24羽:魂の慟哭
「そんな……」
希望が絶望に変わる。明石から告げられたのは、封鎖組の回収。そこに甘菜や日野兄妹は含まれていない。
そうだ、最初の予定と何も変わっていない。甘菜は美紗達を逃がすためにここに来たのだ。より確実に離脱できるというなら、歓迎こそすれ文句を言うのはお門違いというものだろう。
「そっか……」
諦め半分安堵半分。静かなため息がそっと甘菜から漏れる。
日野兄妹はいたたまれない表情で甘菜を見やるが、かける言葉がないのか、そっと伸ばした手を引っ込めぐっと唇をかんだ。事態を呑み込めていない剛や特戦員達は、安易な言葉も発せず態度を決めかねていた。そんな中、明石に食って掛かる少女が一人。
「明石先輩、なぜ甘菜達はだめなんですか。私には納得できません」
「美紗ちゃん……」
「…………」
もうその気持ちだけでいい。その言葉は思いこそすれ、声にはならなかった。
今でも怖いのだ。悪意というには生ぬるい、純粋なまでの狂気。無垢な赤ん坊は時になによりも残酷だ。倫理観という枷を外れた悪魔が、今何より怖い。一筋の希望が見えてしまっただけに、その落胆は大きかった。
先ほどまでのおちゃらけた態度はなりをひそめ、美紗の抗議を黙って受け止めていた明石は、しばしの沈黙の後、言葉を紡ぐ。
「なぜか。逆になんで無条件に助けてもらえると思う?」
「そんな言い方……!!」
明石の冷徹なまでの物言いに、つい感傷的になりそうになる美紗。
私情を抜きにして冷静にならないといけない。
友達や同僚を助けたいと思うのは至極当然のことだ。とはいえ甘菜達が立場上危うい位置にいるのは間違いない。すぐに反論の言葉を用意できず押し黙ってしまう美紗。返答を静かに待っていた明石だったが、まるで時間切れと言わんばかりに、話を進める。
「まずあまやん達がここから別れた後に取った行動から伝えておこう」
「……!!」
甘菜の肩がびくっと震える。
明石は初代の指示でここに来た。ということは、おそらく今回の騒動の全貌も掴んでいるだろう。すなわちその場しのぎの言い訳は通用しない。恭介と共にした選択に後悔はしていないが、ばつの悪さまでは隠せない。下手をしたら美紗達まで責任を問われかねないからだ。
明石の口から告げられる内容に、美紗達は驚きを隠せない。
炎の異能『紅焔』の本当の持ち主が、大智ではなく霞だということ。今現在も鬼ごっこのようなゲームが行われていること。恭介に至っては2代目に刃を向けたというのだから、美紗も頭を抱えるしかなかった。
元々問題行動を起こしたのは大智だ。
それを組織側でありながら、サポートしたのが恭介と甘菜。多少2代目支部長ことアズミの歪んだ思惑があったとはいえ、当事者から見ても外部から見ても、甘菜達を擁護できる点は見当たらなかった。
「2代目に誘導的でやりすぎた面があったのは事実。ただ対応自体におかしい点はない。問題を起こした所員は処罰する。それだけだ」
最もな明石の言い分に、美沙が少し考えた末に用意した言葉をぶつける。
「……その問題は2代目に誘導されたがゆえに起こったことです。本来であれば、日野 大智も模範生として、いずれは正隊員に認められるほどの戦力になったはずです」
対する明石のレスポンスも早い。先ほどまでの軽薄さが嘘のように、鋭く返してくる。
「希望的観測にすぎない。何も妹を人質に取られてやれと言われたわけでもないだろう」
「彼らにとっては同じことです。意図的に誘導された結果です!」
声をやや荒げながら反論する美紗。
分が悪いのは分かっているが、つくならそこしかない。2代目の思惑に踊らされた哀れな被害者だと。その被害者が生み出されなければ、恭介や甘菜もあんな問題行動を起こす必要はなかったはずだ。
明石は折れない美紗相手にため息交じりに視線を送った後、改めて動かしようのない事実を突き付ける。
「能力の虚偽報告。能研に対する敵対行為。そして逃走補助」
「……!!」
「随分とやらかしたもんだ。これでお咎めなく組織に置いときます、じゃあ通らないのはお前にも分かるだろ」
「それは……」
押し黙る美紗。重い空気が場を支配する中、次の言葉を発したのは意外な人物だった。
「ちょっといいすか?」
「野津木? なんだ」
手を上げて発言権を求めたのは野津木 剛。
美紗と同じく大智の監視役及び工場地帯の封鎖役を担った男だ。美紗に脳筋扱いされているように、小難しいことにはあまり頭が回らないタイプである。ちなみに明石は男はあだ名では呼ばないタイプである。
「俺、難しいことは分からないですけど、明石さんは今この場で甘菜達をどうこうしようって訳じゃないんでしょ?」
「そうだな」
「じゃあ今やってるゲームをクリアして、皆で帰る。それだけの話じゃないすか」
「……!!」
甘菜や日野兄妹が思わず俯かせていた顔を上げる。
そうだ、何もまだ終わったわけではない。明石が連れ帰ってくれるわけではないが、この場で能研に連行されるわけでもない。いい意味でも悪い意味でもこのゲーム次第なのだ。そして、今この瞬間にも理不尽なまでの脅威に一人立ち向かっている男がいる。
「恭君……!!」
「先輩が……いる」
甘菜の頬に一筋の涙が流れる。甘菜はさっきまでの自分を恥じた。自分の事だけを心配して、今一番過酷な立場に置かれた男の、大好きな人の存在を一時でも忘れるなんて。
大智は吠えた。自分自身が許せない。全ての元凶は自分だ。にも関わらずあわよくば救われようとした。己を信じ、先に行かせてくれた男は誰だ。その人にはもらってばかりで、まだ何も報いちゃいない。考えることをやめてしまっては、あの人と同じ未来を歩む資格なんてない。
「お兄ちゃん……行こう?」
「霞……」
日野兄妹の片割れ、妹の霞もすでに腹を括ったようだ。
彼女自身負い目を感じていたのだろう。まだ幼く戦場に再び連れ戻すのは、誰の目にも酷に見えたが、その瞳は赤く燃えていた。彼女も能力者。いや、今初めて能力者になったのだろう。
己の能力を受け入れ、その矛を取ることを決めた。ほかならぬ自分自身の意思で。大智にはもう霞が暴走することはないだろうと、漠然とだが感じ取っていた。
3人とも言葉を交わさなくても思いは一つになったようだ。
無理やり冷徹な仮面を被っていた明石も腰に手を当て、やれやれといった表情で彼らを見守っていた。戦場において、勝敗が決まるのはどちらかの心が折れた時だ。彼らは自分で立ち直った。決して簡単な道ではないが、希望を掴み取るのもその道しかないのであれば、後は腹を括るだけだ。
「ちょっと、なんでそんな無責任なこと言えるの!!」
「美紗……」
剛の間の抜けた、それでいて核心をついた発言に盛り返していた場の雰囲気が再び冷たくなる。最後まで甘菜達を守ろうとしていた美紗の声だ。その声は震え、やや涙声になっている。
「相手は【七人の悪魔】の一角。本物の化け物なんだよ!?」
「美紗ちゃん……」
「あたしは甘菜に……友達に死地に行け、なんて……言えない……!!!」
普段誰よりも冷静で物事を分析し判断する美紗。
ただ最後に漏れたのは、現場の指揮を任された監視役の立場からではなく、能研の同僚としてでもなく、甘菜の友達としての、ただの少女としての偽りのない本音だった。




