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俺と伊吹さんが、最近よくつるんでいたのは確かで、俺自身も、それを自覚していた。だが、べつに伊吹さんは俺のものでもなんでもないし、伊吹さんがどこの誰と親しげにしていたって、それは彼の自由だ。
俺には関係ないし、べつに寂しかったわけじゃない。もっと言えば、妬くなんてあり得ない。伊吹さんは男だし、ただの仕事仲間だ。ここ最近、ちょっと親しくしていただけのこと。俺が苛立つ理由なんかない。それなのに――。
なんで俺はイライラしてるんだよ……。
理由はわからない。ただ、ここでモヤついていても仕方がないので、ひとまずは作業に集中する。
レジ前の観葉植物の飾り棚には、新しく入荷してきたモンステラや、アンスリウム、スパティフィラムなどがずらりと並び、棚の脇には、初夏に植え替えを済ませた、背の高い古株たちが置かれる。
ドラセナやベンジャミン、セローム。ユッカやパキラ。夏場はこういった観葉植物の最盛期だ。そのほか、ウツボカズラやハエトリグサなどの食虫植物も、近年は人気がある。屋内エリアと空調のついた温室は観葉植物でいっぱいになり、新入荷苗の売り場の周辺にはお客が絶えず行き来した。
夏場は外の売り場にある植物が売れない――こともないのだが、ほとんど出なくなる。まず、梅雨明けした過酷な真夏シーズン、屋外売り場にいられる時間はどうしても限られるので、お客の数が激減する。ただし、その一方で、この時季を狙って来店するお客も多い。そのほとんどは、屋内売り場の観葉植物を目当てにやってくる。この時季が一番新入荷が多いので、一番売れるといっても過言ではない。
「桜介さんち、今年は新入り迎えないんですか」
ふと、そんなことを訊いてみる。桜介さんの専門分野はもっぱら、この観葉植物で、彼の部屋はジャングルだという噂があった。俺は一度も行ったことがないのだが、以前に遊びに行ったスタッフが興奮気味にそう話していたのだ。
桜介さんは駅前のマンションで一人暮らしをしているそうだが、毎年夏になると、小さな観葉植物を決まってひとつ買い足している。
「今年ねぇ、どうしようかと思ってんだよね。もう鉢、置くところないからさ」
「ついにスペースなくなったんすね……」
「うーん、まだハンギングならいけるんだけど、ハンギングのってだいたい持ってんだよねぇ。エアプランツもあるし――……紫苑、株分けしたら欲しい?」
エアプランツは、土を必要としない植物だ。その手軽さと風変わりなビジュアルのおもしろさで、近年人気が高まっている。桜介さんは、このエアプランツに関しても、たくさんの品種を育てていた。だが、俺はかぶりを振る。
「いいっす」
エアプランツはおしゃれで手入れが楽だと云われて人気を博している一方、枯らす人もまた、多い印象がある。失敗しやすいという話もよく耳にする植物だ。
「俺、枯らしそうだもん」
「なんでだよ。育て方くらいは頭入ってんだろ」
「でも、なんか……俺、育てるのって苦手だし」
だが、自分の言葉で気付いた。俺はこれまで、園芸店で働いてきたくせに、自分でなにかを育てたことが一度もない。部屋の中には、エアプランツも観葉植物も置いていないし、家の中にもそういうものは置いていない。庭は父が家庭菜園をやっているだけ。その時、俺の脳内には伊吹さんの言葉が蘇った。
――僕はですね、紫苑さんも、お店の手伝いに忙しくて、実は植物のおもしろいところを見ずにスルーしてきてしまったんじゃないかって、そう思ってるんです。僕と同じなんじゃないかなって。
伊吹さんの推測は正しかったのかもしれない。俺はたぶん「育てる」ということをやっていないのだ。植物に興味が薄かったのは、そのせいかもしれなかった。
「まずは教科書通りやってみろって。オレが特別にタダでいい株、あげるからさ」
桜介さんはそう言って笑っている。桜介さんちの子株は、たくさん手をかけてもらって、大事に育てられたものだろうから、きっと売り物のように、元気で丈夫な株なのだろう。それでも、俺は自分で植物を育てることには自信がなかった。植物とはいえ、替えのきかない命を責任持って育てるということに、高いハードルを感じたのだ。
「いいっす。俺、うまく育てられるかわかんないし、ダメにしたら悪いから……」
「ネガティブだなぁ。じゃあ観葉は? ビギナー向きの、すげえカンタンなのあるよ」
「いいって、いらないっす」
「えぇー、そう固いこと言うなよ、紫苑。頼むからもらってー」
「桜介さん、あんた……なんだかんだ言って、子株の里親探してるだけでしょ……」
「だぁってもう、みんなセロームは持ってるっていうからさぁー」
桜介さんが口を尖らせている。セローム――別名、ヒトデカズラは、定番人気の観葉植物だ。深い切れ込みの入る大きな葉が特徴で、南国のイメージで根強い人気のあるモンステラともよく似ている。育成は比較的容易で、子株でよく増えるが、大きくなりすぎてしまうことも多いとよく聞く。
「うち、このままじゃセロームだらけになっちゃうんだって。あいつら……ほんとどんどん増えるんだぜ」
「それを俺に押しつけようとしてんのかよ」
おそらく、定番品種なので、スタッフの間で子株を分けようにも「うちにもあるから」で、断られるのだろう。
とはいえ、セロームは魅力的な植物だ。葉が落ちたあと、幹に模様ができていき、目玉模様になっていくのも面白いし、記憶では、譲渡も許されているから、分けてもらうことに問題はない。ただし、人生の最初に迎えるのなら、もう少しこだわりたい気持ちはあった。
「考えときます」
俺はもう面倒になって、それからは黙々と作業を続けたが、桜介さんは本当に出来すぎてしまった子株の里親探しをしていたようで、そのあともずっとセロームについて話をしていた。どうやら、毎年子株を取っても、また翌年、次々と根元に子株ができて増えるらしい。そんな生育旺盛なものを、ビギナーの俺に押しつけられても困る。
「ねぇ、紫苑くーん。ほんとにいらないの……?」
「急にくんづけすんの怖いからやめて。あと、さっさと仕事に集中してください、おっさん」
「こんのヤロ……」
「あのう、セロームさんなら僕、欲しいんですけど」
俺と桜介さんのくだらない言い合いを鎮めたのは、最近入ってきたばかりのアルバイトの大学生だった。




