14羽:灰色の世界の中で
工場地帯で火柱が燃え立ち、戦闘音が響き渡る。
いよいよ始まったかと浮足立つ特戦員達を美紗がなだめながら、甘菜に話を振る。
「いよいよ始まったわね。甘菜、中を覗くことできる?」
「うん。場所にもよるけど、たぶんリアルタイムで見れると思う」
甘菜の能力『指定転送』。
転移系の能力として見れば、希少性を加味しても低いC+の評価。それは本人と接触している数人しか連れて移動できず、転移にも時間を要するためだ。だが彼女の能力には別の使い道もある。
『指定転送』で飛べる転移先は甘菜が一度行ったことがある場所や、目の見える範囲に限られる。ただその過程でまずは、転移先を指定しなければならない。そこを逆手に取り、頭の中に浮かぶMAPから転移先の情報を安全に探ることができるのだ。
能力行使時、灰色のMAPの中で、甘菜はふわふわ宙に浮いているような状態らしい。
地面に降りて探すことも、上から見下ろして探ることもできる。人や動物なども正確に見えるが、それは能力発動時のタイミングで動きが止まっている。転移位置が一度訪れた場所であれば色が付き、その場にいる人などの現在の様子も見える、とのことだった。
能力ランク自体は攻撃力の高い、危険性のある能力を主に図る指標という位置づけだ。
甘菜の能力はそれだけで判断する人には決して分からない、優秀な探索能力と言えた。使用中は無防備になるため、戦闘中にはおいそれと使えないが、護衛役の恭介達がいるこの状況下では問題ないだろう。
美紗達が見守る中、甘菜が自身の能力『指定転送』を発動する。
甘菜の意識は虚空に飛び、灰色の世界を渡り、やがて目的の工業地帯中心にたどり着いた。転移位置を決める段階で索敵をONにすると、灰色の景色は一変し下方には数人の集団が見えた。
中心にいるのは大智。真後ろには、人ひとり呑み込むような大火球が鎮座している。
その周りを半円状に囲み牽制するのは、十数人の能研戦闘員。仮面を付け、黒一色に染まった槍や剣などで武装した集団だ。数回すでに戦闘があったのだろう。一部服装を焦がし、後ろに下がっている戦闘員も数名いた。
その中で、大智は”日輪”を展開しつつ、大火球を守るかのように立ち塞がっている。
すでに大智と能研の捕獲班は衝突していた。
今更ではあるが、己の目で確認をしたその事実に甘菜は胸を締め付けられる。まだ衝突前であれば、恭介達が間に入り、事態を収められたかもしれない。美紗達にはすでに敵対行為を取ってはいたが、幸い目立った負傷はなかった。
これ以上早まったことをしてくれるなと、敵にならないでくれと、最後まで願っていたその思いは届かなかった。何より今現在大智を取り囲んでいるのは、支部長が放った部隊。つまり大智は明確に、能研の敵として認識されてしまったのだ。
もはや結末は変わらないかもしれない。
諦観を抱きそうになるが、甘菜一人で終わらすわけにはいかない。これ以上の猶予はないと、甘菜は能力を中断し意識を体へと引き戻した。
恭介達が見守る中、甘菜は見たままの事をそのまま伝えた。その間にも激しい戦闘音が遠く響いてくる。重苦しい雰囲気の中、口を開いたのは恭介だった。
「大智に対しているのは、特戦員十数名。ほかにはいなかったか?」
「え? う、うん……見えた範囲ではほかにはいなかったと思う」
質問の意図が分からず、首を傾げながらも先ほどの状況を思い起こし肯定する甘菜。
「別におかしなことじゃないでしょ。何が言いたいのあんた?」
甘菜の気持ちを代弁するかのように、疑問を投げかけたのは美紗だ。間髪を入れずに恭介が答える。
「最初に大智を追っていたのは美紗達だ。抜擢されたのは大智を無傷で捕えられる確率が高かったから」
「それで?」
「その代わりに出したのが、特戦員十数名。彼らは近接戦闘メインだ」
「それはそうだけど……」
ようは理に叶ってないと、恭介はそう言いたいのだろう。
ランクA-の発火能力者を相手にして、近接戦闘メインでは立ち回りに不安が残る。能研の1支部とはいえ、能力の分かった相手に相性のいい部隊を用意するなど造作もないことだ。その考えでいけば美紗達が追撃チームから外される道理はない。
仮に外されても、ほかに相性のいい能力者を持ってくるのが筋だ。
「支部長がわざわざ動くくらいなんだから、子飼いの特戦員なんでしょ。なんにせよこれ以上あたし達の出る幕はないわ」
お偉い方の損得勘定まで計算していられないと、美紗は両手を上げる。
実際後は大智を捕まえ、事態は収束。それ以上のことにはなりえないと、半ば確信しているようだった。美紗に相手にされなかった恭介だが、ふと横にいる剛に話を振る。
「剛さん、もう戻ってきましたか?」
「いや、全然。……ほんとに戻ってくるのか?」
「おそらくは」
それっきりで会話は終わってしまい、恭介はまた思案に耽るようになってしまった。近くで会話を聞いていた甘菜達は怪訝な顔をしながらも、深く追及することはなかった。
戦闘音が断続的に響く中、思考を一まとめしたのか、恭介が美紗に近づいてくる。
「美紗、お願いがある」
「なによ」
「俺を大智の元まで行かせてくれ」
「ちょ、あんたまだ言ってるの!?」
大人しくなったかと思ったらこれである。
しかしここまで恭介が拘るのも珍しい。美紗は恭介と組んで何度か任務に当たったことがあるが、指示に忠実でもめ事や面倒を起こすということは今までなかった。もちろんそういう話を聞いたこともない。
一時期ソロで躍起に活動していた時期もあったが、破天荒と無法者の違いぐらい美沙にも分かっていた。
「今回の件は一つ一つ不可解な点がある。だいたいの目星は付けているが、現場にいけばそれが確信に変わるはずなんだ」
「あんたねぇ……」
強情な恭介に呆れたのか、返す言葉がない美紗だったが、次に答えたのは甘菜だった。
「大智君を助けに行くんでしょう? なら私も連れて行って」
「甘菜まで!?」
甘菜は非戦闘員だ。
調査で現場に赴くことはあっても、戦闘真っただ中の現場に行くことは本来あり得ない。転移能力という貴重な能力のため、すぐに変わりがきかないのも事実ではあったが、全くこの強情カップルはことごとく美紗を困らせることには余念がないようだ。
「行くなら俺一人で行く。甘菜や美紗達に迷惑をかけるわけにはいかない」
「どうせ行くならすぐ飛べる私が一緒のほうがいいでしょ。そもそもこうして話してる時間も惜しいし」
「甘菜……!」
「私も行く」
ああ、ほんとにこいつらは……。
「美紗、行かせてやれ」
「剛……」
「甘菜も何も戦場のど真ん中に飛ぼうなんてわけじゃないんだろう?」
確かめるように剛が話をふる。
甘菜は肯定し、押し黙った美紗と恭介に真摯に伝えるように言葉を紡ぐ。
「私の仕事は恭君を目的地に送ること。いざとなれば大智君を連れ出す役も必要になるかもだし、お願い」
甘菜も本気のようだった。
恭介は特に甘菜に危害が及ぶようなことだけは避けたかったが、今は何より時間が惜しい。それに回収役が控えているのであれば、動きも楽になる可能性が高い。
「あんた達はもう……ほかの特戦員に下手に勘繰られる前にさっさと行きなさい」
観念したかのように美紗がGOサインを出す。
「いいのか?」
「どうせ恭介が本気出したら、あたしが止めることなんてできないし。あ、分かってると思うけど、あたし達に迷惑かけないでよね。……それで全部解決してさっさと全員で戻ってきなさい」
ばーっと捲し立てた後、話はこれで終わりだと言わんばかりにそっぽを向く美紗。恭介達は感謝を告げ戦場へと身を投じるのだった。




