23羽:流れ星に願いを
余計な時間をかけすぎた。後悔先に立たず、とはこのことだ。
甘菜は影人形に囲まれながら、己の迂闊さを呪った。
本来逃がせるはずだった日野兄妹と、無関係の美紗達を己の失態に巻き込んでしまった。全員を回収するには時間が足りない。いや、それでも……。
懸命に全員が助かるすべを模索する甘菜。
だがそのほんの僅かな思考の停止でも、それは時に命取りとなる。そこが戦場ならなおさらだ。
「あ……」
「じっとしてて、あまやん。ほかの子も」
先ほど突如として美紗の背後に現れたように、甘菜との距離を一瞬で詰める明石と呼ばれた男。甘菜のすぐ後ろには1体の影人形も迫り、完全な挟み撃ちになってしまった。まだ近距離の移動ならば逃げられる。そうは思っても震える身体が言うことを聞かない。
彼女は彼の実力も、後ろから迫る歪なプレッシャーもよく知っている。
もう逃げ場はない。そう思ったと同時に、彼女の身体はまるで金縛りにでもあったかのように、制御不能に陥っていた。無造作に振り上げられた男の足が甘菜に迫り――その後ろの影人形の頭を吹き飛ばした。
「え……?」
「"流天”。……からの”流星群”」
男の呟きと共に場面が一変する。
蹴りで吹き飛ばした影人形の頭は、まるで最初からそこになかったかのように消え、次の瞬間には残された影人形の体と、周りを包囲していた影人形達をも完全に消し去っていた。もはや唖然とするしかない。
甘菜や大智達もそうだが、美紗や剛達にとっては、影人形すら情報になかった存在だ。嵐がきてあっと言う間に去った。言葉で言えばまさにその感じで、誰もが次の行動に移せずにいた。
「さっきの行動といい、変な影? といい、ちゃんと説明してくれるんでしょうね?」
「もちろんだよ、今は平気だからさ。皆も怖い顔しなくていいよ~」
一番最初に動いたのは美紗だ。
事態をまだまだ呑み込めていない中ではあるが、次に向けてすぐに切り替えができるのは彼女の強みだ。相変わらずの軽薄な笑みにつられ、片意地を張るのもばからしいと、緊張を解く美紗。
その空気が伝わったのか、徐々に甘菜を始め、ほかの面々も緊張を解いていく。
「……結局、元【三輝星】のあなたがこんなところに一体何の用なんですか、明石 孝太郎先輩」
「説明ありがとう、みさやん! そう私がこーたろー先輩です。好きに呼んでね」
「はぁ……」
大智の気の抜けた声が後に残ったが、ひとまずの危機は去ったようだ。
これからは次に向けての行動に移らなければいけない。それにはまず、この男について知る必要があるだろう。初対面の大智達もいる手前、彼の立場から美紗が簡単に説明してくれることとなったのだった。
*
まずは【三輝星】。
それはここ1区におけるTOP3に贈られる称号。要は支部長に次ぐ実力の持ち主だ。
ここで言う実力はもちろん、能力の強さそのもの。各支部においてTOP3の名称は多少違うものの、そこに祭り上げられている実力は本物で、全員がSランク。規格外の支部長を除くと、実質的な能力者の頂点と言えるだろう。
ちなみに1区に隣接する2区のTOP3の呼び名は【三天柱】。これはそれぞれ各支部長の特徴を反映させたものだ。世代交代が進んでいけば、必ずしもそこに縛られる必要はないだろうが。
そして、支部長の世代交代もあれば、当然TOP3の入れ替えもある。
定期的にあるTOP3会談の中で、自薦、他薦問わず候補が出てくれば、入れ替え戦を行う。勝てば晴れてTOP3入り、負ければTOP3落ちとなる。明石の場合は、というと入れ替え戦では無敗。にも関わらず唐突に【三輝星】を降り、後輩に席を譲ったのだ。
「俺が大将って呼ぶのは夏樹だけだからさ。上が変わったら俺がそこにいる意味はないだろう?」
「夏樹……? あっ、もしかして」
甘奈がその名前に反応を示し、美沙が補足する。
「立花 夏樹。元1区の支部長で初代【七人の悪魔】の一人ね。【暴君】と並んで能研の基礎を作り上げた、本物の英雄よ」
「嬉しいこと言ってくれるじゃない。草葉の陰であいつもきっと喜んでるよ」
けらけらと笑いながら、不謹慎な冗談をのたまう明石に美沙が釘を刺す。
「勝手に殺さないでくださいよ。今は席を譲りはしましたけど、支部長補佐として立派に勤められてますよね。まだまだお若いですし」
「はっは、冗談冗談。にしても扱いが俺と全然ちが……おふっ!?」
「余計な事言わないでください」
みぞおちにいい一撃をもらって身悶える明石。
美紗が説明した通りだとすれば、1区の初代支部長は人格者なのだろう。甘菜も名前やぼんやりとしたイメージならば持っていたが、直接面と向かって話したことはなかった。
お調子者だが実力は折り紙付きの明石。彼をして大将と仰ぐほどの人物。先刻甘菜は明石の言った大将を、現支部長のアズミかと思い余計な疑いをかけてしまった。
「明石先輩、先ほどはすみませんでした!」
「ん~? ああ、何分急だったし、こっちこそ驚かせてごめんね」
「いえ! そんな全然!」
明石もおちゃらけてはいるが、いい先輩だ。
能力者の中では間違いなく最高峰の実力。それでも自分の能力を鼻にかけることもなく、同じ目線で話してくれる。ただ甘菜はどうしても緊張を隠せないでいた。何故なら彼の能力『星天走破』は、支部長クラスに匹敵するS-ランク。転移能力者の頂点に位置する能力だからだ。
独自の転移処理能力を持ち、恐ろしく転移にかかる時間が短く、行動に移るラグもほぼない。星空の様な広い転移範囲と、星のように流れる流麗な動きは何よりも自由で、全転移能力者の憧れと言っても過言ではなかった。
また高ランクの転移能力者に上げられる大きな特徴としては、その攻撃力だ。
甘菜のような低ランクの転移能力の場合、攻撃力はほぼ皆無と言っていい。転移の対象と条件が狭く、そもそもそういった使い方ができないからだ。
ただ明石の場合は違う。
その処理能力の早さと範囲、正確さがあれば、空から地上を見下ろすかの如く盤面で捉え、一度に複数の対象の転移を行使できる。先ほど一瞬で周りを囲んでいた影人形を消し去ったのがこれだ。彼らははるか上空に放り投げだされ、一時の空中浮遊を体験した後、無惨に地面に叩きつけられ今や原形をとどめていないだろう。
能力の応用として、明石は近接戦闘でもその力を見せつけた。
影人形の頭を吹き飛ばした攻撃。あれも転移能力を使い、影人形の頭という対象の部位だけを刈り取ったのだ。防御不能の掠め手。彼の暗号名である【虚空狩り】とは、そんな凶悪な能力に対する畏怖を込めて付けられたものらしい。
「そんな緊張しないでよ、あまやん。女の子に警戒されるってなんか悲しいし」
「そうよ、この人相手に緊張なんてしてても、次第にばからしくなるだけだから」
辛辣な美沙の言いようだが、それに気を悪くするでもなく、明石は笑みを交えながら答える。
「はっは、みさやんは容赦ないな~」
「あはは……」
心が広いのか、そういう飾らない付き合い方が好きなのか。
いずれにせよ超偉い人がフランクすぎるのも、なかなか対応に困るというものだ。愛想笑いを返すしかない甘菜だったが、あまり和やかに談笑している時間もない。やや強引に話を戻すため声を張り上げる。
「あ、あの! それで、明石先輩は……その、助けに来てくれたんですか?」
そう、状況は切迫している。今現在も恭介がアズミを相手に奮闘しているはずだ。
恭介のことは信頼しているが、あまりに相手が悪い。S+ランクのあの悪魔とまともにやりあえる能力者など、それこそ同格の支部長クラスだけだろう。ただ明石が戦線に加わってくれる、というなら話は変わってくる。
それでも戦闘に関しては分が悪いだろうが、勝利条件は『1区と2区の境界線に辿り着くこと』。何も戦う必要はないのだ。
甘菜だけでは荷が重い回収作業も、明石になら何の問題もない。先ほどもアズミの影人形から守ってくれたのだ。やりすぎたアズミに業を煮やして、初代が助け舟を出してくれた。そう期待したい気持ちが、甘菜の言葉尻にも滲んでいた。
「そうだよ。夏樹……初代の指示で、皆が巻き込まれないように回収しに来たんだ」
「じゃあ……!!」
明石の言葉に希望を見出した甘菜が、思わず前のめりになり続きをせかす。しかし、その後に告げられた言葉はその逆、再び絶望への片道切符となるのだった。
「ただし、回収するのは封鎖組のみ。あまやんと日野兄妹はここに置いていく」




