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「すげえ収穫! 八百屋さん開けそうですね」
「食べるとあっという間になくなっちゃいますけどね」
伊吹さんが笑みを浮かべ、肩をすくめたあと、汗だくになりながら、浅型の収穫用コンテナを持ってきてくれた。そこに新聞紙を一枚敷き、採れた野菜を丁寧に入れていく。こうしてみると、彼は本当に農家の息子さながらの雰囲気があった。
「なんか本当に農家さんっぽいっすよ、伊吹さん」
「ほんとですか? ――あっ、写真撮りたいな」
「オッケー、ちょっと待ってて」
俺は駆け出し、玄関前の軒に置かせてもらっているリュックの中から、スマホを取り出した。そうして、伊吹さんのところへまた駆けて戻り、野菜がたくさん入った収穫用コンテナを抱えた彼の前に立ち、カメラを起動させる。だが――。
「ちょっと待って! ストップ!」
「え?」
「紫苑さん、一緒に撮りましょうよ」
「一緒に……? いや、俺は――」
「早く早く!」
伊吹さんが手招きをしている。俺は戸惑いながらも、彼の近くへ寄った。
「俺はべつに……この野菜作ったんじゃないし……」
「なーに言ってんですか。ここにキッチンガーデン作ろうってアイデアくれたのは紫苑さんだし、ほぼ毎週一緒に世話してくれたじゃないですか」
「それはそうだけど……」
「いいですか、紫苑さん。これは、僕らふたりの収穫なんです! だから、絶対に一緒に撮らなくちゃ!」
伊吹さんはそう言うと、片手でコンテナを抱え、鮮やかに俺の手からスマホを取り上げた。そうして、カメラになっているかどうかを確認すると、それを高く掲げ、俺にもコンテナの端を持つように促す。
「はい、紫苑さん。コンテナのそっち側持って」
「いや、あの……」
「つべこべ言わない。早く早く」
俺は言われるままに、しぶしぶコンテナの端を持つ。野菜がたっぷり入ったコンテナはとても軽くて、ひとりでも十分持てる重さだ。それでも、伊吹さんはきっと、俺に一緒に持ってほしかったのだろう。そうして、ふたりで作った野菜だということを示す、写真を撮りたかったのだ。
俺はあきらめの笑みをこぼし、仕方なくコンテナの端を持つ。だが、どうせなら、はしゃいでしまおうと思い立ち、一度手を放すと、上腕まで腕まくりをして、コンテナを持ち、空いている方の腕を上げ、ガッツポーズをして見せた。すると、伊吹さんは「ははっ」と笑ってから、もう一度、嬉しそうに笑みをこぼした。
「それじゃ、撮りますよー!」
「うぃーす」
直後、カシャ、カシャと音がした。撮った写真を確認してみると、それは想像以上に暑苦しい雰囲気で、俺は伊吹さんと顔を見合わせて笑った。ふたりとも日に焼けていて、汗だく。清々しさや爽やかさはなく、ただ暑苦しさとむさくるしさ、田舎者の雰囲気ばかりが伝わってくる。
「ははは……ッ、暑苦しいなー!」
俺はそう言って笑ったが、伊吹さんはその写真が気に入ったらしく、すぐに画像を待ち受け画面に設定していた。だが、満足げな彼を見て、俺は勝手に心配になる。
――新しい恋、僕はもうしちゃってる気がします。
伊吹さんには今、好きな人がいる。あくまで予想だが、たぶん――男の人だ。そう思うのは、彼の初恋の人が男だったと知っているから――という、実に短絡的な思考なのだが、なんとなくそれには自信があった。
そうであるなら、スマホ画面は俺とのツーショットよりも、好きな人とのツーショットの方がいいんじゃないかと思うし、もし、付き合う前のデートかなんかで、その待ち受け画面を相手に見られたら、変な誤解を受けるかもしれない。
俺はいいけど……伊吹さんはたぶん、よくないよな。
伊吹さんの好きな人がどこの誰で、どのくらい仲がいいのかも、俺は知らない。伊吹さんは教えてくれないし、想像しても、まるでわからない。ただひとつ、俺が思うのは伊吹さんには幸せになってもらいたいというだけだ。
いつかこの人に満面の笑みで「聞いてくださいよ、紫苑さん! 僕、恋人ができました!」と報告される。俺はお祝いに彼にラーメンを奢る。そんな日が早く来ればいいと思う。この人が喜んでいると、俺も嬉しくなるからだ。しかし――。
あれ……?
伊吹さんには幸せになってほしい。たしかにそう思うのだが、奇妙なことに、伊吹さんから報告を受けたときのことを想像すると、なんだかひどくおもしろくないうえに、少しだけ寂しくなる。胸の内側には、どんよりした靄が広がっていくような心地がする。
なんで……俺が寂しくなってんだよ。
俺は密かに動揺したが――すぐに納得する。きっと寂しくなるのは、春から毎日のように伊吹さんと顔を合わせるだけでなく、休みの日まで一緒に庭仕事をしているせいだ。
俺は、彼のそばにいるのが当たり前になってしまっているのだろう。実際、この数ヶ月を振り返ってみても、父よりもこの人と一緒にいる時間の方が圧倒的に長いのだから、無理もなかった。
もしも伊吹さんの恋が成就して、恋人ができたら。必然的に俺との時間は減るだろうし、相手が嫌がれば、もうこうして過ごすこともできなくなる。庭仕事はもちろん、道草ラーメンだってできなくなる。けれど、それはいい変化だ。伊吹さんがやっと、昔の恋を忘れて、新しい恋をして、幸せになれるのだから。だが――。
やっぱりちょっと、寂しいかも……。
炎天下。大喜びでコンテナを抱え、家の中へ運ぶ伊吹さんの背中をぼんやりと見つめながら、俺は、相手の人に理解があったらいいな――と、そんなことを思った。




