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二人旅~朴念仁は日本全国制覇する!~  作者: 涙目


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第五話 祇園祭と動く美術館

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 コンチキチン。


 コンチキチン。


 祇園囃子が響き渡る中、巨大な山鉾がゆっくりと進んでいく。


 太い綱を引く大勢の人々。


 掛け声に合わせて回転する車輪。


 建物のような大きさの山鉾が、人の力によって動いていた。


「悠真さん、どうですか!」


「……想像以上ですね」


 隣で藤宮さんが嬉しそうに笑った。


 目の前を通り過ぎる山鉾には、色鮮やかな織物や精巧な装飾が施されている。


 屋根の下では囃子方が演奏を続け、鉦や笛、太鼓の音が絶え間なく聞こえてきた。


「これ、どのくらい重いんですか?」


「鉾によっては十トンを超えるものもあるんですよ!」


「……十トン?」


 思わず綱を引く人々に視線を向けた。


 一万キログラム以上。


 乗用車を何台も合わせたような重量だ。


 それを人力で動かしているというのだから、驚くしかない。


「よく動かせますね」


「みんなで息を合わせるんですよ!」


 確かに、綱を引く人々の動きには統一感があった。


 掛け声が上がると、山鉾が進む。


 速度は決して速くないが、その分、一歩一歩の動きに重みがある。


「ちなみに、これが何基もあるんですよね?」


「はい! 前祭の山鉾巡行には二十三基が参加するんです!」


「前祭?」


「祇園祭には前祭と後祭があって、後祭の山鉾巡行は七月二十四日なんですよ!」


「ということは、今日だけじゃないんですね」


「そういうことです!」


 俺は通りの先へ目を向けた。


 すでに通過した山鉾もあれば、これからやってくる山鉾もある。


 それぞれに異なる装飾が施されているのだから、見比べるだけでも楽しめそうだ。


 まさに、動く美術館。


 そんな言葉が似合う光景だった。


◇


「そういえば、巡行の順番はどうやって決めるんですか?」


 次の山鉾を待っている間、ふと気になって尋ねた。


 これだけ多くの山鉾が参加するのなら、順番を決める必要があるはずだ。


「くじですよ!」


「……くじ?」


「はい! 七月二日に、くじ取り式が行われるんです!」


 祭りの順番をくじで決める。


 意外な方法だった。


「全部くじなんですか?」


「いえ! 順番が決まっている山鉾もあるんですよ!」


「へえ」


「例えば、長刀鉾です! 前祭では毎年先頭を進むんです!」


「ああ、最初に通り過ぎたという山鉾ですね」


「そうです! 長刀鉾みたいに、くじを引かない山鉾を『くじ取らず』って言うんですよ!」


「くじ取らず……」


 わかりやすい名前だ。


「ちなみに、どうしてくじで決めるようになったんですか?」


「昔、巡行の順番を巡って争いが起きたことがあって、公平に決めるために始まったそうですよ!」


「それなら納得できますね」


 先頭を進みたい町もあれば、重要な位置で巡行したい町もあるのだろう。


 全員の希望を聞いていたら、簡単には決まらない。


 だからこそ、くじという方法を採用した。


「……合理的ですね」


「悠真さん、そこに注目するんですか?」


「え?」


「装飾とかじゃなくて、順番の決め方に興味を持つんですね!」


「気になったので」


 藤宮さんが小さく笑った。


「でも、確かに面白いですよね! 私も最初に知ったときは驚きました!」


 彼女はそう言って、通りの先を指さした。


「あっ、次の山鉾が来ましたよ!」


 視線を向けると、先ほどとは異なる装飾を施した山鉾が近づいていた。


 同じ祭りに参加していても、それぞれに特徴がある。


 なるほど。


 何基も見る意味が、少しわかった気がした。


◇


「悠真さん! そろそろ辻回しですよ!」


「……ああ、例の方向転換ですね」


「そうです!」


 俺たちが観覧している場所の近くには、御池通から新町通へ曲がる交差点がある。


 山鉾巡行の見どころの一つである、辻回しが行われる場所だ。


 藤宮さんは、どうやら最初からここで見るつもりだったらしい。


「よく見える場所を調べておいてよかったですね」


「そうですね! でも、今日は人が多いので、無理に前へ行かないようにしましょう!」


「ええ」


 俺たちは観覧客の流れを妨げない場所で、山鉾が近づくのを待った。


 やがて、巨大な鉾が交差点の手前で停止した。


 周囲にいた人々が作業を始める。


「……何をしているんですか?」


「車輪の下に竹を敷いているんですよ!」


 目を凝らすと、確かに地面に竹が並べられていた。


 さらに、その上へ水が撒かれていく。


「どうして竹と水を?」


「鉾の車輪って、自動車みたいに向きを変えられないんです。だから、車輪を滑らせて方向転換するんですよ!」


「……なるほど」


 巨大な山鉾を見上げる。


 確かに、あの大きさでは普通の車のように曲がれないだろう。


 だからといって、何トンもの重量を滑らせるというのも、簡単な話ではないはずだ。


 曳き手たちが綱を持ち直す。


 周囲から掛け声が上がった。


「エンヤラヤー!」


 次の瞬間。


 ギギギギッ!


 重たい音とともに、巨大な鉾が横方向へ動いた。


「……おおっ!」


 思わず声が出た。


 鉾の向きが、わずかに変わっている。


 周囲から拍手が起こった。


 しかし、まだ曲がり切っていない。


 再び竹を敷き直し、水を撒く。


 曳き手たちが綱を構える。


「エンヤラヤー!」


 再び掛け声が響き、巨大な鉾が動いた。


 今度は、はっきりと角度が変わる。


「……すごいな」


 少しずつ向きを変えながら、鉾は交差点を曲がっていく。


 最後に進行方向が整うと、大きな歓声が上がった。


 俺も思わず拍手をしていた。


「どうでした!?」


「驚きました。まさか、あんな方法で曲がるとは」


「迫力ありましたよね!」


「ええ。それに、相当な技術が必要でしょうね」


 綱を引く力だけでなく、タイミングも重要なのだろう。


 大勢の人間が息を合わせなければ、あれほど大きなものを正確に動かすことなどできない。


「……これ、練習も大変そうですね」


「そうでしょうねえ!」


 藤宮さんが感心したように頷く。


 俺は遠ざかっていく鉾を見送った。


 さっきまで目の前にあった巨大な建造物が、ゆっくりと新町通へ進んでいく。


 その姿が建物の向こうへ消えるまで、しばらく目を離せなかった。


◇


「少し休憩しませんか?」


 辻回しを見終えたところで、俺は藤宮さんに声をかけた。


「えっ? もう疲れました?」


「疲れもありますけど、水分補給をしておきたいので」


「あっ、そうですね!」


 朝から人混みの中を歩き回っている。


 京都の夏は、想像以上に暑かった。


 近くで飲み物を購入し、日陰に入って休憩する。


「いやあ、よかったですねえ!」


 藤宮さんは冷たいお茶を飲みながら、満足そうに息を吐いた。


「特に辻回し! 何度見ても飽きません!」


「以前にも見たことがあるんですか?」


「ありますよ! でも、毎回わくわくするんです!」


「そういうものですか」


「はい! 曳き手さんたちの掛け声とか、山鉾が動く瞬間とか!」


 彼女は身振りを交えながら、先ほどの光景を話してくれた。


 その様子を見ていると、本当に祭りが好きなのだと伝わってくる。


 俺も飲み物を一口飲んだ。


 遠くから、まだ祇園囃子が聞こえている。


「そういえば、祇園祭って、そもそも何のための祭りなんですか?」


「あっ、それはですね!」


 藤宮さんがこちらを向いた。


「疫病を鎮めるために行われた御霊会が、始まりとされているんですよ!」


「疫病?」


「はい! 昔、都で疫病が流行したときに、災いを鎮めようとしたんです!」


「へえ……」


 疫病。


 現代なら、まず医療機関を頼るだろう。


 だが、医学が十分に発達していなかった時代には、神仏へ祈ることも重要だったのかもしれない。


「ちなみに、いつ頃の話なんですか?」


「八六九年です!」


「八六九年……」


 頭の中で計算する。


 二〇二七年から八六九年を引くと、千年以上前になる。


「……そんな昔から続いているんですね」


「そうなんですよ!」


 俺は、先ほど見た山鉾を思い浮かべた。


 あの巨大な建造物を組み立て、装飾し、巡行させる。


 それだけでも相当な手間がかかるはずだ。


 しかも、毎年である。


「……準備する人たちは大変でしょうね」


「そうですねえ。山鉾を建てるところから、いろんな人が関わっていますから!」


「維持するのにも費用がかかるでしょうし」


「あはは! 悠真さんらしいですね!」


「いや、気になったので」


 どれほど立派な伝統でも、続けていくには人手が必要だ。


 道具を守る人。


 技術を受け継ぐ人。


 祭りを運営する人。


 そして、それを支える地域の人々。


 先ほどの光景は、そうした積み重ねによって成り立っているのだろう。


「……今日だけの話じゃないんですね」


「え?」


「いや、祭りって当日だけじゃなくて、準備から全部含めて祭りなんだなと思いまして」


 藤宮さんは少し驚いたような顔をした。


 それから、静かに頷いた。


「……そうですね」


 いつもの元気な声ではなく、落ち着いた返事だった。


 俺たちはしばらく、遠くから聞こえる祇園囃子に耳を傾けた。


◇


「あっ、そういえば!」


 休憩を終えようとしたところで、藤宮さんが口を開いた。


「京都には、ほかにも有名な祭りがあるんですよ!」


「そうなんですか?」


「京都三大祭って聞いたことありません?」


「……名前は知らないですね」


「祇園祭、葵祭、時代祭です!」


「葵祭と時代祭……」


 初めて聞く名前だった。


「ちなみに、いつ行われるんですか?」


「葵祭は五月十五日、時代祭は十月二十二日ですね!」


「全部違う時期なんですね」


「そうなんですよ! だから、季節を変えて京都に来るのもおすすめなんです!」


「なるほど」


 俺はスマートフォンに名前と日付をメモした。


 祇園祭、七月。


 葵祭、五月。


 時代祭、十月。


「……悠真さん、メモしてるんですか?」


「せっかく教えてもらったので」


「ふふっ、そういうところ、真面目ですよね!」


「忘れたらもったいないでしょう」


「確かに!」


 藤宮さんが嬉しそうに笑った。


 こうして記録しておけば、あとから調べ直すこともできる。


 それに、京都へ来る機会がまたあれば、参考になるかもしれない。


「じゃあ、今度は葵祭を見に来ましょうよ!」


「……今度?」


「はい!」


「まだ今回の旅行が始まったばかりですけど」


「予定は早めに考えておいた方がいいんですよね?」


「……それとこれとは別でしょう」


「あはは!」


 どうやら、以前に俺が言ったことを覚えていたらしい。


 まったく。


 こういうところは妙に抜け目がない。


◇


「さて、そろそろお昼にしましょうか!」


 藤宮さんが立ち上がった。


 時計を確認すると、すでに昼を過ぎている。


 朝から歩き回っていたせいか、腹も減ってきた。


「京都といえば、何を食べたいですか?」


「……何があります?」


「いろいろありますよ! 湯豆腐とか、京料理とか、京漬物とか!」


「湯豆腐?」


「はい!」


「……豆腐ですよね?」


「そうですよ!」


 思わず聞き返してしまった。


 豆腐なら、普段から食べている。


 わざわざ京都まで来て食べるものなのだろうか。


「京都の湯豆腐は有名なんですよ!」


「そうなんですか?」


「はい! 特に南禅寺のあたりは有名ですね!」


「南禅寺……」


 知らない名前だ。


 あとで場所を確認しておこう。


「ちなみに、お値段は?」


「お店によりますけど、ちゃんとした御膳やコースだと結構しますよ!」


「……豆腐なのに?」


「あはは! そう思いますよね!」


「スーパーで買えば、かなり安いんですが」


「でも、お店で食べる湯豆腐は、また違うんですよ!」


 藤宮さんは自信満々に頷いた。


 確かに、料理の値段は材料費だけで決まるわけではない。


 調理する手間もあれば、店の設備やサービスにも費用がかかる。


 それくらいは理解している。


 ただ、それでも豆腐という食材に高級な印象はなかった。


「……何が違うんですか?」


「それは食べてからのお楽しみです!」


「説明してくれないんですか?」


「私が説明するより、実際に食べた方がわかりますよ!」


 そう言って、藤宮さんは笑った。


 俺は少し考える。


 今日見た山鉾も、写真だけでは実際の迫力を理解できなかった。


 ならば、食べ物にも似たようなことがあるのかもしれない。


「……わかりました。食べてみましょう」


「本当ですか!?」


「ええ。ただし、先にお店の値段を確認させてください」


「もちろんです!」


 藤宮さんがスマートフォンを取り出し、周辺の飲食店を調べ始めた。


 俺も隣から画面を覗き込む。


 湯豆腐。


 京料理。


 豆腐料理。


 検索結果には、さまざまな店が表示されていた。


「……結構ありますね」


「京都は美味しいものがたくさんありますから!」


「では、場所と営業時間を確認しましょうか」


「はい!」


 藤宮さんが候補をいくつか選び、俺が現在地からの移動経路を確認する。


 先ほどまで祭りを楽しんでいた通りから、少し離れることになりそうだ。


「悠真さん、ここはどうですか?」


「……ああ、よさそうですね」


「じゃあ、行きましょう!」


 藤宮さんが歩き始める。


 俺もスマートフォンをしまい、その後を追いかけた。


 正直なところ、湯豆腐がどれほど特別な料理なのかは、まだわからない。


 ただ、一つだけ言えることがある。


 普段なら、豆腐を食べるために店を探すことなど絶対にしなかっただろう。


 ……さて。


 京都の湯豆腐とは、いったいどんなものなのだろうか。

お読み頂き、ありがとうございます。

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