22羽:天秤にかけるのは
「……びっくりした。急に何かと思ったら、あ、二人もいるのね」
「はぁはぁ……」
甘菜の飛んだ先、そこは1区と2区の境界線ではなく、工場地帯の入り口付近だった。
その近くには、封鎖役として残った美沙達の姿もある。日野兄妹も飛び先までは把握しておらず、自分達の状況がいまいち掴めていないようだった。
「ここは……」
「ここはあんた達がさっきまでいた工場地帯のすぐ出たとこ」
「お兄ちゃん……」
「妹ちゃんまでいるとはね。厄介ごとは終わったと思っていいの?」
周りを固めていた剛や特戦員達が集まる中、美紗はあくまで冷静な対応を心掛ける。
戦闘員ではない甘菜の疲労度や、恭介がいないことを考えても、すんなり全て解決したと楽観視するわけにはいかない。甘菜がわざわざ飛び先をここにしたのも、何か考えがあってのことだろう。
ゆっくり休ませてやりたいが、まずは事情を聴かないことにはどうしようもないと、感情を抑え事務的に質問する。
「はぁはぁ……ううん。ごめん、まだ終わってないの」
息を整えつつ甘菜が声を紡ぐ。ぎゅっと握った手には汗が湿り、いまだ緊張は解けていないようだった。
「ここに寄ったのは皆に逃げてほしいってことを伝えたくて」
「……? 逃げるって何から……」
「それは……」
甘菜がゴールまで飛ばずにわざわざ寄り道した理由。
それは自分達のわがままに美紗達を巻き込まないためだった。普通に考えたら恭介達のように真っ向から敵対行動をとった問題児を除いて、アズミがその鎌を振るう意味も必要もないだろう。
ただ嫌な予感が止まらないのだ。
アズミは普通ではない。恭介や甘菜達は今試されている。天秤にかけるものがあるとすれば、鎌を片方の首にかけてのたまうのだ。あなたはどうするの? と。
ここに寄ること自体がリスクにもなり得た。
だが本格的な逃走劇に突入すれば、こうして伝える機会も失われてしまう。この行動自体が甘菜のわがままだとは分かってはいたが、目をつぶって送り出してくれた美紗達を、このまま放っておくことはできなかった。
「お、いたいた。おーい」
「え?」
甘菜が事情を説明しようとした矢先、この場に似つかわしくない呑気な声がかかる。
今この場にいるのは、甘菜、日野兄妹、美紗、剛、そして同じ入口を固めていた特戦員3名だ。ほかの入り口についていた特戦員かと思いきや、そうでもないようだ。少し離れた場所からは、一人の長身の男が手を振りながら、のんびり歩いてきている。
「誰……? って明石先輩?」
「そっ、俺だよ~」
「きゃ!?」
美紗が気づき声を上げたのと同時に美紗の後ろから声がかかる。不意を突かれた美紗は可愛らしい声を上げ、突然の乱入者を喜ばせる形となった。
「はい、可愛い声いただきまし……おふっ!?」
「……そういうのやったら怒りますって言ってましたよね?」
「ちょっ、みさやん、怖い。驚かせたのは悪かったから、その拳収めよう、ね」
軽薄な笑みを浮かべ、謝るその姿に先輩の威厳は微塵も感じられなかった。
ニット帽にお洒落なフレームの眼鏡の長身男。張りつめた場の空気も何のその、美紗にちょっかいをかける男の登場で、弛緩した空気が流れだしていた。
「あ、明石先輩。お疲れ様です! あの、今日は何でこんなところに?」
「お、あまやんも元気してる? あんまり無理しちゃだめだよ~」
どうやら美紗や甘菜達とは顔見知りのようだ。
剛や特戦員も最初は驚いた表情を見せていたが、まあこの人だからな、と謎の納得の表情をしていた。
「えっと、何が何やら……」
「お、君が大智君? で、こっちの可愛らしいお姫様は妹の霞ちゃんかな」
「そ、そうですけど」
「んー……お近づきのしるしに、そうだなぁ……妹ちゃんのこと、かすみんって呼んでもいい?」
「うぇ!?」「そこまでにしてください」
混乱する大智を尻目に初対面ながら謎のあだ名をつけようとする男を、美紗が静止する。再び小突こうとしたところ、サッと甘菜の後ろに隠れ、美紗の怒りゲージを無駄に上げていく。
「ごめん、ごめん。俺がここに来たのは大将に頼まれたからでさ」
「大将……? まさか……!?」
「おっと?」
後ろに隠れていた男と離れ、瞬時に転移で距離を取る甘菜。
大将、つまりこの男の上司の様なものだろう。甘菜にはその対象が思い浮かんだ途端、最悪な事態を想像してしまった。じりじりと距離を取る甘菜と明石と呼ばれた男は数秒見つめあっていたが、やがて行動に移したのは男のほうだった。
「あまやん、下手に動かないほうがいい。何故なら今、この場は取り囲まれているから」
「何を……!」
男が言い切るのと甘菜の反応にシンクロするかのように、甘菜達のすぐ周りを複数体の影人形が地面から立ち上がり、たちまち包囲して見せるのだった。




