18羽:あなたに愛を
「さて、そろそろ答え合わせをするか」
怒って半分泣き出してしまった甘菜が落ち着くまで多少の時間がかかったが、それまでに支部長側からの追撃はなかった。今は先ほどの戦闘が嘘のように静まり返っている。
集まった二人に声をかけ、大智が緊張の面持ちで何か話そうとしたところを、恭介がそっと遮る。
「お前も一緒に聞いてくれるよな、"アズミ"……いや、【烏】と呼んだほうがいいか?」
恭介が誰もいない暗闇に向かって声をかける。
大智と甘菜が首を傾げていると、誰もいないはずの暗闇からぬるっと影が立ち上がり、やがて一つの形となる。
「ひぃっ、お、おばけ!?」
甘菜が咄嗟に転移し、恭介の後ろに回り込む。
突如として現れたその影は、黒塗りのまさに影人形という佇まいであった。先ほどの恭介と同じように鳥を模した仮面を付けており、【烏】と呼ばれるに相応しい風貌をしていた。
「……まったく私が上げた能力だけで、圧倒されちゃあお手上げだなぁ」
「うぇ、女の子……!?」
甘菜が驚くのも無理はない。おどろおどしい風貌の烏から聞こえた声は、少女と思われる可愛らしい声だった。
「その恰好はなんだ、俺への当てつけか?」
「いやいや、本家はこっちだからね、もう。まあ君が活躍しだしてから、諜報役の【烏】、なんてキャラを生み出したのも事実だけどっ」
【烏】もといアズミと呼ばれた彼女は、その影をまた変化させ、今度は声相応の少女の姿へと変わっていった。
「はい、ご紹介に預かりました、アズミでーす。今は1区の支部長なんかやってるよ。よろしくね♡」
「……」
「……」
一体いくつだろうか。高校生と見るには小柄かもしれないが、恭介達よりかは間違いなく年下だろう。
小悪魔風の角の生えたフードが付いたパーカーをラフに着こなし、片方の肩は露出している。ちょっと背伸びした中学生、と言われても納得しそうな幼いルックスとちんまいボディが目に映る。それでいてどこか色気の様な、不思議な魅力を醸し出していた。
髪はおさげのように二つに結び、肩口からすっと滑らかに伸びている。左頬には小さなピンク色のハートマークがトレードマークとばかりに主張していた。
茶目っ気たっぷりに答えたアズミに対してリアクションが返せない大智と甘菜。やがて、ハッとしたように二人でひそひそ話を始めだす。
「え、ちょ……支部長が若いって話は聞いてましたけど、こんなのありなんですか!?」
「いや、私も直接会ったことはなくて……。というかこんな可愛い子のことなんで黙ってたの恭君!?」
挙句の果てには恭介に飛び火をする始末。
「も~、主役を置いて盛り上がるなんてひどいなぁ。何か私に聞きたいことなんかないの?」
先ほどの戦闘の緊張感はどこへやら、軽く同級生に声をかけるかのような気さくさで話しかけるアズミ。遠慮しがちだった甘菜もおずおずと質問を投げかけてみる。
「えっと、あの、アズミ……さん? は、恭君とどんな……ご関係なんでしょうか」
「飼い主と下僕♡」
「先輩後輩の仲だな」
アズミの返答にぎょっとする甘菜に、真に受けるなと冷静に訂正する恭介。俺の1個下で高校の時少しなと、恭介のフォローが入る。
「ふむふむ……恭君の1個下……って今18歳なんですか!?」
「ん~、それはどういう意味での驚きかなぁ?」
地雷を踏んでしまったかと慌てて口を手で塞ぐ甘菜だが、アズミはニヤニヤするだけで、別段怒っているようなそぶりは見せなかった。
「その、支部長さんがなんで俺なんかを……いえ、すごい迷惑と言うか、問題起こしたのは自覚と言うか、反省はしてるんですけど……」
申し訳なさげに質問をしたのは大智だ。
これは今回の騒動の根幹にも関わる部分だ。ん~と顎に指を当て、少し考えるそぶりを見せるアズミだったが、やがてあっけらかんと答えた。
「愛、かな!」
「あ、愛……!?」
「そう! 愛! ラブアンドピース♡」
「お前はちょっと黙ってろ」
アズミの頬を押しのけ、笑顔で愛とのたまう輩を引き離す恭介。
「さっき答え合わせをすると言ったが、そのためにはもう一人、役者がいるだろう?」
「……!!」
静かだが鋭く大智に切り込んだその言葉から、恭介には本当に検討がついているようだった。やがて、大智が観念したかのように歩き出す。向かう先にあるのは、未だ赤い熱量を持って燃え盛る、大智が必死に庇っていたあの大火球だ。
「ずっと待たせてすまなかったな……もう出てきていいんだ、霞」
その言葉が合図になったのか、大火球が萎み出す。
その中央には行方不明となっていた大智の妹、霞の姿があった。今まで火球に包まれていたにも関わらず、全く汗はかいていない。
「え、え、霞ちゃん!? 無事でよかった……。あれ、でもなんで?」
日野 大智の妹、日野 霞。
彼女は今日、大智との面会に訪れた後、夕暮れ時になっても家に戻らず、大智が美紗達の静止を振り切って探していたはずだ。それが今二人は一緒にいて……。大智が霞を隠す理由はないし、能研ともこれ以上敵対するようなことはなかったはずだ。
「俺達は最初から勘違いをしていた。いや、そう仕組まれたと言っていいだろうな」
「勘違い……?」
横でニヤニヤしているアズミは、口出しをする気はなさそうだ。大智も今は霞と手を取り、その場に唇をかんで佇んでいる。
「まず大智が炎使いだということ、それ自体が嘘だ」
「え、え?」
「本当の、炎の異能『紅焔』の使い手は日野 霞。大智の妹だろう」
「えええええ~~~~!?」
甘菜の驚きも無理はない。
大智は組手の時も、逃走の時もずっと炎の能力を使っていた。それが嘘だと言えること自体が信じられない。しかし、とんでもないことを告げられた日野兄妹は、反論もせず俯いたままだ。
「霞ちゃんが本当の炎使い……じゃあ大智君が炎の能力を使ってたのはどういうこと!?」
当然の疑問とばかりに甘菜が反論する。
一つとして同じ能力はない。それが能力者の、いやこの世界の常識だ。例え兄妹だからといって、そんな簡単にシェアできるような能力があるとは考えづらい。
「そうだな、それについては大智の本当の能力が鍵だ」
「本当の……!? も、もう話についていける自信がないんだけど……!」
「それについては、俺から説明します」
頭から煙が出そうな甘菜にバトンタッチを申し出たのは、今回の騒動の中心人物、大智だ。申し訳なさそうに全体を見渡した後、静かに語りだしたのは、驚愕の真実だった。
「俺の本当の能力は『略奪者』。触れた対象の能力を奪える力です。」




