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四トントラックが戻ったのは、いつもと同じ、昼の十二時過ぎだった。盆が明けたばかりの市場では、菊の需要が落ち着いたことで、値段がやや下がっていたようだ。それ以外に、秋の花苗も少しずつ出始めているらしく、トラックの荷台には、安く仕入れた輪菊やスプレー菊、リンドウなどの切り花が入ったケースと一緒に、鉢物のコスモスや、色とりどりのアスター、リコリス、五色トウガラシなどの苗ポットのケースが荷台にびっしり積まれていた。
「おかえり」
「おう。……あいたたた」
父はトラックの運転席から、すとん、と降りてくるなり、腰を叩く。市場は東京都足立区にあるが、往復二時間弱の運転は腰にくるようだった。職業病というやつだろう。
「腰、大丈夫?」
「あぁ、今にはじまったことじゃねえからな。……なんだ、どうかしたか」
「うん。あの……」
俺は花火大会を観るのに、店を使っていいかどうか、桜介さんに代わって打診する。想像していた通り、父は難しい顔をしたが――すぐになにか思いついたように、パン、と手を打った。
「店はやめてほしいんだが、そんなら家でやったらいい」
「え……?」
「家の庭からなら、綺麗に見えるだろうよ」
父の提案に、俺の思考が一瞬止まる。だが、すぐに我に返った。たしかに我が家から花火はよく見えるし、絶好の鑑賞スポットかもしれない。しかし、そこをみんなに開放するということは、つまり、今夜、我が家に園芸店スタッフが集まるということ。そして、あそこが宴会会場になるということだ。
「え、いや――でも……すげえうるさくなると思うんだけど……」
「いいよ、ひと晩宴会するくらい。店でやられるよりゃあ安心だ。ただ、ろくなごはんは出してやれねえからな、自分らで――」
「いや、でもさ。家に呼ぶのはちょっと……」
「店はだめだ。家なら好きにしていい。あとは知らん。以上」
ぴしゃりと釘をさすように言われて、俺は生唾をごく、と飲み込んだ。もはや選択肢はない。同時に、俺の脳内では飛び上がって喜ぶ、桜介さんの姿が浮かんでいた。
***
その日、花野井園芸の社長である父のアイディアは、昼過ぎには店中のスタッフに共有され、急遽、俺は花火大会鑑賞会という名の宴会の運営係のひとりとなり、参加するメンバーのリストを作らなければならなくなった。本日欠席しているバイトメンバーにも、桜介さんが早急に連絡を取り、最終的にはほぼ店の全員が我が家に集まることとなった。
「ったく……せめて昨日言ってくれたら、掃除だってできたのに……」
昼の休憩中、おにぎりをかじりながら俺がぼやくと、向かいで食後の缶コーヒーを飲む桜介さんが清々しいほどの笑みを見せる。
「なーに、すぐお酒入っちゃうし、みんなそんなの気にしないから大丈夫だって! ――あっ、買い出しはオレ行くからさ。あと……馬場さーん! 仕事終わったら車出してくんない?」
「はーい、了解」
返事をした馬場さんの声が、いつもよりも明るい気がした。――いや、彼女だけではない。スタッフはみんな、心なしか声が弾んでいたり、いつもよりも少しだけテンションが高かったりする。伊吹さんも例外ではなく、いつにも増して張りきっているように見える。みんな、仕事のあとの宴会がよほど楽しみなのだろう。
俺はというと、父と暮らす殺風景な家の中を思い出しながら、安堵していた。母が亡くなってから、家の中はどこもがらんとしてしまったし、華やかさもなくなったが、俺も父も、もともと持ち物が多いタイプではなく、部屋が散らかるといっても、自分の部屋だけに留まっていたので、急な来客でも、呼べないことはない。
見られて恥ずかしいのは、父が管理する庭先のほったらかし菜園くらいなものだった。ただしその代わり、冷蔵庫にはたいした食材はない。日常食べているものがあるだけ。飲み物はやかんで煮出した麦茶と、父のお気に入りの缶ビールがあるだけだ。
「馬場さん」
「うん?」
「ほんとなんもないっすからね、俺んち」
そう言うと、馬場さんは親指をぐっと立てて見せた。
***
閉店作業は、いつもよりも迅速に行われ、花野井園芸店は通常よりも三十分早い、午後六時半に閉店した。これは父の指示だった。
俺はもちろん、桜介さんや馬場さんたち、ベテランの園芸店スタッフはこれまでになくノリがいい父には驚いていたが、父も案外、イベントごとは嫌いではないのかもしれない。
レジ担当者の馬場さんと数人のスタッフは、六時半になるとレジ点検をはじめる。俺は金庫整理を、伊吹さん、桜介さんは店のあちこちを回り、戸締りを確認をしたあと、外の見回りをする。そうして、それぞれ、閉店作業が終わると、急ぎ帰り支度に取り掛かった。気付けば七時前。もうすぐ、花火大会がはじまる。
俺と伊吹さん、アルバイトのチトくんたち、自転車組は、揃って我が家へ向かった。一方で、桜介さんはバイクで、馬場さんは車で買い出しへ向かう。ふたりには住所を教えてあるし、店から家までの距離は、そんなに離れていない。自転車を飛ばしても十分くらいだから、問題ないだろう。
人、多いなー……。
沼沿いの道はすでに多くの人で歩いていた。浴衣を着た若い女性や、カップル。高校生くらいの年齢の、若い男女グループ。お揃いの法被を着て、手を繋いで歩く親子。みんな、より花火がよく見える場所へ向かっているのだろう。
車通りも今日はずいぶんと多く、普段、ほとんど渋滞なんか起こらない沼沿いの道は、車のテールランプが連なり、赤く灯されている。俺はその道の端を十分ほど走り、伊吹さんたちを我が家へと案内した。
「ただいまー……あっつ!」
「おっ、お邪魔します!」
「お邪魔します!」
誰もいない家の中には、日中の熱が逃げられないまま、こもっていた。俺のあとに続いて、伊吹さんやチトくん、アルバイトの子たちが家に上がる。みんなで肩を丸め、きょろきょろしながらおそるおそる居間へ入ってきたようだったが、居間へ入った途端に、伊吹さんとチトくんは揃って目を輝かせた。ふたりの視線の先には、庭へ続く縁側がある。
「わぁ、お庭大きいですねぇ!」
「ほんとだ、すごい!」
「庭っつっても、うちはほったらかしですけどね。雑草ばっかり」
俺はひとまず、縁側に続く窓を急いで開けて、空気を入れ替えた。風は吹いても生温いのだが、それでもいくらか、部屋の中の熱を逃がしてくれる。
「なんだかドキドキするなぁ。社長と紫苑さんのお家にいるって思うと。緊張してきちゃう」
「でも、ワクワクします! 紫苑さーん、あとで庭に出てもいいですか?」
チトくんはなぜか、雑草が生えた庭とほったらかし農園を窓に張りついて見つめながら、嬉しそうに声を弾ませている。広いばかりで見どころのない庭だが、なにか気に入ったのだろうか。
「あぁ……うん、いいよ。みんな楽にしててください。あと、適当に座って」
「はーい」
俺は台所へ向かい、シンクの中を確認する。そこには今朝、やり残した洗い物が少しだけ残っていた。それを急いで洗って片付けて、来客用のグラスを数えながら取り出す。数は――ギリギリ足りそうだ。
「ちょっと拭いとこ……」
グラスをふきんで拭き、冷蔵庫にある麦茶を注いで、ひとまず居間へ運ぶ。父とふたりで暮らしているにしては、広すぎる座卓の周りは、すでにみんなが取り囲んで、にぎやかな座談会が始まっていた。我が家にこんなに人が来るのは、母の葬儀のとき以来だった。
その輪の中で、嬉しそうに話す伊吹さんに視線が向く。伊吹さんはひと回り以上も年齢が離れたアルバイトの子たちからも慕われていて、特にチトくんとは仲がよかった。みんなで楽しそうに話をする表情はいつになく優しげだ。眺めていると、俺まで釣られて頬が緩んでしまいそうになる。




