2-2
その言い方で、疑問を持ったものの、おそらくはコレだろうな、と頭を巡らせる。中途採用で、コネで入ってきて、みんなとあっという間に打ち解けても、どうしても気に入らないところがあったのだろう。もしかしたら、原因は俺かもしれない。
俺は先回りするつもりで言った。
「辞めたい……って話ですかね?」
「えっ」
「当たりっすか」
自信たっぷりに、俺は再び訊ねたが、伊吹さんは苦笑いをして、かぶりを振っている。俺は眉を上げた。どうやら、辞めたい話ではなかったようだ。
「違うんですか。……なんだ、辞めたいのかと思った」
「どうしてです? 僕、そんなふうに見えました?」
「いや。でも、これまでの経験からして、そうかなって」
植物への熱もなく、まだ年数こそ浅いとはいえ、立場上では、この店の後継者である俺だ。そんな俺を待ち伏せしてまで従業員が話したいことといえば、それくらいしか考えられない。実際、そういうケースはあった。だが、伊吹さんは言う。
「残念ながら、僕はこのお店で、おじいちゃんになるまで働けたらいいなって思ってますよ。なので、その心配には及びません」
「そうっすか……じゃあ、大事な話ってなんでしょう?」
「はい。僕、単刀直入に紫苑さんに訊きたいんですが」
「うん、どうぞ」
「紫苑さんって……植物、あんまり好きじゃないですよね?」
単刀直入とは言われたものの、伊吹さんのその言葉には、ギクッとさせられる。伊吹さんが入ってきて、まだたったひと月しか経っていないのに、彼は俺の仕事ぶりをしっかり見ていたのだろう。そして、手慣れた作業を熟すその手に、実は全然、熱が入っていないことに気付いてしまったのだ。
「……そう、かもしれないけど、なんでですか?」
「なんかちょっと……みんなと違うっていうか……冷めてる感じがしたので」
「冷めてるってより、最初からそんなに熱入ってない感じですかね。この仕事、やりたくて選んだってのとはちょっと違うんで」
「そうなんだ……でも、あの――」
そう言いかけて、伊吹さんは黙る。「でも」の先の言葉を想像し、俺は少しうんざりした。「でも」からはじまる肯定的な言葉なんか、想像できないからだ。なにかしら改善を求められている。そうとしか思えなかった。その予想は当たっていたが、ただし、伊吹さんは本当に優しかった。
「それじゃ、つまんなくないですか?」
「え……?」
「お、大きなお世話だってわかってますけど……みんなも、紫苑さんも、せっかくこうして、一日のうち、長い時間を働いてらっしゃるでしょう。嫌々やるより、楽しいほうがいいんじゃないかと思って……紫苑さんが冷めてるのも、下の人には伝わっちゃいますし……」
「でも、そもそも好きじゃないもんをどうしろっていうんすか?」
俺は苛立ちを覚えながらも、苦笑をこぼして言い返す。その一方で、内心では、わずかに安堵していた。
伊吹さんが入ってきてから、俺はいつかこの人に、見透かされる日が来るのを察していたのかもしれない。そして、その日が来るのを少しだけ、億劫に感じていて、どうせならさっさとバレてしまったほうが気が楽だと思っていたのかもしれない。
俺はたぶん無意識のうちに、プレッシャーを感じていたのだ。たいした志がないのに、ただ、息子だというだけで、こんなデカい園芸店の跡取りになった、と思われることに。だが、バレてしまえば、気は楽になる。
「そ、そうですよねぇ……」
俺が苛立った口調で答えたせいか、伊吹さんは「生意気なこと言って、すみません……」と謝り、苦笑いを見せた。だが――すぐにこう付け加える。
「でも、紫苑さん。植物が嫌いなわけではないんでしょ?」
俺は首を傾げ、ほんの少し考えた。そうして、頷く。興味は薄いしたいして熱もない。だが、まったく興味が湧かないというのでもなかった。ただ、熱くなれないのだ。みんなや、伊吹さんのようには。
「まぁ……べつに嫌いとまでは言わないけど……」
「だったら、あなたはきっとまだハマってないだけですよ。――そうだ、今度休みの日に、ぼくん家へ来ませんか」
「は……家?」
伊吹さんはこく、と頷き、以前に見せてくれた、実家の庭の写真を見せる。それを見て、俺は思わず目を瞠った。
「えッ、すげえ変わってる……これ、この前見せてくれた庭っすよね?」
「そうなんです。ずいぶん見違えたでしょう」
伊吹さんが作っている庭。そこは実験用の庭で、以前に見せてもらったときは、洒落たシンボルツリーが植わっていたが、その周辺はスッキリしていて、下草が生えているところもまばらだった。早春だったせいだ、と俺は気付く。
「そっか……春だから、生え揃ってきたのか」
「そう。しかもね、春って、庭が毎日のように変わっていくんです。おもしろいですよぉ、植物たちは成長が遅いようで、一旦動き出すと速いんだなぁと思います」
「ふうん……」
なんとなく相槌を打って、ちら、と伊吹さんに目をやる。すると、きらきらと輝く瞳と視線がぶつかった。そばにある自動販売機の灯りと、スマホの灯りに照らされているだけなのに、伊吹さんの表情はなんだか目を背けたくなるくらいに眩しかった。
たかが植物の話で、そんな顔になるなんて、この人はきっととてつもなく植物が好きなのだろう。俺はそんな彼がやっぱり少し羨ましかった。
だが、どんなに羨んだところで、なにも変わらない。俺には熱がない。庭の写真を見せられても、ピンとこない。だが、伊吹さんは言う。
「実は僕も、植物にハマったのはごく最近の話なんです」
「……え?」
「この業界には長くいても、本当に好きになったのは、ここ一年くらいなんですよ。なにがきっかけだったと思います?」
「さぁ……」
俺は密かに頭を巡らせながら、気のないフリをして答える。実のところ、驚いていた。
長年、花の仕事に携わっていて、実家の庭を実験場にして、庭づくりをしている彼は、どこからどう見ても、長年植物に取り憑かれたヲタクにしか見えなかったからだ。それが、たった一年のことだなんて、信じられない。ただ、おかげで俺は、これまでになく伊吹さんに親近感を抱いていた。




