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二人旅~朴念仁は日本全国制覇する!~  作者: 涙目


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7/12

第七話 清水の舞台から見える景色

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

「次は清水寺に行きましょう!」


 湯豆腐の店を出たところで、藤宮さんがそう告げた。


「清水寺ですか」


「はい! 京都に来たなら、一度は見ておきたい場所ですよ!」


 清水寺。


 清水の舞台から飛び降りる、ということわざなら知っている。


 ただ、実物を見たことはない。


「ここから遠いんですか?」


「京都市の東山区にあります! 途中までは公共交通機関で移動できますよ!」


「途中まで、ですか」


「はい! 最後は坂道を歩きます!」


 ……坂道。


 第六話の終わりに感じた嫌な予感は、どうやら当たったらしい。


「ちなみに、どのくらい歩くんですか?」


「大丈夫です! お店もたくさんありますから、見ているうちに着いちゃいますよ!」


「……距離の説明になっていませんけど」


「ふふっ、行けばわかります!」


 どうにも信用できない。


 俺は念のため地図で経路を確認してから、藤宮さんの後を追いかけた。


◇


「……本当に坂ですね」


 清水寺の近くまで移動した俺たちを待っていたのは、観光客で賑わう上り坂だった。


 道の両側には土産物店や飲食店が並び、観光客が思い思いに店を覗いている。


「悠真さん、あれ見てください!」


 藤宮さんが指さした先には、色鮮やかな陶器が並んでいた。


 湯呑み、茶碗、小皿、花瓶。


 同じ焼き物とは思えないほど、模様も形も異なっている。


「清水焼ですよ!」


「清水焼?」


「京都の伝統的な焼き物です! このあたりは昔から焼き物と関係が深い地域なんですよ!」


「へえ……」


 俺は店先に並ぶ器を眺めた。


 青い模様の描かれた小さな湯呑み。


 花をあしらった皿。


 光沢のあるものもあれば、土の質感を残したものもある。


「……随分と種類があるんですね」


「そうなんですよ! いろいろな技法や作風があるんです!」


「清水焼と聞いて、一種類の焼き物だと思っていました」


 名前は一つでも、作られる器はさまざまらしい。


 先ほど食べた湯豆腐を思い出す。


 あの店でも、料理ごとに異なる器が使われていた。


 普段はあまり気にしないが、器によって料理の印象も変わるのかもしれない。


「悠真さん、気になるものがありました?」


「この湯呑みですね」


「おっ! 買います?」


「いえ、今日は見るだけにしておきます」


「そうですか?」


「家にある食器を確認してからでも遅くないでしょう」


「ふふっ、悠真さんらしいですね!」


 藤宮さんが小さく笑った。


 店を離れ、再び坂を上り始める。


 土産物店の軒先には、扇子や和菓子、漬物なども並んでいた。


 目的地へ向かう道そのものが、一つの観光地になっているらしい。


 歩いていると、店先から香ばしい匂いが漂ってきた。


「あっ、美味しそう!」


「……さっき昼食を食べたばかりですよ?」


「見るだけです!」


 そう言いながら、藤宮さんは店先を覗き込んでいる。


 ……本当に見るだけだろうか。


 少し待っていると、彼女がこちらへ戻ってきた。


「悠真さん!」


「はい?」


「美味しそうなお団子がありました!」


「……買ったんですか?」


「買ってませんよ!」


「それは意外ですね」


「ひどい!」


 不満そうな声を上げる彼女に、思わず笑ってしまった。


 そのまま坂を進んでいくと、やがて前方に大きな門が見えてきた。


 鮮やかな朱色の柱。


 堂々とした屋根。


 その向こうにも、寺院の建物が続いている。


「着きましたよ!」


 藤宮さんが振り返った。


「ここが清水寺です!」


◇


「清水寺って、いつ頃できたんですか?」


 境内を歩きながら尋ねると、藤宮さんは少し考えてから答えた。


「七七八年に開かれたと伝えられています!」


「七七八年……」


 思い当たることがあった。


「それって、平安京より前じゃないですか?」


「そうなんです!」


 京都への遷都は七九四年。


 つまり、清水寺は京都が都になる前から存在していたことになる。


「てっきり、都になってから建てられた寺だと思っていました」


「そう思いますよね!」


 京都といえば平安京。


 そんな印象が強かっただけに、意外な事実だった。


 俺は目の前の木造建築を眺める。


「……この建物も、当時のものなんですか?」


「いえ、今の本堂は江戸時代に再建されたものなんですよ!」


「建て直されているんですね」


「はい! 何度も火災に遭っているんです」


 千年以上の歴史があるからといって、すべての建物が創建当時のまま残っているわけではないらしい。


 それでも、長い年月を経て同じ場所で信仰が続いている。


「……建物が失われても、寺そのものは残るんですね」


「そうですね」


 藤宮さんが静かに頷いた。


 そのとき、前を歩いていた観光客の列が少し動いた。


「あっ、悠真さん! こっちです!」


 彼女に続いて進む。


 そして、目の前の景色が大きく開けた。


◇


「……おお」


 広々とした木造の舞台。


 その向こうに広がる山々と、遠くの京都の街並み。


 建物が山の斜面から張り出すように造られている。


「清水の舞台ですよ!」


 藤宮さんが隣で言った。


「これが……」


 実際に立ってみると、想像していたよりも開放感があった。


 舞台の向こうには緑の山々が広がり、その先に京都の街が見える。


 青空の下、夏の日差しを受けた木々が鮮やかに輝いていた。


 しばらく景色を眺めていると、ふと気になった。


「……これだけ張り出していて、大丈夫なんですか?」


「舞台の下には、大きな木の柱が組まれているんですよ!」


「柱ですか?」


「はい! あとで少し離れたところから見てみましょう!」


 藤宮さんはそう言って、建物の構造について教えてくれた。


 清水寺の本堂には、懸造りという建築方法が用いられているらしい。


「かけづくり……」


 初めて聞く言葉だった。


 調べてみると、急な斜面などに柱を立て、建物を支える建築方法だという。


「……こんな場所に木造の舞台を造るなんて、相当な技術が必要でしょうね」


「昔の大工さんって、本当にすごいですよね!」


 俺は舞台の床へ視線を落とした。


 多くの人々が行き交う木造の建物。


 これほどのものを建て、修理しながら使い続けているというのだから、感心する。


「それにしても、よくこの場所に建てようと思いましたね」


「ふふっ、確かに!」


 藤宮さんが笑った。


 俺はもう一度、遠くに広がる街並みを眺めた。


 先ほどまで歩いていた賑やかな参道が、随分と遠く感じられた。


◇


「そういえば、清水寺って世界遺産なんですよ!」


 舞台を離れ、境内を進んでいるときのことだった。


「世界遺産ですか」


「はい! ただ、清水寺だけが登録されているわけじゃないんです!」


「どういうことです?」


「『古都京都の文化財』という世界遺産の一つなんですよ!」


 聞き慣れない名前だった。


 俺はスマートフォンで調べてみる。


「……十七か所?」


「そうです!」


 画面には、いくつもの寺院や神社、城が表示されていた。


 金閣寺。


 銀閣寺。


 平等院。


 二条城。


「あれ、二条城もあるんですね」


「はい! 今回の旅行でも行く予定ですよ!」


「そうでしたね」


 世界遺産と聞くと、一つの建物や場所を思い浮かべてしまう。


 しかし、古都京都の文化財は、複数の場所をまとめて登録したものらしい。


「登録は一九九四年……」


 さらに一覧を確認して、思わず手が止まった。


「……滋賀県?」


「気づきました?」


「京都の世界遺産なのに、滋賀県大津市も含まれているんですか?」


「そうなんですよ!」


 画面には、京都市や宇治市とともに、大津市の名前が載っていた。


 京都府だけで完結しているわけではないらしい。


「……世界遺産って、府県をまたぐこともあるんですね」


「そうですね!」


 俺は地図を表示し、構成資産の位置を確認した。


 京都市内に集まっているものもあれば、離れた場所にあるものもある。


「十七か所全部を回るのは、簡単じゃなさそうですね」


「そうなんですよ! でも、いつか全部見てみたいです!」


「……藤宮さんなら、本当に回りそうですね」


「もちろんです!」


 迷いのない返事だった。


 俺は画面に表示された二条城の位置を確認した。


 今回の旅行では、まだ訪れていない場所だ。


 清水寺とは、また違った歴史があるのだろう。


 そのとき、藤宮さんが声をかけてきた。


「悠真さん、そろそろ移動しましょう!」


「はい」


 スマートフォンをしまい、彼女の後を追った。


◇


 境内を進んでいくと、先ほど立っていた舞台を少し離れた場所から眺めることができた。


「……ああ、これが」


 目の前には、巨大な柱が複雑に組み合わされた木造建築が広がっていた。


 先ほどまで立っていた舞台が、その上に載っている。


「こうして見ると、構造がよくわかりますね」


「でしょう!」


 俺はスマートフォンを取り出し、写真を撮った。


 すると、藤宮さんがこちらを見た。


「あっ、悠真さん!」


「はい?」


「せっかくですし、一緒に写真を撮りませんか?」


「……二人でですか?」


「はい! 記念写真です!」


 そう言って、彼女がスマートフォンを掲げた。


「まあ、構いませんけど」


「やった!」


 藤宮さんが隣へ並ぶ。


 周囲の通行を妨げない場所へ移動し、背後に清水寺の舞台が入るよう角度を調整した。


「悠真さん、もう少しこっちへ!」


「はい」


「もっと寄ってください!」


「……これ以上ですか?」


「二人とも画面に入らないじゃないですか!」


 言われるまま、少し近づく。


 すぐ隣に藤宮さんの顔があった。


 ……近いな。


「じゃあ、撮りますよー!」


 シャッター音が鳴った。


 彼女が画面を確認する。


「……あはは!」


「何ですか?」


「悠真さん、顔が固いです!」


「写真を撮られ慣れていないので」


「もう一枚撮りましょう!」


「……まだ撮るんですか?」


「はい! 今度は笑ってくださいね!」


「急に言われても……」


「はい、笑顔!」


 藤宮さんが満面の笑みを浮かべる。


 その勢いにつられ、思わず笑ってしまった。


 カシャッ。


「あっ! 今のいい感じです!」


 画面には、清水寺を背景に並ぶ二人の姿が写っていた。


 満面の笑みを浮かべる藤宮さん。


 その隣で、少しだけ笑っている俺。


「あとで送っておきますね!」


「ありがとうございます」


 彼女は嬉しそうにスマートフォンをしまった。


 俺はもう一度、舞台へ目を向ける。


 こうして写真に残しておけば、あとから見返すことができる。


 何年か経って、今日のことを思い出す日も来るのだろうか。


 そんなことを考えていると、藤宮さんが再び歩き始めた。


「最後に、音羽の滝へ行きましょう!」


◇


「音羽の滝ですか?」


「はい! 清水寺の名前にも関係している場所なんですよ!」


 彼女に案内されて進むと、やがて水の流れる音が聞こえてきた。


 岩肌から流れ落ちる水。


 三筋に分かれた流れの下には、参拝客が列を作っている。


「ここが音羽の滝です!」


「へえ……」


 大きな滝ではない。


 だが、寺の境内にこうして水が流れている光景は、どこか厳かな雰囲気があった。


「清水寺の始まりには、この滝にまつわる伝承があるんですよ!」


 近くの案内を確認する。


 清らかな水が流れるこの場所が、清水寺の歴史と深く結びついているらしい。


「……清水という名前にも、理由があるんですね」


「そうなんです!」


 列に並び、順番を待つ。


 周囲には、静かに水を受ける人々の姿があった。


 俺たちも案内に従い、順番に水を受けた。


 健康で、平穏に暮らせますように。


 そう願い、静かに手を合わせる。


 ……貯金が増えますように、と願おうかとも思ったが。


 それは自分で頑張るべきだろう。


 隣を見ると、藤宮さんも手を合わせていた。


 いつも明るく話している彼女にしては、珍しく静かな表情だった。


 何を願っているのだろう。


 少し気になったが、尋ねるのはやめておいた。


 願い事は、本人だけが知っていればいい。


◇


 清水寺を出る頃には、日差しも少し傾き始めていた。


「今日は結構歩きましたね」


 俺がそう言うと、藤宮さんがスマートフォンを確認した。


「おお! 歩数がすごいことになってます!」


「でしょうね」


「悠真さん、足は大丈夫ですか?」


「少し疲れましたが、問題ありません」


「よかったです!」


 俺は近くの店で冷たい飲み物を買い、藤宮さんにも一本渡した。


「はい、どうぞ」


「ありがとうございます!」


 二人で日陰に入り、少し休憩する。


 参道には、まだ多くの観光客が行き交っていた。


 土産物店から聞こえる声。


 遠くに見える京都の街並み。


 そして、手元の冷たい飲み物。


「悠真さん」


「はい?」


「清水寺、どうでした?」


「よかったですよ。特に舞台は、下から見た方が印象に残りました」


「そうなんですか?」


「ええ。あの構造は、見ていて飽きませんね」


「ふふっ、悠真さんらしい感想ですね!」


 藤宮さんが笑った。


「私は、舞台から見える景色が好きなんですよ!」


「ああ、あれも綺麗でしたね」


「それに、写真も撮れましたし!」


 彼女は先ほど撮った写真を表示してみせた。


 清水寺を背景に並ぶ二人。


 改めて見ると、なかなかいい写真だった。


「……写真、送ってもらってもいいですか?」


「もちろんです!」


 すぐに通知が届いた。


 画像を保存しようとして、ふと手を止める。


 普段、俺のスマートフォンには仕事の連絡や買い物の記録ばかりが残っている。


 誰かと一緒に撮った写真など、いつ以来だろう。


「……悠真さん?」


「いえ、何でもありません」


 俺は写真を保存し、スマートフォンをポケットにしまった。


「さて、そろそろ移動しましょうか」


「はい! 今日はもう十分歩きましたし、少しゆっくりしましょう!」


「助かります」


 藤宮さんが立ち上がり、俺もその後に続いた。


 坂道を下りながら、ふと振り返る。


 先ほどまで歩いていた清水寺への参道。


 朱色の門は、もう建物の向こうに隠れていた。


 だが、あの舞台の景色も、複雑に組まれた木の柱も、しっかり覚えている。


 そして、スマートフォンには一枚の写真が残っていた。


 ……帰ったら、今日撮った写真を整理してみるか。


 そんなことを考えながら、俺は藤宮さんとともに坂道を下っていった。

お読み頂き、ありがとうございます。



参照:- [音羽山 清水寺「巡る」](https://www.kiyomizudera.or.jp/map.php?utm_source=chatgpt.com) — 仁王門、本堂、舞台、音羽の滝、境内の位置関係。


- [音羽山 清水寺「交通」](https://www.kiyomizudera.or.jp/access/index.html?utm_source=chatgpt.com) — 清水坂などの参道、2026年時点の拝観時間。


- [京都府「世界遺産 清水寺」](https://www.pref.kyoto.jp/isan/kiyomizu.html?utm_source=chatgpt.com) — 778年の開山、江戸時代の再建、懸造り。


- [京都市「古都京都の文化財」](https://www.city.kyoto.lg.jp/bunshi/page/0000005538.html?utm_source=chatgpt.com) — 1994年登録、17の構成資産、京都市・宇治市・大津市。


- [京都伝統工芸協議会「京焼・清水焼」](https://www.kougei-kyoto.jp/kougei/%E4%BA%AC%E7%84%BC%E3%83%BB%E6%B8%85%E6%B0%B4%E7%84%BC?utm_source=chatgpt.com) — 清水焼の産地と特徴。


- [清水寺門前会](https://www.monzenkai.com/?utm_source=chatgpt.com) — 参道の案内、サイト掲載物の著作権・無断複写等の禁止表示。本文は掲載文章を転載せず、地理的事実を独自に表現。

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