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二人旅~朴念仁は日本全国制覇する!~  作者: 涙目


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2/12

第二話 突然の旅行のお誘い

この物語は全てフィクションであり、実在する人物、事件とは一切関係ありません。

 翌朝。


 いつもの時間に目を覚まし、朝食を済ませる。


 食パン二枚と目玉焼き、そしてインスタントコーヒー。


 特に変わったところのない朝食だが、何より安い。


 食器を洗い終え、出勤までの時間を確認する。


「……あと十五分か」


 少し余裕がある。


 スマートフォンを手に取り、銀行のアプリを開いた。


 残高を確認する。


 うむ。


 いい数字だ。


 今月も予定どおり貯金できそうだな。


 そんなことを考えていると、通知音が鳴った。


「ん?」


 画面を確認すると、昨日連絡先を交換した女性からだった。


『おはようございます! 昨日はありがとうございました!』


「ああ、昨日の……」


 そういえば、旅行に誘われたんだったな。


『おはようございます。無事に帰れましたか?』


『はい! おかげさまで!』


『それで、昨日お話しした旅行なんですけど!』


「……本気だったのか」


 社交辞令だと思っていたのだが、どうやら違ったらしい。


『次の三連休、京都に行こうと思ってます!』


 京都。


 修学旅行の定番で、寺や神社が多いということくらいは知っている。


 ただ、近畿地方のどのあたりにあるのかと聞かれると、少々怪しい。


 大阪の近くだったか。


 いや、滋賀県の隣だったような気もする。


 ……両方正しい可能性もあるな。


『京都ですか。何かあるんですか?』


『祇園祭です!』


「ぎおんまつり……」


 名前は聞いたことがある。


 確か、有名な祭りだったはずだ。


『祇園祭って、どんな祭りなんですか?』


『えっ!? 知らないんですか!?』


『名前は聞いたことがあります』


『京都の有名なお祭りですよ! 大きな山鉾が街を巡行するんです!』


 山鉾。


 ……何と読むんだ、これ。


 見慣れない漢字に首を傾げ、検索してみる。


「……やまほこって読むのか」


 読み方はわかったが、それが何なのかは想像できない。


 山と鉾。


 祭りで使う道具なのだろうか。


 しかし、それが街を巡行するとはどういうことだ?


『写真送りますね!』


 続けて画像が届いた。


「……おお?」


 画面には、巨大な車輪のついた建造物が写っていた。


 豪華な装飾が施され、その上には何人もの人間が乗っている。


 周囲には大勢の観客。


「……これが道路を走るのか?」


 写真だけでも相当な迫力だ。


『すごいですね』


『でしょう!? 実物はもっとすごいですよ!』


『これを人が動かすんですか?』


『そうなんです! 曲がるところなんて迫力満点ですよ!』


 あれほど大きなものが曲がる。


 いったい、どうやって動かしているのだろう。


 少し興味が湧いたところで、時計が目に入った。


「……おっと」


 そろそろ出勤しなければならない。


『すみません。そろそろ仕事なので、また後で連絡します』


『はーい! お仕事頑張ってください!』


 スマートフォンをポケットにしまい、家を出る。


 いつもと同じ出勤のはずなのに、頭の片隅には、先ほど見た山鉾の写真が残っていた。


◇


 昼休み。


 社員食堂で昼食を済ませ、休憩室の椅子に腰を下ろす。


 スマートフォンを確認すると、追加のメッセージが届いていた。


『京都の旅行、どうですか?』


 どうですか、と言われても。


 まだ旅費も宿泊先もわからない。


『興味はありますが、費用や予定を確認してからですね』


『ですよね! じゃあ、一緒に考えましょう!』


「……一緒に?」


 旅行に誘った側が計画を立てるのではないのだろうか。


『ホテルはまだ予約してないので、まずそこからですね!』


『祇園祭の時期なら混んでいるんじゃないですか?』


『そうなんですよねえ』


『大丈夫なんですか?』


『何とかなります!』


「……ならない気がする」


 部屋が埋まっていれば泊まれない。


 少なくとも、そこは何とかなるものではないだろう。


『まず空室を確認しませんか?』


『ですね! お兄さん、しっかりしてますね!』


『普通だと思いますが』


『私、行きたい場所を決めるのは得意なんですけど、細かいところは結構適当なんですよ!』


 ……少々不安になってきた。


 とはいえ、旅行先が京都と決まったのなら、調べることはできる。


 検索画面を開き、交通手段を確認した。


 新幹線。


 高速バス。


 在来線。


「……結構違うんだな」


 所要時間も料金も、交通手段によって大きく異なる。


 新幹線なら早く着くが、高速バスなら費用を抑えられそうだ。


 ただし、今回は祇園祭が目的だ。


 安さだけで選んで、肝心の祭りを見られなければ意味がない。


 続いて、宿泊施設を調べる。


「……高いな」


 さすがに、有名な祭りの時期だけはある。


 空室が少ない施設もあり、条件のよさそうなところから埋まっているようだった。


 そんな中、女性から新しいメッセージが届いた。


『あっ! ちなみに京都は初めてですか?』


『観光では初めてですね』


『じゃあ、いっぱい案内しますね!』


『京都って、本当に面白いところがいっぱいあるんですよ!』


『ちなみに、三日間でどのあたりを回る予定なんですか?』


『まずは祇園祭ですね! あとは清水寺とか、二条城とか!』


 清水寺。


 清水の舞台から飛び降りる、ということわざなら知っている。


 二条城も名前は聞いたことがある。


 確か、徳川家康に関係する城だったはずだ。


 ただ、それぞれの位置関係まではわからない。


『全部回れるんですか?』


『三日ありますから!』


 ……根拠になっていない。


 いや、実際に回れるのかもしれないが。


『移動時間も確認した方がよさそうですね』


『そうですね! 悠真さん……じゃなくて、お兄さん、そういうの得意そうです!』


 ……ん?


 今、何か違う名前が出てこなかったか?


 気になったが、すぐに次のメッセージが届いた。


『とにかく、行きたい場所は私に任せてください!』


 どうやら、観光地の選定には相当な自信があるらしい。


 俺としても、知らない土地を案内してもらえるのはありがたい。


『わかりました。では、仕事が終わったら詳しく話しましょう』


『了解です! 楽しみにしてますね!』


 スマートフォンをしまい、仕事に戻る。


 午後の業務は、伝票処理と資料の確認だった。


 いつもと変わらない作業。


 ただ、今日は少しだけ時計を見る回数が多かった。


◇


 仕事を終えて帰宅すると、夕食の準備をする前にパソコンを起動した。


 まずはカレンダーを確認する。


 七月十七日、土曜日。


 十八日、日曜日。


 十九日、月曜日。


 十九日は海の日なので、確かに三連休だ。


 続いて、祇園祭の日程を調べた。


「……七月十七日か」


 前祭の山鉾巡行は、十七日に行われるらしい。


 しかも、巡行は朝から始まる。


 初日のうちに京都へ到着する必要があるが、遅くなれば見逃してしまうかもしれない。


「……早朝出発だな」


 名古屋からなら、新幹線を利用すれば京都までそれほど時間はかからない。


 ただし、自宅から名古屋駅までの移動も考える必要がある。


 そのあたりは、待ち合わせ場所が決まってから確認すればいいだろう。


 スマートフォンを手に取り、女性へ連絡する。


『仕事が終わりました。祇園祭を見るなら、十七日は早朝出発になりそうですね』


『そうなんです! だから早く出発しようと思ってます!』


『宿泊先はどうしますか?』


『何軒か候補がありますよ!』


 続けて、宿泊施設の情報が送られてきた。


 京都市内のホテルもあれば、少し離れた場所のホテルもある。


 料金だけを見れば、離れた場所の方が安いところもあった。


 だが、その分だけ現地での移動が増える。


『どこがいいと思います?』


 女性から質問が届く。


『まず、予算の上限を決めた方がいいと思います』


『予算ですか?』


『はい。交通費や食事代も必要でしょうから』


『おお……!』


『お兄さん、旅行の計画向いてますね!』


『いや、条件を確認しているだけですよ』


『それが大事なんですよ! 私、いつも気づいたら結構使っちゃうので!』


 それは少し問題があるのではないだろうか。


 まあ、本人が楽しんでいるならいいのかもしれないが。


 しばらくやり取りを続け、宿泊施設については空室や条件を確認してから決めることになった。


 交通手段も、集合場所と合わせて検討する。


 どうやら、旅行というものは出かける前から決めることが多いらしい。


 そんなことを考えていると、女性からメッセージが届いた。


『それで、お兄さん!』


『はい』


『京都、一緒に行きませんか?』


 改めて誘われた。


 俺はパソコンの画面を見つめる。


 表示されているのは、祇園祭の山鉾巡行。


 朝に見た写真とは別の角度から撮影されたものだった。


 巨大な車輪。


 細かな装飾。


 大勢の人間が綱を引く姿。


 これを実際に見られるのか。


 そう考えると、少し楽しみになってきた。


 もちろん、旅行費用は決して安くない。


 その分、貯金は減るだろう。


 だが、たまには金を使ってみるのも悪くないのかもしれない。


「……一回くらい、いいか」


 そう呟き、返信する。


『わかりました。行きましょう』


 送信。


 数秒後。


『やったあああああ!!』


 画面いっぱいに感嘆符が並んだ。


『ありがとうございます! 絶対楽しい旅行にしましょうね!』


『こちらこそ、よろしくお願いします』


『はい! よろしくお願いします!』


 その反応を見て、思わず笑ってしまった。


 まあ、退屈することはなさそうだな。


 こうして、俺の初めての観光旅行が決まった。


◇


 夕食を済ませ、風呂に入り、寝る準備をする。


 布団に横になり、スマートフォンを確認すると、また彼女からメッセージが届いていた。


『あっ、そういえば!』


『どうしました?』


『私たち、まだちゃんと自己紹介してませんでしたね!』


「…………あ」


 確かに。


 昨日から何度も会話しているのに、名前すら聞いていなかった。


 連絡先を交換したときも、特に確認していなかったのだ。


 旅行の計画以前の問題ではないだろうか。


『そうですね。では、改めて。高瀬悠真といいます』


『たかせゆうまさん!』


『はい。そちらのお名前も教えていただけますか?』


『藤宮美咲です! よろしくお願いします!』


『藤宮さんですね。よろしくお願いします』


『こちらこそ、よろしくお願いします! 悠真さん!』


「……ん?」


 思わず画面を見直した。


 いきなり下の名前になっている。


『あの、いきなり名前呼びなんですね』


『ダメですか?』


『いえ、別に構いませんけど』


『じゃあ、悠真さんで!』


 随分と距離を縮めるのが早い人だ。


 こちらは、まだ一度しか会っていないというのに。


『あっ、そうだ! 悠真さんって、おいくつなんですか?』


『二十七歳です』


『えっ!?』


『どうしました?』


『もっと年上だと思ってました!』


「……失礼な」


『落ち着いてるから、三十代くらいかと!』


『それは褒め言葉ですか?』


『もちろんです!』


 ……本当だろうか。


『ちなみに、藤宮さんは?』


『私は二十五歳です!』


『二歳違いですね』


『そうなんです! じゃあ、そんなに気を遣わなくてもいいですよ!』


『……年齢の問題ですかね?』


『細かいことは気にしない!』


 昨日も同じことを言っていた気がする。


 どうやら、これが彼女の口癖らしい。


『それにしても、悠真さんって本当に真面目ですねえ』


『そうですか?』


『そうですよ! 旅行の話でも、まずお金と予約条件ですもん!』


『重要でしょう』


『もちろん重要ですけど、もっと楽しみなこととかないんですか?』


 楽しみなこと。


 そう言われて、朝に見た山鉾の写真を思い出した。


『とりあえず、山鉾というものは見てみたいですね』


『おおっ!!』


『いいですね! それですよ!』


『……何がです?』


『旅行の楽しみです!』


 画面の向こうで、美咲さんが笑っている姿が目に浮かぶ。


『では、藤宮さん。旅行の予定については、また改めて確認させてください』


『はーい! 何でも聞いてください!』


『ありがとうございます。では、おやすみなさい』


『おやすみなさい! 悠真さん!』


 そこで、ようやくやり取りが終わった。


 スマートフォンを置き、天井を見上げる。


「……藤宮美咲さん、か」


 二十五歳。


 旅行が趣味で、明るく、行動力のある女性。


 初対面の男を旅行に誘い、まだ知り合って一日しか経っていないのに、すでに下の名前で呼んでくる。


 ……変わった人だ。


 もっとも、そんな女性の誘いに乗ってしまった俺も、人のことは言えないのかもしれない。


 行き先は京都。


 目的は祇園祭。


 同行者は、昨日ヒッチハイクをしていた藤宮美咲さん。


 改めて考えても、なかなか意味のわからない組み合わせだ。


 まあ、いいか。


 どうせ三日間だけの旅行だ。


 それが終われば、またいつもの生活に戻る。


 このときの俺は、本気でそう思っていた。


お読み頂き、ありがとうございます。


参照:京都市公式 京都観光Navi|祇園祭「概要・見どころ」

https://ja.kyoto.travel/event/major/gion/


京都市公式 京都観光Navi|祇園祭「山鉾一覧・用語解説」

https://ja.kyoto.travel/event/major/gion/understand.php

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