12羽:悪魔の手の鳴るほうへ
待機すること数分。
大智の情報を届けてくれたのは、後を追っていた特戦員達ではなく甘菜だった。
「大智君、霞ちゃんを探しに行ったみたいなの」
「妹を……?」
「うん、申し訳ないけど先に何か分かったらと思って、一度寮に行ってみたの」
甘菜がそこで見つけたのは、鳴り響く大智の携帯だった。
相手は大智のご両親で、先ほどまでやり取りしていたらしい。両親曰く、妹の霞が日が落ちた時間になっても戻らないと。警察に相談するかと話していたところ、突然大智が「俺が行く」と言い出し電話を切ってしまった、とのことだった。
軽率な行動は大智の立場をさらに悪くする恐れがある。
両親も今度は別の意味で慌ててしまい、なんとか連絡がつかないか繰り返し電話していたところ、甘菜が出たという形だ。
「大智の行動としては分からなくもないが……」
「霞ちゃん、やっぱりどこか体調悪かったのかな……」
「あんた妹ちゃんとは仲良かったもんね」
飛んできた甘菜と合流し、情報を共有する恭介達。剛は相変わらず腐っているので、放っておくことにした。
寮の部屋で3人で騒いだ時も、妹の話は出てきていた。
はたから聞いていてもけっこうな溺愛ぶりで、あの様子を知っている二人にとっては、大智が取り乱して寮を飛び出す行動自体は十分に考えられた。
ただ、一方で疑問もある。
「妹が心配だとして、事情が分からない中での行動だ。美紗達と敵対し、さらに問題を増やすのは愚策だ。大智らしくない」
「あら、さすが教育係。分かってる~」
「茶化すな。ただ、そうだな……今回の件はもっと何か、大智を駆り立てる別の要因があったのかもしれない」
大智の行動をなんとか理解しようとする恭介。
ただその行為すら、今の状況では私情を挟んでいると自覚はしている。前科がある身で監視役の静止を振り払い、あまつさえ攻撃して逃亡したともなれば、もはや擁護はできない。
美紗達に協力を仰ぐという手もあったはずだ。
それが能研預かりの身という、高ランクゆえにある程度自由が許された立場すら蹴り、大智は何をそんなに焦っていたのか。いずれにしろ今回の大智の一連の行動は、能研の顔に泥を塗ったようなものだ。
Aランク能力者といえど、能研を敵に回して無事に済むはずはない。
ならばせめて、教育係であった自分が決着をつけなければならない。恭介にはもはや止めようのない大きな流れが、悪い方向に舵が切られてしまったのを感じざるを得なかった。
*
大智の逃走に至った経緯は、大まかであるが分かった。
後は今の逃走先だが、姿をくらませた妹の居場所を探したほうがいいかもしれない。当てもない中で探すのには時間を要するだろう。そう思った矢先、追跡に出ていた特戦員から情報が入ってきた。
そこは甘菜が一度訪れたことがあった場所。
そのため、甘菜の能力『指定転送』で即合流することができた。
「ここは……」
恭介は来たことはないが、見覚えがある場所だった。開けた工場地帯、そう大智拘束へと繋がった炎上事件があった場所だ。
「何の因果か知らないけど、ここもまた燃やされたりしたらたまったもんじゃないわね」
炎上事件の爪痕は今も残っている。
黒ずんだ燃えカス、えぐれた地面。本当に人への被害がなかったことだけが救いだった。先にたどり着いた特戦員達は、中に踏み込まず外で待っていた。
「状況は?」
「日野 大智がここに入ったのは間違いありません。今はほかの入り口も別の所員が包囲しつつあります。外に出たとの情報はありません。後は確保に乗り出すだけです。ただ……」
「なによ?」
すらすらと報告を進めていた特戦員の一人は最後に言い淀んでしまう。
「……それが美紗さん達が合流する前に、別の指令がありまして。合流組は入口包囲のみで、中には踏み込むなと。確保にはすでに別動隊が動いているとのことです」
「はあ!?」
現状、追跡の指揮をとっていたのは美紗だ。
そこを飛ばし、現場に直接変更指示が送られている。特戦員達が従っていることからも、さらに上からの指示と予想された。それでも美紗は間髪入れず噛みついた。
「あのね、日野 大智の監視役を任されていたのはあたし。そこには日野 大智が逃走や暴走をした際の、文字通り火消し役も含まれているわ。上からの指示はなるべく傷つけないように鎮圧すること。貴重なAランク能力者だからね。私より強い人なんてごまんといるけど、その条件を満たしているのはそう多くないと思うけど?」
対する特戦員も思うところはあったのか、すぐさま言葉を返す。
「もちろん美紗さんの技量を疑っているわけではありません。私達とて同じ監視役を任された身。逃走を許してしまった責任もあります。叶うのならば、その職責を最後まで全うする覚悟でいました」
どちらも引かず、やり場のない憤りだけが場に渦巻いている。
特戦員の所属は戦闘班と思われがちだが、実際は少し違う。
能研の中には大きな括りとして開発部と研究部があり、戦闘班は開発部に所属している。戦闘班を束ねるリーダーには戦闘班班長がおり、荒くれが集う戦闘班をまとめ上げる、その実力は申し分ない。
ただ悲しいかな戦闘面での実力しか伴っておらず、こと細かい作戦指揮や人の配置などは全てまとめ役の班員達に丸投げされている。ここでは美紗がまさにその立ち位置だった。
「埒が明かないわね。あんた達の上と言うと開発部部長? あの人がこんなチグハグな指令を出すとは思えないけど」
そう特戦員は開発部部長の直属に当たる。
特戦員は戦闘班や偵察班と組んで行動することも多く、その時は各班のリーダーの指示に従うのが基本となっている。部長職のものは多忙であり、細かい作戦に一々指示を出したり、逆に特戦員側が指示を請うということはめったにない。
「はい、部長からの指令ではありません。もっと上です」
「もっと上って……まさか支部長直々に!?」
重々しく頷く特戦員。
正確にはその指令を持ってきた【烏】が伝えた話ではあったそうなのだが、それでは流石に勝手に動くわけにもいかない。美紗も苦々しい表情を浮かべているが、それ以上食って掛かることはしなかった。
能研内には6人の支部長がいる。
本部を中心とし、特区の中に扇状に広がる区域をそれぞれが独自に管理している。世代交代などはあっても、基本的には不動の立場。なぜならその6人全員が最上位S+ランクの能力者であり、おいそれと代わりを用意することはできないからだ。
また彼らを束ねる本部長も、S+ランクのバリバリの武闘派。
その7名は畏敬の念を込めて【七人の悪魔】と呼ばれている。人間兵器と評される彼らは、例えAランク能力者が束になってもどうにかできる存在ではない。
ワンランク違いではあるが、その差は歴然。正に人外の域にいる怪物達なのだ。




