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「――ってわけでさ、桜介さんにはたぶんバレてる。ごめん……」
「そうなんだ……いやぁ、ちょっと予想はしてたけどね。やっぱり鋭いなぁ、桜介さんは」
いつも寄り道するラーメン屋で、俺と伊吹さんは北海道味噌バターラーメンをすすりながら、ぼやいていた。桜介さんに知られたことで、今後、状況がどうなるかはまったく想像がつかない。だが、伊吹さんはわりとポジティブだった。
「でも、桜介さんは大丈夫じゃない? 口は固そうだし、応援してくれそうだよ」
――なんて言って笑っているが、俺はちょっと心配だった。俺にはなにをされてもいいのだが、伊吹さんに必要以上に絡んだり、ふたりきりでいるところにやじうま根性で近づいてこられるのは面倒だ。とはいえ、すでに知られていることはもうどうしようもない。それに、ここまで必死で隠してきたのに、しっかり気付かれていたのだから、諦めもついていた。
しかし、どうして気付かれてしまったのだろう。俺は首を傾げる。
「そんなに俺、変わったかなぁ。伊吹さんと付き合って」
「うーん……わかんないけど、明るくなったような気はする。僕と付き合ってからってより、一緒に庭仕事するようになってから。よく笑うようになったよ」
「そうか……自分じゃわかんないな」
俺は伊吹さんと出会った頃の自分を思い出していた。つい半年前のこととは思えないほど、遠い昔のことのようだ。
惰性で熟す仕事には感情を失い、これまでの人生で、人間と同じくらい身近にあった植物との向き合い方がわからずにいた頃。なんておもしろみのない日々を送っていたのだろうか――と思う。
伊吹さんに出会って、庭仕事をするようになって、商品としてではなく、庭で生きる植物を見て、触れるようになって、たしかに俺は少しずつ変わったのかもしれない。ただ、それはこの人がいたからこそだ。この人がいなければ、俺は今もきっと、惰性仕事を無感情で熟す、ろくでもない跡取り息子のままだった。
俺、伊吹さんに会えてよかったなぁ……。
ぼんやりとそんなことを考えていたが、ほどなくして。俺の向かい側で、伊吹さんは不意に「あっ」と声を上げる。
「でも紫苑さん、付き合ってから劇的に変わったこともある」
「え……どこ?」
「距離がね、近くなった」
「ええッ! ほんとに?」
「うん。時々、みんなの前なのに、ひゃーって思うもん。でも、僕的には嬉しいからさ。言わなかったんだー」
「もうー……伊吹さぁん。そういうの早く言ってよー」
ジトっと向かいに座る伊吹さんを睨んでも、彼は動じない。えへへ、と嬉しそうに笑みをこぼして、ラーメンをすすっている。
はぁ……どうしよう。この人、すっげえ可愛いんですけど。
俺は完全に伊吹さんに惚れこんでしまっている。ひと回りも年上の彼に、若輩の俺はまったく敵いそうにない。植物のことも、仕事も、恋も。どれもこれも、手取り足取り教えてもらうばかり。導いてもらうばかり。
最近覚えた深いキスも、ハグをするときも、まだリードされるばかりだった。それなのに、伊吹さんは少しも嫌な顔を見せない。どんなときでも優しくて穏やかだ。彼のそばにいると、俺は必ず多幸感で満たされた。伊吹さんになら、どんなわがままを言われても、振り回されてもいい。そんなことを本気で思ってもいる。
しかし、その一方で、伊吹さんと一緒にいる時間が重なると、俺自身も知り得なかった強い欲望が膨らんでいくことに気付く。たぶんそれは、男の本能的な欲――というやつだった。
伊吹さんの頬。唇。耳のふち。少し長い髪をまとめて結ったときの首すじ。伊吹さんの手。指先。それだけではない。服で隠されている体のあちこちに触れてみたくてたまらなくなる。
これまで、性欲なんか睡眠欲や食欲と同じものでしかなかったのに、たとえばこの人を愛したとしても、俺たちにはなにも起こらないのに。そんなことは最初からわかっているのに、それでも、この人と時間を共有するたび、欲望が止まらない。
「伊吹さん、今日さ」
「うん?」
「伊吹さんち、泊まってもいいすか……?」
「えッ!」
「だって、どうせ明日、デート行くんじゃん」
明日の定休日、伊吹さんは水やり当番を任されているが、どんなに時間がかかっても一時間半ほどで終わるはずだ。俺は彼と一緒に行って、水やりを手伝えばいい。そうすれば、予定よりも早くデートに行ける。
「水やり手伝うから」
「それはありがたいけど……でも、眠れなくなっちゃうんじゃないかな……」
伊吹さんは困り顔で笑みをこぼし、残りのスープをれんげで掬って飲み始めた。その頬が赤らんでいるのを見て、拒否されているわけではないと確信する。
「俺はどこでも寝られるよ。なんなら、ソファでもいいし」
「いや……そういうことじゃなくてさ」
「じゃあ、どういうこと?」
「紫苑さんが泊まりに来るなんてことになったら……僕は我慢できないかもよって話なんだけど……」
「え……」
誘うように、艶やかな視線を向けられ、ドクン――と心臓が跳ねた。伊吹さんとの関係をもう一歩進めたくて、自分から積極的に誘ったつもりだったのに、逆に誘惑されている。それに気付き、途端に心臓がうるさくなった。言葉が出ないまま、頬が熱を帯びる。だが、このチャンスを逃したくない。
「我慢……しなくていいよ。その――……いつも教えてもらってばっかで申し訳ないけど……俺、もっと伊吹さんに触ってみたい」
恥ずかしさを必死にこらえた言葉に、伊吹さんはみるみるうちに顔を耳まで赤らめて頭を抱えている。ラーメン屋で話すようなことではないとわかってはいるが、俺は伊吹さんのことをもっと知りたかった。恋人として、彼の深いところを覗いて、触れて、愛してみたかった。




