15羽:持たざる者達
「はぁはぁ……」
大智は肩で息をしながら辺りを眺める。
武装した仮面の集団に囲まれてどれぐらい経っただろうか。真後ろの大火球を警戒してかは知らないが、攻めはやや散発的。彼らは特戦員と呼ばれる、能研の戦闘員だ。
恭介から以前説明されたことがある。
彼らは非能力者でありながら、能力を扱うものだと。
言い得て妙だが、何も間違いではない。
種は簡単で、能力者は別にいて、その能力により恩恵を受け戦っているのだ。そういう能力者は”能力付与系”と呼ばれ重宝されている。
自身にその能力をかけ前線に立つこともできるが、複数人に付与できるのであれば、そちらに優先度を傾けたほうが運用に幅ができていい。そして、特戦員の直属の上司である開発部部長こそ、その大本の能力者なのである。
"能力付与系"は彼以外にもいるし、本質ではなくても技能の一つとして使えるものもいる。
しかし、彼の能力は何百人といる特戦員をほぼ一人で抱えるほどの規格外のキャパシティを持つ。つまるところ、特戦員は開発部部長の私兵のようなものであり、戦闘班や偵察班はその恩恵を受けている、というのが開発部の構造だった。
「……!!」
猛スピードで繰り出された槍が”日輪”の耐久値をがりがりと削っていく。
攻めは散発的といえど、相手は訓練された兵隊だ。彼らは警察官やその候補生などから選抜されるという。元から逮捕術や武道に精通している人材に能力が与えられているのだから、その手ごわさは推して知るべし、というものだ。
能力に開花した後に能研に所属したものは、当然肉体強化や体力向上を目的とした訓練も積む。だがどちらかというと、能力の扱いに時間を割く傾向が強い。
そのため単純に真正面からやりあった場合、戦闘力と言う面では特戦員に分が上がることもままある。それを後押しするのが、特戦員達に付与された”身体強化能力”だ。厳密には違うが、開発部部長の能力は「身体強化能力者を量産する能力」とも言えるだろう。
(これ以上防ぎきれない……!)
“日輪”の耐久の限界を悟った大智は、牽制にしか使用していなかった炎を前面に押し出そうとする。能研を敵に回したとはいえ、何も見境なく能力を行使して人を傷つけようとは思っていない。
ただ大智にも譲れないものがある。守るべきものがある。
教育係の恭介や妹共々お世話になった甘菜には、弁明のしようがない。目をかけてくれて、能力者としての大智を初めて受け入れてくれた人。でももう止まれない。例えこの先破滅が待っていようとも、それが大智の選んだ道なのだから。
なかば苦し紛れに炎を自身の周りに展開していると、不意に特戦員の影からもう一人別の特戦員が割って入ってきた。彼は大智には直接狙いを定めず、その後ろにある大火球を目指しているようだった。
「そんなこと……!」
それは今の大智にとって、なんとしてでも死守しなければいけないもの。
手前の特戦員を”日輪”で跳ね返す。嫌な音を立て崩れる”日輪”を気にもせず、すり抜けようとする別の特戦員に遮二無二攻撃を繰り出す。圧縮された手のひらサイズの火球が特戦員の脇腹を抉り、激しく吹っ飛んでいく。
大の大人が吹っ飛ぶその火球は、それだけで暴力の塊だ。
壁に打ち付けられ、動きが止まる。追い打ちをかけるように服には火が燃え移り、その特戦員を呑み込まんとしていた。
「あ……そんなはずじゃ……」
無我夢中で放った一撃は、人ひとりを殺しうる力だった。
現に今も身動きしない特戦員に、炎の追い打ちをかけている。今の大智には炎を操作し消し去る力はない。何より今もなおほかの特戦員達に囲まれて、身動きが取れない状態だ。
人の命を奪いかねない、いやひょっとしたら奪ってしまったかもしれない中で、激しく精神を揺さぶられる。息が思うようにできず、手足が痙攣したかのように嫌な汗と震えが止まらない。
一瞬にも永遠にも感じる時の中で、最初に動いたのは吹っ飛ばされた特戦員のほうだった。
「え……?」
燃え盛る服を乱暴に掴み、破き払いのける。露出する肌に火傷の跡はない。
平然と散歩でもするかのように歩き、落とした武器を拾い上げに向かう。周りの特戦員達も致命傷を受けたかに見えた彼には目もくれず、大智の警戒をするのみ。
いかに特戦員が優秀でタフだといっても、あれをくらって無傷なのはおかしい。
周りを囲む仮面の集団の前で、大智は一人言いようのない不安を感じる。無事だったという安堵もある。だが今の大智の目には、彼らが人でない何か得体の知れないものにしか見えなかった。
動揺の収まりきらない中、不意に腹部に鈍い痛みを感じ世界が傾く。埃や砂利に塗れ数秒、ようやく自分が地面に転がっているのだと認識した。
「なんっ……がはっ!?」
体が痛みに悲鳴を上げ、口からは血が漏れる。
どうやら別の特戦員から投擲された武器が腹に突き刺さり、吹っ飛ばされたらしい。幾度となく大智の窮地を救った”日輪”は先の戦闘の流れで壊れていたため、直撃を免れなかった。
特戦員の武器は一様に黒く染まった剣や槍が主流だ。
中には長柄の斧やハンマー持ちまでいる。
幸いにも彼らの武器の刃の部分は潰されており、殺傷力という意味では威力が落とされていた。しかし彼らの膂力から放たれる投擲の一撃の威力は、決してばかにできない。現に大智は一撃で戦闘不能にまで追い込まれていた。
「げほっげほっ……はは」
霞む景色の中で自嘲気味に笑う。
自分には過ぎた能力だと思っていた。特区に来たのも、単に家庭の事情だ。いざ異能の力を手に入れると、持て余し先行きを不安に思うことのほうが多かった。それでも大事な人を守るために、愛する人を救うために、使えると知った。
こんな自分一人では何もできない能力だからこそ、愛する人も、受け入れてくれた人も、全てを騙してでも、この能力で生きていこうと決めた。……そう決めたんだ。
「……待てよ」
大智を素通りし、大火球に向かっていた特戦員達の動きが止まる。
今の大智は満身創痍だ。ただでさえ不利な一対多数の状況の中で、勝ち目は薄いだろう。それでもまだ大智は立てるし、無理をすれば動ける。自分自身に建てた誓いを、そう易々と破るわけにはいかない。
何よりこの程度で音を上げていいほど、大智の罪は軽くない。
大智の状態とはうってかわり、後ろに控える大火球は依然強い熱と存在感を放っていた。その対処に向かっていた特戦員も、今一度大智に向き直る。ただ根性だけで立っている大智に、複数の特戦員が躍りかかったその時――
黒い影が疾走する――
数人きれいにまとめて吹っ飛ばされ、大智の前には一人の影が佇むのみだった。
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