10羽:霞にまぎれて
ほどなくして恭介と甘菜は帰っていた。
帰りは甘菜の瞬間移動で一緒に帰ってしまったので、ほんとに感慨に浸る間もなくあっという間だった。
「精神系能力者、か」
二人を見送った後、ベッドに背中から倒れこみ、ぼそりと呟く大智。
精神系能力者。それは身体強化能力者と対極に位置する存在と言っても過言ではない。
フィジカルで圧倒する戦い方ではなく、催眠や幻覚などの搦め手を使い翻弄するタイプだ。型にはまれば強く、能力によっては初見殺しも十分狙えるだろう。恭介の用心深さはそういうところからも来ているのかもしれない。
弱点としては、非力で撃たれ弱いこと。体力的には非能力者との違いは全くないからだ。
精神系能力者を相手にするときは、能力者本人を叩くのがセオリー。それなのに恭介は身体強化系並に動けるという、相反する能力を兼ねそろえた極めて特殊な存在と言える。
恭介の事だ、きっとまだ見せていない技能も複数隠し持っているだろう。天井をぼーっと見上げ、思わず苦笑してしまう。
「前線で戦える精神系能力者か……反則だよ、そりゃ勝てないわー」
大智は投げやりに枕を宙に投げる。そのまま落ちてきた枕に顔を埋めて、ウッという埋めぎ声と共に力なく転がるだけだった。
*
大智が能研に身を寄せ、1週間が過ぎようとしていた。
恭介のしごきは相変わらずだが、能力の使い方もこなれてきて、見た目には善戦できるようになっていた。
ほかの戦闘班の面々ともある程度打ち解けることができ、中身の濃い生活を送っている。彼らは大智の事情は知らないみたいで、責められたり、そういった目で見られないことはありがたかった。
ただ己の罪が消えるわけではない。
いずれはこの能力を用い、戦闘に出ることにもなるだろう。はっきり言って、日常生活に収めるには持て余さざるを得ない能力だ。ならばせめて、この能力を使って人のためになることをしたい。人を傷つけるだけの能力でも、使い道があると信じたい。
「……ねぇ、お兄ちゃん!」
「……あ、ああ、なんだ霞」
「もーっ、話聞いてるの! せっかく可愛い妹が会いに来てるのに」
「はは、悪い悪い」
ここは能研の面会室だ。
妹の霞は学校帰りや休みの日に、よく顔を出してくれている。恭介はあまり直接絡むことはないが、甘菜とはよく一緒に話をしていることから、霞も懐いているようだ。
妹にも寂しい思いをさせている。
年の離れた妹ということもあり、大智は霞を大層可愛がっていた。妹の霞も兄にはべったりだったため、今回の件はショックが大きかっただろう。胸を張って自分から会いに行けるように、今はやれることをこなしていくだけだ。
「……それでね、最近ちょっとおかしいだけど」
「ん? どうした?」
さっきまで元気に学校や友達の話をしていた霞だが、急に小声になり俯きだした。あまり大きな声で話せない話なのか、大智の耳元までとてとてと近寄り小声で囁いてくる。
「私ね、最近お兄ちゃん見ると、なんだか胸が熱くて……」
「……!!?」
「少しの間、ギュッてしてもいい?」
お、おお、おおおおおおちつ、おちけつ、じゃないおちつけ大智。実の妹、しかも年の離れた小学生の妹だ。妹のことは好きだ。目に入れても痛くないほどに。むしろ愛していると言ってもいい。ただそれは家族としてだ、当然、もちろん、オフコース。
不意な言葉に気が動転してしまう。
ただ妹の前ではできる兄を気取っている身としては、誠意ある対応をせねばなるまい。心意は分からないが、まずは自分が落ち着く意味も込めて、発言の意図を探ろうとする。
「はは、どうした霞……っ」
触れた肩は小刻みに震えていた。
すっと冷える頭と共に変に浮かれた自分をぶん殴りたくなった。霞は兄である大智にべったりだった。不安じゃないはずがない。心配じゃなかったはずがない。いったいどれだけ負担をかけていたのだろうか。
会いに来てくれた時は、いつも明るく元気で、こっちが励まされていたぐらいだ。
明確にいつ帰れるか、今後どうなるか、そういったことは話せていない。今のこの環境がいつまで続くのかすらも。先ほどの煩悩は消え、気づけば妹の体を引き寄せ、頭からしっかり抱き寄せていた。
「心配かけてごめん、霞」
「お兄ちゃん……」
「今はまだどうなるか分からない。でもちゃんとお前に会いに行けるように、全力を尽くすよ。だから待っててほしい」
「うん……」
妹を守るのは兄として当然の務めだ。
何よりこの能力と共に生きると誓った、あの日を忘れないために。大智は決して歩みを止めることはないだろう。
*
「あ、大智君」
「甘菜さん。恭介さんも。お疲れ様です」
お疲れー、と挨拶を返すのは車椅子に乗った甘菜だ。後ろには恭介も控えている。
「さっき霞ちゃんとすれ違ったけど、面会に来てたんだね」
「そうですね、いつもよく妹の話し相手になってくれてありがとうございます」
いいよいいよ、とやんわり微笑む甘菜。
恭介はあまり話に加わるつもりはないのか、少し離れたところで壁にもたれ掛かり、腕組みをしている。
「さっきちらっと見ただけだけど、霞ちゃん具合悪かったの?」
「え、具合悪いというか……心配はかけちゃってたのかなとは思いますけど」
先ほどの醜態を思い出し、思わず顔をそらしてしまう。不思議な顔をする甘菜だったが、ほかに話もないようで、恭介に声をかけている。
「なんか顔が赤くて、声かけてもぼーっとしてたみたいだったから。余計なお世話だったらごめんね。それじゃ」
「いえ、心配してくれてありがとうございます」
会釈を返し、甘菜達を見送る。
外見上、体調面では特に気になったところはなかったが、熱が出ていたらたいへんだ。病は気からと言うし。おそらく面会を終えた後はそのまま家に帰るだろう。
自分はあまり自由に動ける身ではない。申し訳ないが、親には戻ったらよく見てもらうようにしておこう。己の不甲斐なさを呪い、今は家族にメッセージを送るしかなかった。
しかし、夕方になっても彼女は帰ってこず、その夜最悪な知らせが届くことになろうとは、この時は彼自身知る由もなかった。
*
電話の鳴る音が響く。
恭介は能力者となって以来、特区にて一人暮らしをしている。
安いマンションの一人住まいだが、不都合もなく過ごしている。たまに甘菜が断りもなく襲撃してくること以外は。シャワーを浴びていたからか、電話の鳴る音に気づけなかったようだ。
やかましく鳴る音を遮るように、体を拭くこともそこそこに電話に出る。
「はい」
「あっ、ようやく出たな。呑気にシャワー浴びてる場合じゃないし!」
「……美紗か。なんで俺の行動を知ってるのかは知らんが、何かあったのか」
「何かあったのか、じゃないわよ! ……いい、よく聞いてよね」
「日野 大智が逃走したわ」




