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春には昼ごはんをごちそうになっていたが、今では時間が早まって朝ごはんに変わっている。場合によっては、朝ごはんを食べたあと、ひと休みしてから、また昼まで作業して、昼ごはんまでごちそうになることも多い。満腹気分を落ち着かせて、ひと休みして帰ると、もう夕方。つまり、庭仕事をする毎週木曜日、俺は丸一日、伊吹さんと一緒にいることになるのだ。
「ふあい……」
あくびをしながら返事をすると、伊吹さんは俺の肩を掴んで強く揺らした。
「ちょっと元気出してくださいよ、紫苑さーん! そんなんじゃすぐバテちゃいますよ!」
「だーいじょぶですってぇ……ちょっと眠いだけ」
「だめです! シャキッとしてください、シャキッとー!」
けらけら笑うと、軽く肩を叩かれる。こんなスキンシップにも、最近はすっかり慣れてしまった。伊吹さんに喝を入れられた俺は、まだ本調子ではない体を慣らそうと、簡単に準備体操をしてから、作業に取り掛かる。とりあえず、植物の株元や、野菜の周辺に生えた雑草の除去をしなければならない。
「……この辺は一週間前に取ったばっかなのになー」
夏の雑草はたくましい。伊吹さんは、納屋から種まき専用土やポリポットを荷車に乗せて持ってきてくれた。このポリポットは、うちの店で廃棄予定だったはずだったものを、伊吹さんが引き取ったものだった。
「よし。それじゃー、ざっと雑草を取ったら種まきしましょう。そのあと、野菜の収穫!」
「了解っす!」
夏の雑草とりは過酷だ。春や秋と違い、夏は雑草を抜くよりも、根元で切ってしまうくらいでもいい。どのみち、必死に体力を使って抜いても、また数日経てば、雑草は生えてくるからだ。抜いても、地際で刈り取っても、実は草が伸びてくるスピードはそんなに変わらないため、楽な方で対処するほうがいい。
「ったく……このシソとミントのあいのこみたいな雑草、ほんとどっからでも生えてきますよね」
「それ、なんでしょうねぇ。前に父が植えてたシソが勝手に交配しちゃって、ただの草になっちゃったのかな」
「そんなことあるんすか?」
「うん。シソ科って、すぐ交配しちゃうらしいですよ。ミントとかもそうなんだって」
「へえー」
俺は見るからにシソのような葉っぱをちぎって、匂いを嗅ぐ。だが、まったくの無臭だ。
「なんの匂いもしないな……」
「そうなんです。交配しまくって、見た目はそれっぽいんですけど、まったくの無臭で。シソっぽい花は咲くんですけど、種つけるとものすごい繁殖しそうだから……撤去!」
伊吹さんはそう言いながら、雑草をむしっていく。週に一度、こうして雑草除去をしているおかげで、雑草除去作業は一時間ほどで終わった。そのあとは、種まき。それから収穫だ。キュウリとトマト、それにつるむらさき。オクラも植わっているが、そっちはまだまだ、発展途上。
俺は水分補給をしながら、野菜を眺める。朝の水やりを終えたせいか、キュウリもトマトも、つるむらさきも、まるで宝石のようにきらきら輝いている。それから、ものすごく旨そうだった。まるで、今すぐ収穫してくれ、と言わんばかりだ。
「一本だけなら食べてもいいですよ」
キュウリを眺めていた俺に、伊吹さんは言ったが、俺はかぶりを振る。
「いや、今食べるのもったいないから、いいです」
「もったいない?」
「だって、あとでキンキンに冷えてるのが出てくるじゃないすか」
俺がそう言うと、伊吹さんは声を上げて笑った。キュウリが採れるようになったのが、ちょうど七月の半ば頃だったと思うが、その頃から、ごはんの前に、まるで前菜のごとく出てくるのが、キンキンに冷やされた、生のキュウリだった。それに味噌や塩、マヨネーズをつけて食べるのが、たまらなく旨いので、俺は密かにそれを楽しみにしていたのだ。
「じゃあ、もうちょっと我慢ですね」
「うん」
朝採り、もぎたてキュウリもおいしいのだろうが、俺としては、伊吹さんがあらかじめ冷やしておいてくれたキュウリにハマっていたので、作業のあとで、最初にそれを食べたかった。言うなればそれは、仕事終わりのビールのような感覚だった。
伊吹さんは、種まき用土を一番小さなサイズのポリポットに、八割くらいのところまで入れていく。俺はコスモスの種の袋を開けると、ポットの中央に指先で穴を作ってから、そこへ小さな小さな種を摘まんで入れ、種まき用土で穴をふさいでいった。
その作業を半分――それでも十五ポットくらいはできた。これだけポットを作っておけば、万が一、直撒きした方がひとつも芽吹かなくても、大丈夫だろうということになり、残りは畑の端に撒いていく。より西日が強く当たる所には、ケイトウの種を撒く。
「ケイトウ、楽しみだなぁ。ドライフラワーになるんですよね」
「ありますねぇ。切り花コーナーでよく見かけます」
ドライフラワーは最近の流行なのだろうか。ほんの数年前と比べても、ずいぶんと種類が増えてきたように感じる。ドライフラワーは枯れる心配がないし、生花のように水を替えたり、茎の下を切り落とす処理の必要がないので、買いやすいという人も多いようだ。
「僕、小さい頃、あの脳みそみたいなビジュアルが怖くって。ちょっと苦手だったんですよねぇ」
「あっ、それわかるかも」
トサカゲイトウの花は、うねうねと波打った形状の花で、鶏のトサカのような形をしている。今ではその特徴的な形がフラワーアレンジメントやドライスワッグにアクセントとして使われることに抵抗はなく、むしろスパイス要素としてはなくてはならない存在だとも思うが、昔はそれを見かけるたびに、ぞわりとさせられたものだった。
「あれ、なんか怖かったですね、俺も」
「おんなじだ。僕も怖かった。手で触れなかったですもん」
嬉しそうな声が聞こえて、ふと伊吹さんに目をやる。すると、伊吹さんも俺の視線に気付いたのか、それを拾うようにこっちへ目をやり、ふふ、と笑った。
種まきを終えたあとは、今日のメインイベント、夏野菜の収穫が待っている。俺は持ってきた自前のハサミで、大きく成長したキュウリをまず採る。そうして、まるでそれを自分が育てたかのように伊吹さんに見せた。
「見て、伊吹さん。採った!」
「それ、一番でかいやつだ。……なんか紫苑さん、地産地消系の地元農家さんみたいですよ」
「このキュウリ、俺が作りました! みたいな?」
俺は、地産地消コーナーに並ぶ農家さん直売野菜のパッケージに貼られた、顔写真入りのシールを思い出して真似てみる。すると、伊吹さんはまた、けらけらと笑った。
「それ! ありそう、ありそう!」
ふたりでそんな冗談を言い合いながら、収穫を続ける。キュウリは五本。トマトは四玉。つるむらさきは――とても数えきれないほどに採れた。夏に入って、少しずつ野菜の採れ高は上がっていたが、おそらく今日が一番の豊作だった。




