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お盆が近づいてきた、八月の上旬。俺は定休日、習慣のように早朝に起きて準備をすると、伊吹さんとコンビニで待ち合わせをしてから、彼の実家へ向かった。
毎度、車で送り迎えをしてもらうのが申し訳ないので、ジュースやお菓子を手土産で持っていくようになったが、伊吹さんはそれを喜んで「お持たせ」でその日のおやつとして出してくれるので、結局、おれも一緒にその日のうちに手土産を食べるようになっていた。
「しかし、どんどん時間早くなっちゃって……申し訳ないですねぇ」
「伊吹さんのせいじゃないっすから。生存戦略ですよ」
「困りましたね、ほんとに……」
今年、関東平野で梅雨が明けたのは、七月の半ばごろだった。今は八月。太陽はいよいよ本領を発揮し、毎日のように日本各地を熱して、連続で猛暑日、酷暑日を更新している。
そんな中、俺と伊吹さんはあいかわらず、庭仕事に励んでいた。週に一度、店の定休日の木曜日、互いが水やり当番を任されていないときは、早朝に例のコンビニで待ち合わせをして、コーヒーを買って、伊吹さんの実家へ向かう。ただし、この真夏、早朝といっても、活動可能な時間は限られていた。
梅雨明け以降、俺と伊吹さんが待ち合わせをする時間はだんだんと早まっていき、気付けば俺は、家を明け方に出るようになった。
「今日、種まきします? このまえ買った、ケイトウとコスモスの種、持ってきましたよ」
「ありがとうございます! 撒きましょう!」
先日、俺と伊吹さんは店で種を購入していた。夏の間に種まきをして、秋の花を咲かせる計画を立てているのだ。現在、東の植栽スペースは宿根草をメインにした、アスチルベやギボウシ、アジサイ、ヒメウツギなど、半日陰向きの植物が植えられ、緑が生い茂るシェードガーデンと化している。
南側、西側植栽スペースは家庭菜園コーナーになっていて、そこには暑さに強い夏野菜が植わっているが、その隙間や端のスペースにはまだまだ余裕がある。
夏が終わると、野菜苗は撤去して、土壌をリセットしてから、また秋野菜を植える計画だが、その合間にがらんとしてしまうので寂しいので、秋にそこが少しでもにぎやかになるよう、花の種を撒いておくことにしたのだ。
秋の花といえば、コスモスやケイトウ。近年の秋は短く、残暑も厳しいため、あまり繊細な花は植えられない。場所を選ばず、強健に育つ品種。願わくば、こぼれ種や根っこで来年に更新してくれるようなタイプがいい。俺と伊吹さんがあれこれと考えた結果、畑にはコスモスとケイトウがいいだろう、ということになった。
コスモスは昔ながらの品種。ケイトウは、セロシアという槍のような穂がつくタイプと、トサカゲイトウというぐにゃぐにゃした形状の花が特徴的な品種の二種を植えてみるつもりだ。
「種まき用土もあるんですけど、直撒きしても出ますかかねぇ」
「どうだろ……一応、半々で試してみます?」
「そうですね」
種まきをするとき、ざっくばらんに直撒きしても、消えてしまって出てこない品種も多いらしい。風で飛んでしまったり、環境に合わなくてうまく発芽しなかったり、理由は様々だが、すべて地に撒くのはちょっともったいないかも――と教えてくれたのは、新人アルバイトのチトくんだった。
彼のお父さんは種苗会社に勤めており、お母さんは長年、花屋に勤務していたらしい。そんな両親の影響を受けて育ったチトくんは、しっかり者の植物男子だ。
彼は家の庭で、毎年、秋に種まきをすると話していた。春に咲く花の種を、秋ごろに撒いておくらしい。職場では、俺も伊吹さんも彼の先輩だが、経験値でいえば、彼は俺たちにとって先輩。閉店後、種売り場の前で、ああでもない、こうでもない――と、花の種を吟味していた俺たちに、大先輩のチトくんは、初心者向けの花の種と、撒き方を教えてくれたのだった。
チトくんによれば、しっかり発芽させたい場合は、必ず種まき用のポットに種を撒くようにして、土も、種まき専用の土を使うとなおいい、ということだった。発芽したあとは、芽が成長して、ある程度の大きさの苗に育ってから、保水性のある培養土を入れたポットに移植し、そこでさらに大きくしてから、地植えすれば確実とのこと。ただ、すべてそれをやるのも大変なので、ばらまき半分、ポット植えを半分でおこなうのがおすすめだという。
もっとも品種によって、ばらまいただけで次々と芽を出す品種もある。コスモスなんか、テキトーでも十分出てきそうなものだが、俺も伊吹さんも、コスモスやケイトウを種まきから育てるのは未経験なので、一応、念のため、ポット撒きと直撒きを半々にして、挑戦することにした。
***
伊吹さんの実家には、いつも通り、一時間弱で到着した。早朝六時――といえど、すでに気温は高い。伊吹さんは、玄関まで走っていき、扉に掛けられている温度計を確認する。これは毎週木曜日、庭仕事をするときの彼のルーチンだった。
「今日はまだいいかも。二十八度です」
「もう二十八度か……今日も酷暑だなぁ」
「ですねぇ……」
「早く秋になんないっすかねー」
俺はブツブツ言いながら、日陰に荷物を置き、身支度をする。蚊に刺されないよう、暑くても長袖のシャツは外せない。伊吹さんにつばの大きな麦わら帽子を借りて、しっかり被り、外の井戸水で冷感タオルを水で濡らしてから、そこに持ってきた保冷剤をタオルで巻き、それを首にかけて首元で結んだ。一方で、伊吹さんはすでに植わっているスペースに、水やりをはじめていく。水が朝日に照らされ、キラキラと輝きながら、虹色に反射しているのが美しい。
綺麗だな……。
伊吹さんの実家の庭もまた、美しかった。散水を受けて、夏野菜の最盛期を迎えた家庭菜園と、東側のシェードガーデン、中央のシンボルツリーと、その周辺の植栽スペースのアンサンブルが一層輝き出す。
家庭菜園コーナーの両端には、日向に向いた夏の宿根草やハーブ類が植わっている。春に購入して、植えたという白やピンクのエキナセアと、モナルダ・ホワイトが旺盛に咲き、白やピンク、ブルーのフロックスの花が風に揺れる。暑い中でも、その様子は華やかでありながら涼しげで、目にも心地よかった。
こっちも、綺麗に咲きそろってる。
俺は揺れる花々に近づき、そっと花弁の端に触れてみた。そうして、まだここが土だったときに、一所懸命に宿根の苗を植える伊吹さんを思い浮かべる。俺がここへ来るようになるよりも前、それこそ手指の先がかじかむような寒い冬にも、伊吹さんは毎日のように庭へ出て、作業をしていたのかもしれない。
彼の日々の作業の積み重ねが、今、この景色を作っているのだ。そう思うと急に、胸の奥がじんと熱くなる。この庭が途方もなく尊いものに感じられ、俺は小さくため息を吐いた。
「紫苑さーん」
「はい?」
「今日は八時ごろ朝ごはんにしましょう。――あっ、そうそう。おいしいブルーベリー買ってあるので、デザート楽しみにしててくださいね」




