11羽:影に落ちる
日野 大智が逃走した。にわかには信じがたい一報が恭介の元に届いた。
制服に着替えなおし、指定された場所へと移動した恭介を迎えたのは、戦闘班所属の二人。尼木 美紗と野津木 剛だった。恭介の先輩にあたり、大智の監視役を務めていたのがこの二人だ。
美紗は一言で言ってしまえば、ギャルだ。
髪を茶髪に染め、能研の戦闘服にもところどころにアレンジを加えている。ただ見た目はそうだが、話してみると理知的なところもあり、不真面目を装いつつも要領がいい。
なんだかんだ面倒見もいいことから、よく頼られているところを見かける。周りに脳筋が多いというのも、その要因の一つであろうが。
そして彼女を悩ませる脳筋筆頭が、隣で何故か凹んで座り込んでいる剛だ。
彼は見た目にも分かりやすい、がっちりとした体育会系。両手には金属製の籠手を装備している。能力的にも前線を張ることが多く、後方支援がメインの美紗とはよく組まされている。
普段は明るく快活な彼だが、今は体育座りで体をぎゅっと丸め、何やらぶつぶつと呟いている。控えめに言っても不気味の一言である。
能力ランクは両者ともB+。実戦部隊としては十分なレベルで、実績もある二人組だ。
「話を聞く前に……剛さんは何故こんな状態に?」
「そんなのあたしが聞きたいわよ。日野 大智とやりあってからずっとこの調子で。調子狂うわ」
「……大智とやりあったのか」
剛の状態も心配だが、彼にどこか負傷した形跡はない。何か意気消沈しているだけのようなので、とりあえずはほっとく。問題はやはり、大智だろう。
「とりあえずあたし達が持っている情報を、経緯を含めて話しておくわ」
「頼む」
美紗と剛が大智の監視に付けられたのは、大智が能研の寮に越してきたときから。つまりほぼ最初からである。
大半の戦闘班の面々は、工場火災を引き起こしたのが大智とは知らないが、彼らは事前に知らされている。なんといっても、前科のあるA-ランクの能力者だ。能力的に囲いこみたいのはもちろんだが、うっかり中に入れて支部ごと燃やされました、ではあまりにもずさんすぎる。
事実そうできるほどの力を持っているだけに、監視を置かない選択肢はなかっただろう。恭介には直接知らされてはいなかったが、監視役がつくとは思っていたので、演習でよく時間を合わせてきていた二人は怪しいと睨んでいた。
「あんたもだいたい察してたと思うけど、監視役はあたし達」
自身と隣でいまだに凹んでいる剛を指さし、こともなげに告げる。頷く恭介を一瞥し、連絡を取るまでの出来事を振り返る。
「今日あんた達がプチ宴会してたのも見てたけど、実際そこまでは全く問題なかったのよ」
一応話の内容とか最低限のプライバシーは守ってるわよ、と付け加える美紗。
当初前科持ちということで、若干はらはらしながら見守っていたそうだが、大智の行動は至って真面目。生活習慣もきちんとしたものだったそうだ。届け出なしの外出をすることもなく、監視役としては、逆に退屈なぐらいだったとか。
ただ問題は、日が暮れ夜に切り替わろうかという時間帯に起こった。
今までルールを破ったことのなかった大智が、急に寮を飛び出したらしい。当然届け出なし及び夜間の外出を制限しているわけなので、明確なルール違反だ。
美紗は剛とほか戦闘員3名を連れて先回りした。
戦闘員は能力者ではないが、戦闘能力的には身体強化能力者と遜色ない。装備はそれぞれ刃を潰した剣や槍などの武器と、顔には揃いの白い仮面をつけていた。彼らは特区の戦闘員、通称『特戦員』と呼ばれ、能研の兵隊とも恐れられている。
美紗達を含めれば、Aランクの能力者相手といえど、十分渡り合える戦力であった。
「あたし達も何も最初からやりあうつもりはなかったわよ。警告もしっかりしたし、人数差もあったから。あいつならばかな真似はしないと思ってた」
二人は監視役という立場ではあったが、ひた向きで実直な大智の人柄や行動を目にしている。何よりこんな大っぴらに問題を起こして、今後どうなるかを考えないほどばかではないだろうという思いがあった。
だが大智は警告を聞いてなお、とんでもない行動に及んだらしい。
「時間がないとかなんとか言ってたけど、あいつはほとんど会話自体する気はなかったみたい。その後にすぐ火の玉が飛んできたから」
彼の身に何があったのか。
その凶行に及ぶちょっと前には寮の部屋で、ばか騒ぎをしていたのに。なにか無理をしていたようには見えなかった。だとしたら、異変があったのは別れた後ということだろうか。
「あれには流石に驚いたけど、そこまでされてあたし達も何もしないわけにもいかない」
全力で止めに行ったと、告げる美紗。
まずは各自展開し、剛が真っ先に抑えに行った。大智が”日輪”を発動する前に捕まえようとした直後、何故か逆に剛が組み伏せられていたらしい。
剛の能力は『武勇紋章』。それぞれ効果が違う5種類の紋章を操り、主に身体強化して戦う能力者だ。鍛え抜かれた肉体と合わせると、大智が力で返せるとは到底思えない。
抑えられた剛を案じ、動きが止まる特戦員達。その中で次に動いたのは美紗だった。
「剛が逆に抑えられたのは驚いたけど、あたしの能力には関係ないから。まとめて浮かせてやったのよ」
美紗の能力は『空中浮遊』。物でも人でも、範囲内の対象を浮かせる能力だ。どれだけ強力な能力を持っていても、地に足がついた状態でなければ、実力を発揮できないのは当然。
流石に大智も戸惑ったようで、しばし空中で揺られるがままになっていたらしい。
「そのまま寮にぶち込んでやろうと思ったのに……今思い返しても意味分かんない!!」
子供のように地団駄を踏む美紗。なんとか宥めつつ続きを促すと、少し頬を膨らませながらも続きを話し始めた。
なんでも能力を解除したわけでもないのに、突如効果が途切れ地面に逃れられたらしい。剛は打ち所が悪かったのかなかなか立ち上がらず、大智は迫る特戦員には目もくれず美紗に向かってきた。
その動きも今までとは全く違う速度で、美紗は近くから放たれた火球を避ける動きで精いっぱい。空中に逃れた美紗の目には、煙が邪魔をしなかなか大智の姿が把握できず、気が付いたら抜けられていたらしい。
「それでも特戦員が足止めして、剛が戻ってきたらまだ十分戦えたのに、あいつら何してたと思う!?」
煙が晴れ、飛び込んできた光景に美紗は唖然とした。
剛は相変わらず動けていなかったが、特戦員の3名はその前にしっかり大智を追っていた。それが今は先ほどの大智よろしく空中でふわふわ浮いていたというのだ。
ようはうまく出し抜かれ、大智に逃亡を許したわけだが、美紗の立腹ももっともだ。
『紅焔』の能力を考えれば、決して下手な攻め方ではなかったはずなのに、結果は大失態。納得がいかないのも分かるし、同情もしたくなる。
まず第一に大智には身体強化の能力はない、はずだ。
ずっと隠していたなら大したものだが、組手の中でもぎりぎりまで勝ちを狙っていたことからも、どこか腑に落ちない。身体強化は基本の底上げには優秀だが、そこまで初見殺しにもならず、明確な切り札とも言えない能力だからだ。
組手の頃からの大智の振る舞いが、恭介の頭の中で再生される。
その後の剛の戦闘不能は予想外にしても、ほかに納得がいかない要因を上げるとすれば、それは美紗の能力『空中浮遊』から逃れたことだろう。これは正直どうやって抜け出したか、全くわからない。
チラリと横目で見ると、美沙は未だに不服顔だ。余程悔しかったのだろう。
恭介も美紗と組手をした時にやられたが、機動力を奪われるということは、想像以上につらい。特戦員が逆に浮いていたというのも謎だ。今の段階では現実的な対策に結びつけるには難しいだろう。
思考の海に沈んでいた意識を引き上げる。
なんにせよ大至急追跡チームを立ち上げ、追いかけなければならない。大智の真意は分からないが、状況的に見たら好戦的なAランク能力者が野に放たれたということにほかならないからだ。
ただその辺りは美紗も分かっているようだ。
監視チームにいた特戦員にはすでに追跡をしてもらっているらしい。また甘菜にも連絡を取り、能力を使った探索を行ってもらっているとのことだった。
「先にあんたに連絡したら繋がらなかったから、甘菜呼び出して引っ張ってきてもらおうとしたんだけど『今、恭君きっとシャワー浴びてるだろうから恥ずかしい~』とかなんとか言って、はいごちそう様みたいな」
「……」
恭介の行動は甘菜には筒抜けらしい。
遠くを見つめ、何か考えていた恭介はやがて何かを諦めたような顔を作り、美紗に向き直る。
「で、俺はどうしたらいい? 闇雲に動くのは得策ではないと思うが」
「あんたには確定した情報が入り次第向かってもらう。それに……」
各所とやり取りしつつ、包囲網を狭めていく美紗。
彼女はこうした指揮も優秀だった。そして、さっと言おうとして失敗した言葉を、今度ははっきり口にする。
「あんたがわざわざ教育係に選ばれた理由。もう分かってるでしょう?」
そう、普通に考えたら入所から1年ちょっとの新人を、高ランクの問題児につけるのはおかしい。実績のあるベテランでもいいし、複数人のチームで対応してもいい。
そうしなかったのは、恭介にある役割を期待しているからだ。
「ああ……俺が大智を捕らえる」
前線で戦える精神系能力者。すなわち対人戦、特にタイマンにおける圧倒的な相性の良さ、もとい戦闘力を買われてのことに違いなかった。
静かに決意を述べる恭介。
そんな彼の下に大智の移動先の情報が流れ込んできたのは、それから少し経ってからのことだった。




