇよ」
突っ込むのはもうやめようと思ってたのに、なんだこの人突っ込ます天才か? 至極真面目な顔でとんでもないことを言うものだから、一周回ってこっちがおかしいのかとさえ思ってしまう。
大智の後ろからぽんぽんと肩を叩く美紗の目があんたは正常よ、と告げている。ああ、あなたも苦労されているんですね。
事態は何も好転していないのに、どこか和やかなムードに包まれていた。これが剛の、能力とは別なところでの良さなのかもしれない。もはや笑うしかないと、達観している大智を尻目に、今度は明石が割って入ってくる。
「はっは。振り回されてるなぁ。別に俺はどっちでも構わないが、野津木」
「なんすか明石さん」
「死ぬかもしれないんだぞ?」
軽い口調ながら、場を急速に冷やす冷たい言葉。その言葉は現実味を以て、剛に突き付けられるのだった。




