19羽:逡巡エクスチェンジ
「『略奪者』、それがお前の本当の能力か」
「……はい」
大智は頭を下げ、体を縮こまらせている。
能力自体に作用する異色の強奪スキル。これが事実だとすれば、とんでもないことだ。能力の効果ももちろんそうだが、一番の問題は現在の大智の能力が『紅焔』と認識されていること。
何しろ恭介どころか、能研を相手取っての虚偽報告である。むしろ逆にお咎めなしだと、能研の組織としての在り方を問われる事態になりかねない。
「つらいことをあえて聞くが、最初のボヤ騒ぎ含めた案件はお前ではなく、妹が起こしたものだな」
「それは……」
「妹を庇うためとはいえ、お前が能力を使い、なり替わったということか」
「……」
大智は押し黙っているが、否定の声を上げることができない。そのすぐ横では兄の手をぐっと握り、押し黙る妹の姿もある。
「泣ける兄妹愛だよね~」
途切れた話を紡ぐように、声を発したのはアズミだ。
「だから利用したのか」
「そうだよ?」
吐き捨てるように呟いた恭介の声も、アズミには何にも響かなかったようだ。
妹を守りたかった大智と、愛に固執する最高戦力の一角、1区支部長のアズミ。考えうる限り最悪の出会いがあり、今回の騒動の幕開けとなったようだった。
「ほんとに素敵だったよ~。夜中にボヤ騒ぎが起きてるからって、先生に使いっぱしりにさせられて、むくれてた気持ちも一辺に幸せな気持ちになっちゃった♡」
恍惚とした表情で語るアズミに恭介は悪態を、甘菜は怯えた表情で遠目に見るしかなかった。その時の状況を思い出してトリップしているのか、アズミの饒舌な語りは止まらない。
「あれは能力発現したばかりで、きっと暴走してたんだろうね。実の兄に炎を向ける妹と、命をかけて止めようとする兄……!! はぁ~、この世は愛に満ち溢れているね、うふふ」
その時は諜報役の【烏】に擬態して、見守っていたというアズミ。
『1区には烏の目がある』。そんな噂の正体は、恭介の活躍に便乗した本家のアズミの能力によるものだった。影人形を自在に操るアズミならば、例え本人でなくても即座にどのような場所にも駆けつけられるのだろう。
アズミの語りに嫌気がさしたのか、付き合っていられないと、恭介が大智に話の続きを促す。
恭介の睨んだ通り、能研が把握していたボヤ騒ぎの件は、全て大智の妹、霞によるものだったらしい。大智自身は内3回は全く気づいておらず、最後の4回目、工場地帯が炎上する事態となった際に、初めて知ったとのことだった。
「最近近くでボヤ騒ぎがあることは知ってました。でも妹が関わってるなんて微塵も思ってなくて……」
元々日野兄妹は能力に目覚めたから、特区に移ってきたわけではない。
両親の仕事の関係での引っ越しであり、仲のいい兄の大智すらいつ妹が能力に目覚めたかは知らないようだった。
「ただ4回目の火災があった日、もう遅い時間だったと思います。たまたま物音が聞こえて外を見たら、霞が家を抜け出していたんです」
驚いたのは大智だ。
まだ小学生の妹が深夜と言っていい時間帯に家を抜け出す。慌てて大智も玄関を飛び出したものの、妹の行方を見失ってしまったらしい。
「妹の足でそこまで離されるわけはないのに、走り回っても近場にいないんです。限界がきて立ち止まったときに、少し離れた位置から火の手が見えて……」
妹との関係性は不明だったが、巻き込まれてないかと不安に駆られた大智は一目散に現場に走ったらしい。そこで見たのは、火の手が上がる工場を正面から見据えて、棒立ちしている霞の姿だった。
「妹は何か火をつけるようなものは持ってませんでした。だから、放火とか、何か起こしたというよりかは、無事でいてくれたという想いのほうが強かったんです」
体はとっくに限界だったが、妹の姿を視界に収めたことで、余裕は取り戻したという。ただし、次の霞の行動は大智には全く予想ができないものだった。
「振り返った霞は、駆け寄る俺には気づきましたけど、どこか視線も虚ろで俺の呼びかけにも応じませんでした。その後、霞は……俺めがけて炎を放ってきたんです」
目の前に迫る炎。
聞けば人ひとり簡単に呑み込むような、巨大な火球だったらしい。眼前に迫る確実な死の足音を前に、何倍にも圧縮される大智の時間。
「あのときはほんとにゆっくりと時間が流れていて。なんで妹がとか、漠然とボヤ騒ぎの真実を知って、どこか納得してたような。ただ、一番最後に思ったのはやっぱり……妹を置いて死ねないってことだったんです」
深夜に家を抜け出したこともそうだが、先ほどの大智を見る目然り、霞は正気を失っているように見えた。
もしかしたら、能力の制御ができないながらも、ぎりぎりのところで人気の少ない時間、場所などを選んでいたのかもしれない。妹は妹で戦っていたのかもしれない。兄にも話せず、或いは自己防衛か、記憶の中から追い出していたのかもしれない。
すべては大智の、本当に一瞬のうちに思いついたただの想像に過ぎなかったが、まさにそれが力となったのか、眼前に迫った火球は、突き出した左手に吸い込まれていた。
「土壇場で能力に目覚めるとか……できすぎというか、都合よすぎですけどね」
乾いた笑いで振り返る大智。
生死を分ける一瞬に、生を諦めなかったからこそ芽生えた能力だ。恭介にはそれを茶化す気も、無下に否定する気もなかった。
「目覚めた能力『略奪者』。使える技能はたった二つだけ」
大智は両の掌を覗き込み、自嘲的な口調で続きを紡ぐ。
「左手で相手の放った能力を吸収し、その能力を行使できる”喰らう左手”」
「そして……右手で触った相手の能力を奪える”奪う右手”」
その後のことはよく覚えていないらしい。
ただなんとか攻撃を左手でやり過ごし、隙をついて、右手で能力を奪った、ということだ。その間も火は燃え広がり、どうにもできなくなった大智は通報だけして、妹を背負い夜のうちに家に戻った。
「妹が心配だったのはもちろんですけど、結局俺はその場から逃げてしまいました。何もかも耐えきれないで、逃げたんです」
結局その後、数日妹の観察をしていたが、霞はあの夜のことは全く覚えていなかった。
逆に家に籠りがちになった大智を心配して、連れ出してくれたぐらいだ。その辺りから、このまま『略奪者』ではなく、『紅焔』を自分の能力として生きていけば、妹が過ちを起こすことはなくなるのではないか、そう考えるようになったという。
「最もそんなことを考えているうちに、能研の方に捕まってしまって。後は恭介さんの知っている通りです」
「そんなことが……」
大智から語られる真実。
アズミの証言にも一致することから、認めないわけにはいかないだろう。
日野 霞はなんといってもまだ幼い。
突如その身に余す強大な能力を授かってしまい、能力発現後の膨大な情報からか、防衛本能が働き、無意識に記憶から遠ざけていたのかもしれない。
「お兄ちゃん……。あたし……ごめんなさぁいいい……」
今回の騒動の本当の中心人物である霞には、この事実があまりに重くのしかかる。
やってしまったことを思えば、決して子供だから、で許されることではない。ただ一人暗闇の中で、胸に誰にも言えない火を、業火を灯してしまった彼女をただ責めるのは、あまりに酷に思えた。
大智は大号泣する霞を正面から抱き寄せ、同じく涙を流す。
二人とも許されないことをした。償っていくためには、これからを生きるためには、まずは自身の能力に向き合う時間が何より必要となるだろう。
「うっとりしているところに悪いが、お前の狙いについても聞いておきたいんだが」
「へ? ……おっと、いけない」
恭介からの問いによだれを拭き、平静を装うアズミ。どう見ても手遅れだが、ごほんと咳払いをして私のターン、とばかりに話し出す。
「私は彼が能力を奪う力を使うところも見てたからね。いや~、あの時は流石の私も恋に落ちそうになったよ♡」
アズミの戯言は置いといて、確かにと頷く恭介。
対象の能力を奪う力。それだけで対能力者戦において、反則レベルの強さを誇るだろう。直接触れないと発動しないとはいえ、近づくまでにうまく能力を捌けそうな左手の力もある。
「で、能研の公の記録には残さず、自分の下で秘密の駒としてでも使うつもりだったのか?」
「ん~、それも面白いねぇ。先生の好きそうな話だし」
「違うのか?」
ニヤニヤしっぱなしのアズミだが、あまり策略めいた話は好みではないらしい。先ほどからちょいちょい出てくる先生とやらは、腹黒そうな感じだが。
「妹ちゃんの能力を奪ったまま、どうするのかと様子を見てたんだけど、何やらそのまま自分の能力ってことにして、過ごしそうな感じだったじゃない? これって……愛だと思うの!!!」
キャーっと歓声を上げるアズミに恭介は頭を抱えるしかない。
甘菜は甘菜で、ひょっとしたらこの人は愉快なだけでは、と何故か少し歩み寄れそうな雰囲気を感じ取っていた。
「だからね……もっと引き裂いてみたくなったの」
「……!!?」
おぞましい気配が辺りを支配する。
アズミから立ち上る異色の気配に、日野兄妹も涙を止め、身を守るように縮こまる。甘菜は変な声を出して、頭を抱えがくがく震えている。恭介も頬に一筋の冷や汗を浮かべながら、黒剣を抜刀し、距離を取っていた。
「もー……ちょっと気持ちが昂っちゃっただけなのに、皆敏感だねぇ。そもそもその気になれば、数秒後にはみんな殺せるんだから、余計な心配だと思うよ?」
またおちゃらけた話しかたに戻るアズミだったが、甘菜達の震えは止まらない。
彼女の言葉に嘘はない。何故だかそう確信できた。たわいもない話をして、同じ場に立っているかのような錯覚をしてしまっていた。
相手は七人の悪魔のうちの一人。そう悪魔なのだ。




