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植物男子の恋の育て方  作者: いなば海羽丸
8 植物男子の恋人
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8-1

 十月。花野井園芸店に秋がやってきた。今でも気温が三十度近くなることはあるものの、夏ほどの湿度はない。そのおかげで、日中、晴天であってもずいぶんと過ごしやすく感じる。手賀沼沿いに吹く風も心地よく、沼の周りにはたくさんのすすきの穂が立ち上がり、群生して揺れていた。


 園芸店内は、すでにハロウィンの装飾が施され、雑貨コーナーにはおもちゃかぼちゃや、ジャックオランタンなど、ハロウィングッズが並ぶ。寄せ植えコーナーにも、たくさんのハロウィンカラーの寄せ植えが並んでいて、屋外のメイン飾り棚は、それはもうにぎやかなものだった。中でも今年、ダントツの人気を誇っているのが、伊吹さんの作る寄せ植えだ。


 伊吹さんの寄せ植えは花を使った可愛い印象があるものから、シックな色味のカラーリーフをおもに使ったおしゃれなものまで、実に様々だったが、どれもナチュラルかつ、メルヘンチックな雰囲気が漂っている。そしてとにかく、センスが抜群によかった。


「それ、可愛いっすね。ハロウィンで花メインなのあんまりないから、映えますよ、きっと」


 今、屋外作業場で、伊吹さんは寄せ植え作りに励んでいた。俺は先月から、玉ねぎ苗の予約整理に追われていて、今日も三日後の販売開始に向け、忙しくしていたのだが、やっと少し手が空いたタイミングで、伊吹さんの顔を見るために、作業場へ立ち寄っている。


「そうですか? よかった! このダリア、絶対ハロウィンに合うと思ってたんですよー」


 寄せ植えはスタッフがそれぞれ作っているのだが、俺は伊吹さんの寄せ植えのファンだった。彼が作る世界観は華やかで、ちょっとファンタジーでメルヘンチックで、それぞれに物語がある。


 今、伊吹さんが作っているのは、赤黒いダリアの花をメインにした寄せ植えだ。ダークブルーのモスポットの鉢の中心にダリアを、そしてそのダリアを囲むようにして、淡いピンクのガーデンマムや銅葉のアルテルナンテラが植えられ、手前側には薄紫色の実が鈴生りになった、クランベリーの苗が入っている。


 実が入ることで、秋らしさが強調され、おしゃれにも見える。花ばかりだとうるさくなったりもするのだが、花の大きさのメリハリがあるせいか、バランスがいい。さらに、クランベリーの脇に魔法使いのような風貌の小人がひとり、佇んでいる。


「あ、小人がいる」

「この寄せ植えの精です。このクランベリーは彼が育てた設定なんですよ。今年は大豊作!」


 どこか恥ずかしそうに語る伊吹さんは、どこからどう見ても男なのに、寄せ植えを作っているときの心の中は、あまりに乙女チックだ。きっと、この寄せ植えはすぐに売約になってしまうだろう。


「へえ、そうなんだ。可愛いっすねぇ」

「でしょう?」

「うん。そっちのセロシアは?」


 俺は作業台の脇に置かれた淡いピンク色のセロシアを指差して訊ねる。次の寄せ植えに使うのだろうか。ややくすんだ色味のセロシアは、ビビッドな色味の品種に比べて、うちの園芸店では毎年売れ残る傾向にあった。しかし、そういうときこそ、寄せ植えの腕の見せどころだ。不人気品種でも、寄せ植えでおしゃれに使うことで、急激に人気が出たりする。


「寄せ植えで、魅力アピール作戦?」

「そうそう」


 伊吹さんは頷きながら、手元を休めずに答えた。


「僕ね、いつもこの淡いセロシアの使い方に悩みがちだったんです。くすみカラーって合わせるとどうもあか抜けない感じで難しくて。でも、逆にメインに入れてみればって、馬場さんにアドバイスもらって、やってみようかなって思って。黄色とか、オレンジ系と合わせて、ハロウィンらしい感じにする予定なんです」

「おぉ、いいっすね! そういう定番が欲しい人は多いですもんね」

「でしょ、でしょ。あと――……五色トウガラシとかも入れて。アクセントに」

「いいっすね、ポップな感じだ」


 五色トウガラシは、葉も実も楽しめる、優秀な花苗だ。寄せ植えではカラーリーフとして使われることが多く、カラフルな実が大きくなってくれば、一気に寄せ植えの雰囲気がポップになる。


 以前の俺は、季節の寄せ植え作りなんか、毎年同じで構わないと思っていた。新品種はともかくとして、毎年入荷してくる苗はほとんど変わりはないし、結局、定番品種が求められることも多い。あくまでも、季節の寄せ植えコーナーは見本品なのだから、そんなに考える必要はなく、売れそうな品種を混ぜ込んで植えておけばいいのだと、そう思い込んでいたが、伊吹さんに出会ってから、その考えを改めていた。


 寄せ植えはその家の玄関先で、ウェルカムフラワーのごとく飾られることが多い。だから、おしゃれで可愛いに越したことはないのだと、伊吹さんは教えてくれた。


 近年、一戸建ての新築には、庭らしいものすらなかったり、多少の敷地があったとしても、コンクリートで固めてしまって、土がない場合が多い。手間のかかることは敬遠されがちだからだ。しかし、そんな家の玄関先にも、意外に鉢物は置かれている。そのほとんどが寄せ植えだ。


 ――おしゃれな寄せ植えは、その玄関先の顔になりますからね。どうせ作るなら、とびきりの存在感を出して、驚きなり、感動なりがちょっとでもあったほうが、お客さまには喜ばれると思うんです。


 彼はそう言った。土をいじるのが苦手な人でも、玄関先が殺風景で寂しいので、寄せ植えを買ってきて置く人も多い。庭や植栽スペースがない家にとって、その寄せ植えこそが小さな小さな庭でもある。その話に深く納得した俺は、以前よりも寄せ植えコーナーの鉢物に入っている植物をよく見るようになったし、その後の売れ行きをこれまで以上に細かく観察するようにもなった。


 つまるところ、俺は少しずつ植物に興味を持ち始めているのだ。近く、部屋に置く観葉植物を買ってみようとも思っている。


 変われば変わるものだが、その理由と大元は、すべて伊吹さんにあった。俺は彼に恋をしたことで、好きな人の趣味に影響されて興味を持ち始めている。ただし、盲目的に流されているのではない。伊吹さんは、俺に植物の魅力をちゃんと教えてくれた。


 その植物が持つ本来のポテンシャル、おもしろさ、意外性。俺は伊吹さんとの庭作業や、園芸店での仕事を通してそれを学ぶ中で、彼を通して、その世界に魅せられているのだ。

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