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植物男子の恋の育て方  作者: いなば海羽丸
5 植物男子は恋を育てる
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28/29

5-4

***




 その後、俺は伊吹さんの家でシャワーを借りて汗を流してから、いつも通り、伊吹さんの手料理をごちそうになった。


 さっぱりしたあとの朝食は、豆腐とネギの味噌汁と白飯、半熟ゆで卵に雑魚(ざこ)の佃煮。それに、キュウリとナスの糠漬け。糠漬けは伊吹さんが自宅で漬けているものだった。いつも安定した漬け具合で、汗を掻いた体に嬉しいしょっぱさが染みる。


 雑魚(ざこ)の佃煮は、川で獲れた稚魚を醤油とみりん、酒などで煮たものらしい。川魚には雑多な種類が混じっていたが、これが想像を超える旨さで、俺は白飯をお代わりして、山ほど食べてしまった。


 その後、食休みをしてから、再び庭へ出る。庭の植物の点検をしながらふたりで歩き、食害する虫を見つければ駆除。昼近くになると、さすがに三十度を超えて作業もできなくなるので、俺は伊吹さんにコーヒーを入れてもらって、涼しい家の中で、今後の庭の方向性や、アイディアを出して話し合ったりする。要するに、ひたすら植物トークをするわけだ。


 そのうちにまた腹が減ってくると、伊吹さんは昼食を作ってくれた。


 今日の昼ごはんは、冷やし中華と花椒(ホアジャオ)の冷奴。冷やし中華には香ばしいゴマだれが用意される。花椒(ホアジャオ)の鼻に抜ける香りと、シビ辛系の辛みが絶妙なバランスで、やみつきになりそうな味だった。


 しかし、これではまるで民宿か旅館で世話になっている客のようだ。さすがに申し訳ないので、最近になって俺は、食べ終わったあとの片づけを手伝うようにしていた。俺が皿洗いをはじめても、結局は伊吹さんも一緒に手伝ってくれるので、彼を休ませてあげられるわけではないのだが、至れり尽くせりで帰るよりは、よほどいい。


 今、俺と伊吹さんは台所に並んで立ち、皿を片付けている。ここで皿を洗うのも、すっかり慣れてしまって、俺は初バイトの学生のごとく、黙々と皿を洗い続けていた。その隣で、伊吹さんは洗い上がった皿を拭き、食器棚に仕舞っていく。そつのない手の動きは、ベテラン主婦のようだ。


 そんな彼を横目で見ながら、俺はぼんやりと、さっき撮った写真のことを思い出していた。


「ねぇ、伊吹さん」

「うん?」

「今朝の写真、待ち受けにしてたじゃないっすか」

「うん」

「あの写真、ツーショットだけど、いいんですか?」

「どうして?」

「いや……前に、好きな人いるって言ってたから。俺との写真が待ち受けでいいのかなって」


 伊吹さんが視界の隅で手を止めた。俺は最後の皿を洗い終わって、スポンジを洗いながら続ける。


「好きな人とのツーショットのほうがいいっていうか……ほら、変な誤解されたら、叶う恋も叶わなくなっちゃうかもしんないでしょ」


 俺の話を聞くなり、伊吹さんはくくっと笑みをこぼした。彼はあんまり気にしていないようだ。


「大丈夫ですよ。そんなに気にしないでください」

「でも……」

「大丈夫、大丈夫。そもそも僕、今回もたぶん、選んでもらえないっていうか……また、高嶺の花に恋をしてしまったと思うので」


 伊吹さんの声を聞いて、俺は咄嗟に顔を上げる。今、語尾がわずかに震えた気がしたのだ。彼の表情を見た途端、俺は一瞬、声を失った。


 目を伏せ、力ない笑みを浮かべた横顔が、途方もなく切なげだったからだ。直後――。不意に胸の奥が苦しくなるような感覚に襲われて、俺はスポンジをぎゅうっと握りしめた。手指の間から、水分を含んだ泡が溢れ出し、シンクにぼとぼとと音を立てて落ちていく。


 それから、沈黙が少し続いた。だが、ほどなくして、手の中のスポンジの水分がなくなったことに気付き、俺は再びスポンジを洗う。


「……だとしても、俺は伊吹さんに、幸せになってほしいんですよ」

「ありがとう。でも――」

「絶対に無理なんすか? ワンチャン、可能性あったりしないんすか?」

「どうかなぁ……わかんない。ただ、僕は時間をかけたいと思うんです。なるべく。急いで気持ちを伝えても、すぐにどうこうなることはないと思うしね」

「ふうん……」

「それに、今はこうしてせっかくまた恋ができたんだし、それだけでけっこう満足してるんです。今度はゆっくり、急がないで、相手に気付いてもらえるのを、待ってみようかなって思ってて」


 まるで、生育の遅い植物を育てているみたいに、伊吹さんは言う。なんだかもどかしい気もするが、俺が思っている以上に、きっと同性に恋をするということは、簡単ではないのだ。


 想いを伝えて、うまくいけばまだいいものの、そうでなかった場合、その人との関係性が変わってしまう可能性は高く、下手をすれば、疎遠になってしまうかもしれない。男女間ですら、ためらうようなことなのに、同性が相手となれば、余計にその障害は大きくなるだろう。


 それに、伊吹さんの「急ぎたくない」という気持ちはたぶん「諦めている」のとは少し違っている。それを聞いて、俺は少し安堵しながら、やっぱり少し寂しくなった。こうしている今も、伊吹さんの心の中には想い人がいて、俺と話しながら、その相手のことを考えているのだ。


 なんでなんだろう。伊吹さんにとって、一番大事なのは好きな人だって、そんなことは当たり前なのに。


 ついでに言えば、伊吹さんがそうまでして想っている相手が、どこの誰で、どんな人なのか、俺はやっぱり気になってしょうがなかった。


「それはそうと……伊吹さんの相手の人って、ほんと誰なんすか?」

「それはナイショって――」

「でも、すげえ気になるんですけど」


 俺が仏頂面でそう言い返すと、伊吹さんは困り顔で笑みをこぼしながら「男の人です」と、答えてくれた。

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