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二人旅~朴念仁は日本全国制覇する!~  作者: 涙目


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4/12

第四話 そうだ、京都へ行こう

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 七月十七日、土曜日。


 午前五時。


「……眠い」


 スマートフォンのアラームを止め、布団から身体を起こした。


 普段なら、休日にこんな時間から起きることはない。


 だが、今日は京都へ旅行に行く日だ。


 しかも、つい先日まで赤の他人だった女性と。


「……改めて考えると、変な話だな」


 顔を洗い、朝食を済ませ、着替える。


 昨晩まとめておいた荷物を、最後にもう一度確認した。


 財布、スマートフォン、モバイルバッテリー、着替え、折り畳み傘。


 藤宮さんから教えてもらった持ち物も、忘れずに入れてある。


「……よし」


 戸締まりを確認し、家を出た。


 まだ朝早いというのに、外は既に蒸し暑い。


 今日は随分と暑くなりそうだ。


 そんなことを考えながら、名古屋駅へ向かった。


◇


「悠真さーん!」


 名古屋駅の待ち合わせ場所に到着すると、聞き覚えのある声が響いた。


 視線を向けると、大きなリュックサックを背負った藤宮さんが手を振っていた。


 初めて出会ったときと同じ、元気いっぱいの姿だ。


 ただし、今日は段ボールを持っていない。


「おはようございます、藤宮さん」


「おはようございます! いよいよですね!」


「そうですね。無事に着ければいいんですが」


「そこは大丈夫ですよ! 新幹線も予約してますし!」


「まあ、そうですね」


 藤宮さんは俺の顔を覗き込んだ。


「あれ? 眠そうですね?」


「五時起きでしたから」


「私は楽しみで四時間しか寝られませんでした!」


「……もう少し寝た方がいいですよ」


「旅行の日って、わくわくするじゃないですか!」


「小学生ですか」


「よく言われます!」


 よく言われるのか。


 それはそれで問題な気がする。


「それじゃあ、行きましょう!」


「はい」


 二人で新幹線の改札へ向かう。


 今日から三日間。


 俺にとっては、久しぶりの観光旅行だ。


 どんな三日間になるのか、今はまだ想像もつかない。


◇


 新幹線に乗り込むと、藤宮さんは早速窓側の席に腰を下ろした。


「新幹線って、何度乗ってもわくわくしますよね!」


「そうですか?」


「はい! これから遠くへ行くんだなあって!」


 俺は隣の座席に荷物を置き、予約内容を確認する。


 列車も座席も間違いない。


 しばらくすると、発車を知らせる案内が流れた。


 新幹線がゆっくりと動き出す。


 駅のホームが後方へ流れ、徐々に速度が上がっていった。


「……速いですね」


「新幹線ですから!」


「それはそうなんですが」


 普段は車ばかり使っているため、窓の外を流れる景色が新鮮だった。


 建物が並んでいたかと思えば、やがて田畑が広がる。


 遠くに山が見え、川を渡る。


 地図で見れば、名古屋から京都まで一本の線でつながっている。


 だが、その間にも街があり、人々の生活がある。


 当たり前のことなのに、実際に移動していると妙に気になった。


「藤宮さんは、いつも新幹線を使うんですか?」


「いえ! 高速バスも在来線も使いますよ! 行き先と予定次第ですね!」


「今回は祇園祭があるから新幹線、でしたね」


「そうです! せっかくなら山鉾巡行を見たいですから!」


 今回の旅行で、彼女が一番楽しみにしているもの。


 山鉾巡行。


 写真で見た巨大な山鉾が、実際に街を進んでいく光景。


 俺も少し興味がある。


「ところで、京都って新幹線だと大阪の手前でしたよね?」


「はい! 名古屋から向かうと、京都の次が新大阪です!」


「そうでしたね」


 予約するときにも確認したが、実際に乗っていると駅の位置関係を意識する。


 名古屋。


 京都。


 新大阪。


 今まで俺の頭の中では、それぞれ別の場所として存在していた。


 それが今、一つの路線でつながっている。


「……地図で見るのとは違いますね」


「でしょう!?」


 藤宮さんが嬉しそうに笑った。


「でも、まだまだですよ! 京都に着いたら、もっと面白いものが見られますから!」


「それは楽しみです」


 そう答えると、彼女は少し驚いたような顔をした。


「……悠真さん」


「何ですか?」


「今、普通に楽しみって言いましたね!」


「……言いましたけど」


「ふふっ、何でもありません!」


 何だろう。


 どうにも、俺が旅行を楽しみにすることが嬉しいらしい。


 そんな彼女を横目に、俺は再び車窓へ視線を向けた。


◇


「京都に着きましたよー!」


 藤宮さんに続いて新幹線を降りる。


 京都駅。


 名前は知っていたが、実際に降り立つのは初めてだった。


 ホームには大勢の人がいる。


 キャリーケースを引く旅行客。


 大きな荷物を背負った人。


 外国語で会話する人たち。


「……人が多いですね」


「今日は祇園祭ですからね!」


 改札へ向かいながら、構内の案内表示を確認する。


 JRの在来線。


 近鉄線。


 京都市営地下鉄。


 さまざまな路線が乗り入れている。


「近鉄って、奈良方面にも行けるんですよね?」


「そうですよ! 日帰りで奈良観光をする人もいます!」


「京都から奈良まで行けるんですか」


「はい! 電車で移動できますよ!」


 そう言われ、スマートフォンで地図を開いた。


 京都、大阪、奈良。


 名前は知っているが、それぞれの位置関係は曖昧だった。


 画面を拡大し、周辺の府県を確認する。


「……ああ、こうなっているんですね」


「何を見てるんですか?」


「京都府の位置です。大阪府や滋賀県と接しているんですね」


「そうですよ! それに、京都府には海もありますから!」


「……海?」


 思わず顔を上げた。


「京都って、海があるんですか?」


「ありますよ! 北側は日本海に面してます!」


 改めて地図を見る。


 京都市から北へ視線を移すと、確かに京都府の先に日本海が広がっていた。


「……本当だ」


「北の方には天橋立っていう有名な景勝地もあるんですよ!」


「天橋立?」


「日本三景の一つです!」


 日本三景。


 その言葉は知っている。


 ただ、三つすべてを答えろと言われたら、正直自信がない。


「それも京都府なんですね」


「そうなんです! 京都って、お寺や神社だけじゃないんですよ!」


 京都府。


 京都市。


 日本海。


 天橋立。


 それぞれの言葉は聞いたことがあっても、こうして位置を確認したことはなかった。


「……少し意外でした」


「ふふっ、こういう発見も旅行の楽しみですよ!」


 確かに、実際に京都へ来なければ、わざわざ地図を開いて調べることもなかっただろう。


「さて! 今日は京都市内を楽しみましょう!」


「はい」


 地図を閉じ、藤宮さんの後に続いた。


◇


 駅の外へ出ると、巨大な建物が目に入った。


「……これが京都駅ですか」


「そうですよ!」


 目の前には、ガラスや鉄骨を使った近代的な駅舎が広がっている。


 正直、少し意外だった。


「京都って、古い建物ばかりのイメージでした」


「そんなことないですよ! 普通に人が暮らしている街ですから!」


「……まあ、それはそうですよね」


 言われてみれば当然だ。


 歴史のある街だからといって、すべての建物が昔のままというわけではない。


 駅前には大きな建物が並び、車が行き交い、観光客だけでなく地元の人々も歩いている。


 ここには、普段の生活があるのだ。


「それじゃあ、そろそろ移動しましょうか!」


「山鉾巡行ですね」


「はい! もう始まってますから、急ぎましょう!」


 藤宮さんがスマートフォンで地図を確認する。


「今回は地下鉄で移動します!」


「バスではないんですか?」


「今日は交通規制がありますし、道路も混んでますからね!」


「それなら地下鉄の方がよさそうですね」


 大勢の人が集まる祭りでは、普段どおりに道路を移動できるとは限らない。


 地上の混雑を考えれば、地下鉄で近くまで向かうという判断は納得できる。


「では、案内をお願いします」


「任せてください!」


 藤宮さんが嬉しそうに胸を張った。


 こういうとき、京都に来た経験のある彼女は頼もしい。


 俺一人だったら、地下鉄の路線図とにらめっこしていたことだろう。


◇


 地下鉄を降り、地上へ出た。


 途端に、蒸し暑い空気が身体を包む。


「……暑い」


「京都の夏ですからねえ!」


 烏丸御池駅から御池通へ向かうと、周囲の雰囲気が変わった。


 歩道には大勢の観覧客が集まり、警備員が人々を誘導している。


 遠くには、祭りの関係者らしい衣装を着た人たちの姿も見えた。


「すごい賑わいですね」


「今日は山鉾巡行ですから!」


 藤宮さんは周囲を見渡しながら、進む方向を確認していた。


「先頭の山鉾はもう通り過ぎていますけど、後続が見られそうですね!」


「よかったです」


 ここまで来て、何も見られなかったら残念だ。


 彼女に続いて歩いていると、古い町家のような建物が目に入った。


 その隣には近代的なビルが建っている。


 さらに先には飲食店や商店が並び、人々が行き交っていた。


「……面白い街並みですね」


「そうですか?」


「古い建物と新しい建物が、普通に並んでいるので」


「ああ、確かにそうですね!」


 先ほど見た京都駅もそうだ。


 昔の建物だけが残っているわけではない。


 長い歴史の中で、新しいものが加わりながら街が続いてきたのだろう。


「そういえば、京都が都になったのは七九四年でしたっけ?」


「はい! 桓武天皇が平安京に都を移したんですよ!」


「ああ、鳴くよウグイス平安京、ですね」


「懐かしいですね!」


 学校で習った語呂合わせだ。


 まさか、こんなところで思い出すことになるとは思わなかった。


 千年以上前に都が置かれた街。


 その中を、今こうして自分が歩いている。


 そう考えると、目の前の景色も少し違って見えた。


「あっ!」


 突然、藤宮さんが足を止めた。


「どうしました?」


「悠真さん、聞こえませんか?」


「……何がです?」


 彼女が耳を澄ませる。


 俺も立ち止まり、周囲の音に意識を向けた。


 観覧客の話し声。


 足音。


 警備員の案内。


 その向こうから、何かが聞こえる。


 コンチキチン。


 コンチキチン。


「……ん?」


 独特の音色だった。


 金属を打ち鳴らすような音に、笛の音が重なっている。


 規則的なようで、聞き慣れない調子。


 不思議と耳に残る。


「これが祇園囃子ですよ!」


「祇園囃子?」


「はい! 祇園祭で演奏されるお囃子です!」


 藤宮さんの声が弾む。


「さあ、行きましょう!」


 人の流れに沿って歩き始める。


 進むにつれて、お囃子の音が大きくなっていった。


 やがて、建物の向こうに何かが見えた。


 高く伸びる柱。


 色鮮やかな装飾。


 その周囲を取り囲む、大勢の人々。


「……あれは」


 写真で見たものと同じだった。


 いや、違う。


 画面では、これほど大きく見えなかった。


「……でかいな」


 思わず、そんな言葉が漏れた。


 隣で藤宮さんが笑う。


「ようこそ、祇園祭へ!」


 目の前には、巨大な山鉾がゆっくりと進んでいた。


 豪華な装飾が夏の日差しを受け、鮮やかに輝いている。


 周囲に響く祇園囃子。


 大勢の人々の掛け声。


 車輪が動くたびに伝わってくる、独特の迫力。


 写真でも、映像でもない。


 自分の目の前に、本物の山鉾がある。


 俺はしばらく、その光景から目を離せなかった。


 藤宮さんが隣から声をかけてくる。


「どうですか、悠真さん!」


「……すごいですね」


「でしょう!」


 彼女は満足そうに笑った。


 俺はもう一度、巨大な山鉾を見上げる。


 確かに、これはわざわざ見に来る価値がある。


 まだ京都に到着したばかりだというのに、早くもそんなことを思っていた。

お読み頂き、ありがとうございます。

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