21羽:trick or love
「……ゲーム?」
唐突に告げられたアズミの言葉に、怪訝な表情を隠せない恭介。
「そう、舞台はこの1区全体。この中で鬼ごっこをして、捕まらなかったら君達の勝ち。あ、時間制限はないけど、ゴールは用意してあげるよ。……そうだな、1区と2区の境界線ってのはどうかな?」
「……!」
一筋の光明が見えた気がした。
このまま戦っても間違いなく勝てない。現在地からこのままひたすら南に向かえば、1区と2区の境界線に辿り着く。距離もそこまであるわけでもない。
1区の絶対支配者であるアズミだが、区をまたぐと話は変わってくる。2区には2区で、絶対たる別の支部長の管轄になるからだ。
もちろん行き来が禁止されているわけではない。
ただ揉め事を持ち込もうものなら、こんな小競り合いなど問題にならない、本当の問題へと発展する可能性すらある。アズミとしても、その危険を冒してまでは追ってこないはずだ。そう判断されると踏んだうえでの、提案なのだろうが。
「それはここにいる全員でか……?」
「もちろん。これ以上の譲歩はナンセンスだと思うけど」
「……分かった」
元より選択肢はない。わざわざ相手からゴールを用意してくれたのだから、後はそこを全力で目指すだけだ。
「ここからひたすら南に行けば、境界線に突き当たる。とにかく何も考えずに走れ」
「わ、分かりました……!」
大智も妹に言い聞かせ、兄妹で覚悟を決めたようだ。
固く握った手は離さず、ただしっかりと顔を上げ立っている。今の大智には剛の『武勇紋章』がある。妹を抱えていても、スピードは落ちないだろう。剛には悪いが、今しばらく大智の力として使わせてもらおう。
そして、この鬼ごっこのキーとなり得るのが甘菜だ。
鬼ごっこの提案があったすぐ後から、甘菜は恭介の影に隠れながら、懸命にゴールへの道を探っている。転移能力『指定転送』には転移位置をストックできる技能がある。
”簡易指定”と呼ばれる、その技能の登録枠は最大3つまで。飛ぶまでに転移位置を探して選ぶ時間を短縮できる、要は瞬時に目的地に転移できる甘菜の隠し技だ。
境界線の位置をセットできれば、一発でゴールへ辿り着ける。
転移位置を探索中は完全無防備になってしまう。視界内の近距離への転移は別として、鬼ごっこが始まると通常の転移を使うチャンスすらなかなか巡ってこないだろう。
何より車椅子の甘菜は通常の移動手段では、まず逃げ切れないのだ。
せめて、最悪甘菜だけでも……その一心で恭介は大智達に指示を与えているフリをしながら、少しでも時間を稼ごうとしていた。
「さて……悪だくみはもう済んだかな?」
「……何のことだ?」
狙いはすでにばれていたらしい。
大鎌を準備運動とばかりに振り回しているアズミは、ニヤニヤ顔を絶やさず鎌をかけてくる。アズミは腐っても第1区の支部長なので、甘菜ほか1区所員の能力は把握しているだろう。
ただ甘菜の能力は転移能力の中では使い勝手は悪く、即効性、転移人数ともに最低評価。それ故にランクはC+。その警戒するまでもない能力、そう思わせることこそが裏をかく、起死回生の一手に繋がるはずだ。
「ふふ、よりゲーム性が出ていいじゃない? 君達のジョーカーは彼女。でも簡単には使わせないよ~?」
「……俺はむしろお前が他人の能力を把握してたことに驚いてるよ」
「気になる子のことを知っておきたいって気持ち、誰にでもあると思うけどなぁ♡」
「ひぃ!?」
転移能力ありの鬼ごっこ。
通常であればゲームにならないが、相手は最高戦力の一角。決して油断できる状況ではない。転移位置の登録がすんだのか、戻ってきた甘菜は恍惚とした表情で見られ、背筋をぞっとさせた。
一体どこまで知っているのか。
能研の所員といえど、全ての技能を事細かに上に報告する義務はない。特に前線で戦う戦闘班の面々は、それぞれ奥の手を隠し持っている。恭介とて例外ではないが、相手はアズミだ。こと戦闘能力で張り合うことに意味はない。
この鬼ごっこは誰か一人でも辿り着けばいいというものでもない。
アズミの能力にかかって無事に済むという保証はない。その威力は不発にこそ終わったが、恭介がつい先ほど体感したばかりだ。体の隅々を黒い影が暴れまわる感触、自分が自分でなくなるような、何かに急速に塗りつぶされそうになった感覚は忘れがたい。
アズミのことだ、勝利条件の明確な線引きは敢えてしていないのだろう。
たった一人でも辿り着けば勝ちだと、そう主張することもできるはずだ。ただ恭介にはそれすらアズミの思惑に乗せられているように感じられた。
結局のところ、彼女にとってはどこまでいってもゲームでしかなく、結果にもさほど興味はないだろう。興味があるのは、人が他人のためにどこまで命を賭した行動ができるか。それが彼女の言う愛なのだろう。
「準備できたなら、ゲームスタート♡」
「甘菜!!!」
「皆私に掴まって!」
アズミはゲームの開始を告げると同時に、鎌を振り下ろす。
事前に甘菜の近くに寄ってきていた日野兄妹はすぐに甘菜に飛びつくように動く。刀を引き抜き鎌を受け止める恭介は合流することができない。
「恭君!!」
恭介からの合流が期待できないと分かるや否や、甘菜は直接恭介を拾おうと動きを変える。しかし、そこはお見通しだったか、アズミは恭介を力任せに弾き飛ばし、甘菜達にも大量に吐き出した影人形を一斉に差し向ける。
「くっ……!」
転移するスペースすら奪われ、甘菜は仕方なく二人を連れ後方へ飛ぶ。
恭介とは大分離れてしまい、アズミの追撃を必死に捌く恭介とは合流することができない。
「恭君早く!!」
「先に行け!」
「でも……」
「俺じゃいつまで抑えられるか分からない! 行け!!!」
「……っ!!」
甘菜は目を瞑る。能力行使時、転移場所を探る際にはそうする必要があるからだ。
もっとも”簡易指定”を使うならその必要はないのだが、カモフラージュも兼ねてそうやって見せかけるのは甘菜がよくやる手だ。戦闘中に視覚を封印するのは大きなリスクを伴うが、それも恭介への信頼の証だろう。
甘菜一人ならばこの場に残っていただろうが、今甘菜の体には二人の体温が感じられる。二人とも強力な能力持ちとはいえ、戦闘経験の浅い大智と幼い霞を逃がせる状況を、わざわざ不意にするわけにもいかなかった。
甘菜は意を決して能力を発動する。
「恭君ごめん……必ず迎えに戻るから!!!」
甘菜の能力『指定転送』が発動し、瞬時に3人の姿がこの場から消える。鎌を弾き飛ばした恭介は改めてアズミと対峙する。
「あらら……逃げられちゃった」
「……わざわざそう仕向けたくせに、とぼけるのは止せ」
「あ、やっぱり分かる? あはっ♡」
大鎌を両肩にかけニヤニヤと笑みを浮かべるアズミ。
本当に誰も逃がす気がないのであれば、そもそも3人の合流すら阻止できただろう。それすらせず、むしろ敢えて逃がした。これであっさりゲーム終了、という可能性もある中で、アズミはまるでその心配はしていないとばかりに笑みを絶やさない。
「少なくとも彼女はまた戻ってくるでしょ。そうじゃないとおもしろくないし」
「甘菜達にはそのままゴールを目指せと言ってある」
「えー、そんなつまらないことになるんなら……全員殺しちゃおっかな」
「……ちっ」
身の毛もよだつようなプレッシャーがアズミから放たれる。
こいつはやるといったらやるだろう。なんにせよもう甘菜達とすぐに連絡を取る手段はない。今恭介にできることはただ一つだ。
「つまらない妄想をする前に、俺に狩られないか心配してろ」
「おー、こわいこわい。……君の腕は元々高く買ってたけど、さらに強くなってるみたいで、私も能力を預けた甲斐があったってものかな」
両肩に大鎌を担ぎ、ご機嫌な口調で目を細めるアズミ。
まるでただの世間話をしているような、隙だらけの格好だ。しかし、それすら強者の余裕、警戒するに値しないと告げられているかのようで、黒刀を握りしめる恭介の手に力がこもる。
「……そこだけは感謝してるよ」
「ふふん。どういたしまして。正直なところ君は私の想像以上の力を付けたからね。ここはひとつ……愛し合ってみよっか♡」
狂喜の笑みを浮かべ迫りくるアズミ。
恭介はアズミの能力を取り込み生み出した翼を身にまとい、全力で迎え撃つのだった。




