1-4
レジ周りには、切り花のコーナーが設けられていて、切り花が種類別に黒い桶に入って並べられている。
今は春なので、切り花の種類もかなり増え、レジ周りは華やかだ。その横には広い作業台もある。花束やフラワーアレンジメントの注文をとったり、ラッピング作業をする場所なのだが、ここは季節によって――とくに、春先から初夏までは、かなり混雑する。
二月のバレンタインデー、三月の春彼岸に、卒業式や送別会、四月の入学式。五月になると母の日。翌月の六月は父の日。八月の暑中見舞いからお盆、九月の彼岸、敬老の日。十月にはハロウィン。十二月のクリスマス、翌年のお正月。
切り花部門はまったく暇がない。ここはこの道、十年超えのベテランの従業員三人が守る、地獄の砦だった。社長である父でさえも、この切り花部門の三人には頭が上がらないという。
そこをざっと案内して、スタッフと顔合わせを済ませると、俺は伊吹さんと外の苗売り場へ出た。覚えるのが大変なのは、おそらくこの先。この地域でも、これだけの規模を持つ園芸店や花屋は、まずほかに存在しない。花野井園芸は、とにかくデカいのだ。
「外は広いので、ゆっくり覚えてください。一応、棚の列ごとに大きく種類が分けてあります。こっちが一年草の花苗エリア。あっちがリーフ系。日当たりが必要な種類は手前、その奥が日蔭エリアです。隣が多年草、宿根草エリアと続いています」
「はい」
「その隣が野菜苗とハーブ類。それから、その奥がつる植物、バラ苗、樹木と果樹です」
「はい」
「お客さんに訊かれて、わからなくなったら、表示がところどころにありますので、それを見て判断してください。それでもわからない場合はインカムでヘルプを出してもらえれば、誰かしら対応します」
「わかりました……」
「それから、こっちが山野草類。その向こう側は培養土、肥料、薬剤。こっちは、鉢類、ガーデン用の雑貨品売り場になってます」
「はあ……聞いていたよりも、ものすごい品数ですね……」
「まぁ、ここは土地だけはあるので……買い過ぎても、どっかしらに置けちゃうんですよ」
外の苗売り場は、総面積二千坪近い店舗の約三分の一を占めている。とにかく広く、数多くの植物苗が並び、ひとつひとつ、ゆっくり見て回っていると、日が暮れてしまうほどの規模だ。新卒、中途問わず、新人スタッフはまず、この屋外苗売り場でかなり苦戦するのがお決まりだった。――とはいえ、どんなに広くても慣れてしまえば、どうということはない。家の中のように勝手がわかってくるものだ。
「あと、こっちが温室です」
「温室……はい」
「ここには、おもに観葉植物を置いてます。あとギフト品とか、季節ものも、ここに並ぶことが多いですね」
「コチョウランとか、シンビジュームとか?」
「そうですね。あと、エアプランツもここに。春夏秋冬、基本的にはずっと空調をつけっぱなしで、季節が変わっても、なるべく温度差がないようにしてあります」
これでひと通り、ぐるりと店内を回ったはずだ。伊吹さんは、小さなメモ用紙を手の平に乗せて、必死になってそこにペンを走らせている。
「どうです、大丈夫そうですか?」
「はい……と、とりあえず、必死で覚えます」
「広いので大変だと思いますが、がんばってください」
がんばってください――とは言っても、きっと彼が慣れるのに、そう時間はかからないだろう。はじめに売り場案内をするとき、一年草だの宿根草だのと伝えて、一度で理解してもらえる機会はそう多くない。相手が未経験者の場合は、まず、そこから説明しなければならないからだ。
一年で個体としての命を終える、一年草。環境が合えば、季節は関係なく葉を茂らせ、花を咲かせる多年草。冬季には地上部を枯らし、根の状態になり、春に再び芽吹く宿根草。草花だけでも、ゼロから教えるにはそれなりに時間がかかる。
伊吹さんの教育係は荷が重かったが、思っていたよりもずっと気楽にやれそうだ。そう俺は安堵した。しかし、実のところ、俺にとって彼との出会いは、思っていたほど気楽ではなく、はるかに煩わしく、そして運命的なものだったのだ。
***
その日から、俺は基本的に、伊吹さんとともに行動するようになり、彼につきっきりで仕事をした。一日のルーチン作業と、接客、市場の競りから戻ったトラックの荷下ろし、値付け、ポップ作り。教えることは山ほどある。
ただし、俺が教えなければならないことで、園芸作業や知識に関することはひとつもなかった。この店では新人も同然だと言った彼だったが、当然ながら、その仕事ぶりはベテランの園芸店員、そのものだったからだ。
だが、ふと思う。商店街のアーケード内にある花屋で、鉢花や観葉植物を扱っていたとしても、そんなに多くは在庫を置けないはずだ。ましてや、そういう店は、鉢物や花、野菜苗ではなく、切り花をおもに扱うことが多い。
もっと言えば、切り花部門というのは、とにかく一年じゅう忙しい。一月から、十二月まで、日本ではイベントごとのない月を探すほうが難しいほど、イベントごとがあるからだ。園芸を学ぶ時間があったのだろうか。
「伊吹さん」
「はい」
「伊吹さんのいたお店って、アーケードの商店街にあったって言ってましたよね。園芸品も置いてたんですか」
「ええ。少しですけど」
「それで、園芸の知識まで入れるの大変だったんじゃないですか」
四トントラックの荷台で、荷下ろしをしながら俺が訊ねる。すると、伊吹さんは照れたように笑みをこぼして言った。
「実は、実家の庭でいろいろと実験をしてまして……」
実験と言われて、俺は伊吹さんが相当な植物好きだと予想する。実験という言葉選びをするということは、植物をただ植えて育てているだけではなさそうだ。
「へえ、結構広いんですか。庭」
そう訊ねると、伊吹さんはやはり照れくさそうにポケットからスマホを取り出して、写真を見せてくれた。俺は目を瞠る。それを見る限り、かなり大きな庭があるようだった。しかも、パッと見ただけでも、植えてある植物がかなり洒落ているし、植え方も凝っているようだった。




